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今クリニックで起こっていること④やむを得ずの出産。

 今、東京にいます。また昨晩仕事を済ませて最終の飛行機でやって来ました。今日も、避妊や性教育などの大切な会合があります。

 揺れる飛行機の中で昨日のことを考えていました。いつも土曜日はそうなのですが、昨日もとてもしんどい一日でした。

 昨日一日だけでどんなことがあったかと。「河野は、めったにない特別な出来事を、さもよくあるかのように言って騒ぎたてる」と言った人が(どこかの校長)がいました。

 昨日も、中学生がお母様に連れられてやって来ました。彼女は携帯は持っていません。でも、友人が携帯で掲示板で知り合った人を彼女に紹介し、その人について行って性交があったということでした。

「ねえ、子どもが小さい頃は、『知らない人について行ってはいけません。』てよく言うけれど、中学生になったとたん、どうして知らない人でもついて行ってしまうのかしら。」と、私はスタッフに言いました。それを考えていました。

 もしかして、友人から紹介された人は知らない人ではないのかも。「よく知らない人」「よく知っている人」の境は何なのだろうか、と。

 それから、そのことを彼女は親に言っていませんでした。そんなことがあったときには、親には言えないものなのですよ。一人抱え込んで悩んでいるだけなのですね。今回は、たまたまその男性を調べた警察から連絡があって、親も知ったということです。

 お母様に、今、学校でもそんな教育していないということ、「まさか、自分の家の子iはそんなことは起こるはずがないと、そう思っていませんでしたか?」と言いましたら、おっしゃるとおりです、といわれていました。

 また、昨日、近藤紘子さんがクリニックに来られました。先日、宝塚に行ったときにお会いしてお願いしていた養子縁組の具体的な打ち合わせです。私は、育てられない出産をしなければならない人の養子縁組のお世話をしています。産んだ本人と、生まれてくる赤ちゃんのために、一番いい方法をと考えた末の、やむを得ずのことなのですが。

 もう沢山の赤ちゃんが新しいお父さんお母さんの元に引き取られて育っています。国内の養子縁組の手続きは私がしますが、海外に行くときには、近藤さんに手続きをお願いして来ました。彼女は、元流川教会の谷本清牧師のお嬢さんで、アメリカの大学で国際間養子縁組の勉強をした人です。被爆者である彼女の著書「ヒロシマ60年の記憶」は彼女のこれまでの生きてきた軌跡、すごい半生がつづられています。

 私は、近藤さんの弟と高校が同じクラスでした。高校時代にその彼と一緒に子どもの養護施設にボランティアに行ったりしていまた。そのご縁で、このようなつながりが出来たのです。

 今回のお願いは、やはり一人抱え込んで悩んでいた少女、来院したときには、もう人工中絶が不可能な時期になっていました。相手の男性とは、もう連絡も取れません。きっとその男は、自分の子どもが生まれるなんて知らないことでしょう。

 先日、高校生で、やはり産むしかなくなってきた少女(この少女が学校を退学させられることになってしまいました)、中学生で出産を決心した少女、そしてこの養子縁組をすることになった少女が同じ日に来たことがありました。

 普通の診療をしながら、これらの少女達の対応を本人と付き添いの方と共に話し合い、考えるというのは、本当にしんどいことでした。現場はどんなに大変なことか。

 こんなとき、「めったにない特別なケースを取り上げて・・・」と言った校長の事が頭に浮かびます。

 そろそろ会合に出発しなければなりません。次回、この養子縁組のことを書きますね。


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ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ

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コメント

河野先生はじめまして。
このシリーズ、胸が苦しくなる思いで拝見しています。
娘はいませんが大事に思っている姪が中学生・高校生です。
親には言いにくい、親が話しにくいことを、
私が聞いたり伝えたりしていきたい…と思っています。
若い女の子にはそういうことでつまずいて欲しくないと
痛切に思っています。

投稿: ゆずこ | 2010年3月15日 (月) 00時01分

河野様 今晩は。

「今クリニックで起こっていること」についての意見です。

大変デリケートな問題なので、コメントを差し上げるのを躊躇したのですが、先生が本気でこの問題をブログで取り上げておられるのなら、そのブログを読む側も本気でこのことを考える必要があると想い、コメントをさせていただきます。

鉄人の意見は「仏教」の考え方からのものだということをご理解ください。

まず「仏教」では「中絶」ということには、反対の立場をとっています。「中絶」が仕方がないこととされるケースは、母体が危ない場合のみ。それ以外のケースの「中絶」は、「仏教」の考え方としては、許されません。

その理由としましては、「仏教」の根本的な教義に「生き物を殺してはならない」というものがあるからです。

「仏教」では、人間の「生命の誕生」を、出産した時点ではなく、
「受精」した時点で見ています。

ということは、「受精」した瞬間から「人間としての生きる権利」
を持っていることになるのです。

「中絶」によりその「生きる権利」を奪うというのは、「意志」を持って「生きる権利」を断つことですから、結果として「殺人」になってしまうのです。

世の中で決めた法律というルールでは、場合によっては許されるのでしょうが、やはり「殺人」には変わりないのです。

何故「中絶」が許されているのでしょうか。妊娠した女性が、まだ中学生だから。父親が高校生だから。父親が誰だか分らないから。生まれてくる子どもには、何の責任もありません。

生まれてくる子どもより、中学生で母親になる女の子の将来が心配?その女の子の親の世間体が大事?学校の立場が大事?

大切な大切な「命」です。何と比べているのですか?比べられません。

「やむを得ずの出産」。誰にとってやむを得ないのですか。生まれて来た子どもが、大きくなった時「あなたをやむを得ず出産したの」と聞かされたら、その子はどう思うのでしょう。

予定はしていなくても結果として妊娠したのならば、その瞬間からその生まれてくる子の幸せだけを願うのが、人間としてのありかたであり責任だと思います。

確かに母親が中学生なら、経済的に育てることは不可能です。でも
その女の子の親までその責任を放棄するのですか。無事出産しただけでも「良かったね」って言って上げるべきです。

結果として妊娠したならば、大人はそれ以上責めない。責めるからより深く傷つくのです。

そして出産した中学生の女の子と、その親で大事に育てるべきだと思うのです。結局はそれで中学生の母親も生まれて来た子どもも救われるのだと思います。

それがかなわぬ場合は、先生がご尽力されている「養子縁組」が必要だと思います。それでその子が幸福になる可能性は十分にあります。

「性教育」につきましては、学校にあまり過剰に期待するのはいかがなものでしょう。もちろん「性教育」の時間は必要ですが、所詮他人です。各先生方の性格もやる気もポテンシャルも違うでしょうから、何か問題が起きた時に、厳しく責任を追及されるとするならば、少し可哀想な気がします。

それよりもなによりも、やはり大切なのは学生の親でしょう。命がけで守ってやれるのは親しかいません。親には責任があります。それを学校のせいとか世の中のせいにしてはいけないと思うのです。

「中絶」を回避して「出産」した子どもや、父親のいない、父親が分らない子どもを、ものすごく可愛がるという例も枚挙に暇がないくらいあるものです。(鉄人の身近にもいます)

どんな形で妊娠したとしても、妊娠したならば、その生まれてくる子どもの幸せだけを願うのが、我々の責任だと思います。そのことが、ゆくゆくは中学生である母親の幸せにも繋がると思うからです。

「仏陀は、「すべての生き物には、生きる権利があるのだ」ということを、極めて大切な教えとして説いています。

それは「どんな形で生を受けても、生きる権利がある」ことでもあります。

プロの先生に生意気な意見を申し上げて申し訳ありません。

でも真面目にコメントさせていただきました。

投稿: 鉄人 | 2010年3月15日 (月) 00時24分

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