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新聞バッグの講習会に行きました。

 昨日は、マダムはせがわさんの和みカフェでの新聞バッグの講習会に行きました。「こっとうのお店 史音さんの配達人さま」が講師です。前から、習いたかったのですが、本当にずばりオフの日にはせがわさんが設定して下さいました。この偶然に感謝しつつ、クリニックのスタッフのTさんと一緒に行きました。

2009_07300001 まずは、腹ごしらえ。あらかじめお願いしていた「おまかせランチ」を戴きました。メインは「鶏ささ身のしそ明太子はさみ揚げ」。ゴーやのサラダもかぼちゃの煮つけも、どれも美味です。

 それから、デザートに「しょうがプリン」も戴きました。「和みカフェ」名物の、寒天もゼライスも使わないで固まらせるという、不思議なプリンです。口当たりが滑らかで、しょうがの味がとってもさわやかです。

2009_07300002 たっぷり戴いて、いよいよ講習です。講師の助手に若い女性も。後で聞いたのですが、史音のご長男のお嫁さんだとのこと。かいがいしく、きめ細かく教えて頂きました。

 あらかじめ選んでで持って行った新聞を使って作りました。一面だけでなく、連続の見開き二面を使うので、表だけでなく、両面に気をつかわなければなりません。私が持っていった新聞の一つが、反対側にお相撲さんの大きなおしりが、しかも足の間がばっちり写っているものだったので、仕方なく、これはボツです。

2009_07300003 2009_07300004                    

丁寧に教えて戴いて、素敵なバッグができました。

今度は、自分で作ります。取って置きの新球場とカープの選手が見開きで乗っているオールスター特集の新聞で、カープバッグを作るつもりです。はせがわ様、史音様ありがとうございました。

 終わるとすぐにクリニックで、全国大会の資料作り。何とか出来上がりました。夜は、医師会のブロック会でした。そこでの話しは、また書きます。選挙を控えて、私たちがどんな選択をするのか、医師にも厳しい姿勢が問われると思います。


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8月9日の講座のお知らせです。

 昨日は、診療後、8月29日に開かれる、広島市主催のシンポジウムの打ち合わせに行きました。これは、また改めてご案内しますが、本当に何十年ぶりかの行政主催の性教育の講演・シンポジウムになります。ぜひ沢山の方に来ていただきたいです。私も、29日の午後は、代診の先生に診療をお願いして、この会に出席します。打ち合わせでは、いろいろな分野の方にお会いできて、楽しかったです。

 その前に、8月9日に開かれる広島市Weプラザでの講座についてのご案内です。

Img070 私の持論です。体を知ることは、自分自身を人任せにしない、自分で自分の体を管理する上で、大切なことと思います。先日、乳がんの方たちの会、「のぞみの会」でも話したのですが、「からだ」をテーマに、私にしか話せないことを話してみたいと思っています。

 今、性教育が低調で、体も知らない、まして性の基本も知らない大人が育ってきています。学校教育に期待できないときに、こうしてほかの場からせめて行くことも必要なことだと認識しています。

 若い人たちだけの問題ではない、大人がちゃんと知らなければ。

 ぜひ、参加してくださいませ。(チラシ、クリックすると大きくなります)


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お昼ごはん二つ。

 お昼ごはんです。

 本通を平和公園に向かって行き、ほとんど公園に入る橋に近づいたところの左に、お好み焼き屋さん「長田屋」ができました。ここは、お好み焼きを焼く大きな鉄板でだけでなく、沢山のテーブルがすべて鉄板になっています。焼いたお好み焼きをこのテーブルの鉄板に持ってきてくれます。私の好きな宮島口の「田の久」と同じです。

2009_07250001 私はお好み焼きにはこだわりがあって、鉄板で、へらで食べるのが必須です。でも、なかなか紙屋町周辺では満足できるところがありませんでした。

ここは、〇です。私の「うどん、肉卵、いか天、ねぎかけ」です。基本が680円で、いか天とねぎのトッピングで、880円。べにしょうがやマヨネーズなどの邪道(私にとってです)もなくて、◎です。

久々にガストにいきました。

2009_07270001 メキシカンピラフ&カレーチキン、628円。文句なしに美味しかったです。カレーチキンも、卵を絡めて食べたピラフもグーです。この値段はいいですね。

セットでカフェバー208円も飲みましたので、計836円でした。オレンジジュースやキャラメルマキアートなど4杯も飲みました。

やはり、お昼に使えるのは、コーヒーも含めて800円台までです。でも、週のうち3日は、「ちから」の中華そばミニ410円で済ませています。ちからの中華そばは、食べても食べても飽きない魅力があります。スープが絶妙です。


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はだしのゲンの替え歌

 26日の「はだしのゲン」英語版完全出版激励会でのこと。はだしのゲンには、ゲンや仲間たちが歌を歌うシーンが沢山出てきます。それも、替え歌が。

 会の中で、プロジェクト・ゲンの人たちが中心になって、その替え歌を歌う場面がありました。

 「湖畔の宿」のメロディーで歌います。

昨日(きのう)生まれた豚の子が/蜂に刺されて名誉の戦死/ブタの遺骨はいつ帰る/ああ それは分からない/ぶたよ 本当に可愛そう/

歌ってみると、これが湖畔の宿にぴったりはまって、とてもおかしいのです。おかしいのだけれど、でも、とっても悲しい歌なのです。まんがの中では、子どもたちが足をしっかり上げて、歩きながら、大声でこれを歌うのですが。よく見ると、とても意味深で。

 ところが、会の後で、プロジェクト・ゲンの主催で、各国語の翻訳をされた方たちと二次会がありました。その場で何人かが、もう一度これを歌ったのです。そしたら、中沢啓治さんが、「二番がある!!」といわました。ええっ?二番?まんがには、この一番しか出て来ません。そしたら、中沢さんが大きな声で歌われました。

昨日生まれたタコの子が/蜂に刺されて名誉の戦死/タコの遺骨は一帰る/骨がないから 帰らない/タコの母ちゃん 悲しかろう/

これもおかしくて、みんな笑い転げながらメモを取りました。(ちなみに、中沢さんは、とても無口で温厚で、いつも笑顔を浮かべていらっしゃいます。これが、歌がお上手です。声もしっかり出ます。あの漫画の中の浪曲をしてお金をかせいだり、お経を上げたりしたゲンは、中沢さんそのものだと確信しました)

 このおかしくて、悲しい歌は、誰が作ったのでしょう。考えてみれば、私たちも小さい頃、こんな替え歌を歌っていました。誰が作ったかもしらないまま、口伝に。私は、中沢さんの舟入と川一つ隔てた観音ですごしました。すぐ隣なので、文化がおんなじなのです。

呼びかけ人の挨拶の中でも言ったのですが、こんな歌、たとえば「松竹ひっくり返しておおさわぎ」だとか、「さよなら三角、また来て四角、四角はとうふ、とうふは白い、白いはウサギ、ウサギははねる・・・」などは、いったいどう翻訳されたのでしょうか。とても興味があります。(ちなみに、「ウサギははねる、はねるはかえる、かえるは青い」まではゲンの中に出てくるのですが、その後がどうしても思い出せません。最後は「光るは親父のはげあたま」だったのですが、そのつながりが出て来ません。)

 それにしても子どもと言うのは、本当に天才だと思います。あの時代、どうどうと戦争批判でもしようものなら、逮捕され、拷問されたあの時代に、こうして皮肉たっぷりに大声で歌うことができるというのは、すごいと改めて思います。もちろん、それを子どもたち自身が気づいていたかどうかは、分からないのですが、結果的に、です。


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英語版「はだしのゲン」出版激励会

昨日は、英語版全10巻出版記念「世界へ飛びたてはだしのゲン」出版激励会でした。全国からの参加者、計105人。海外からもお二人の方が駆けつけて下さいました。

2009_07260001 沢山の言語に翻訳された「ゲン」が並びます。

翻訳した方たちも駆けつけて下さいました。段上で、皆さん、翻訳の苦労などの話しも伺うことができました。

中沢啓治さんご夫妻も御元気です。

私は呼びかけ人の代表としてご挨拶をしました。また、多くのブログ仲間や二年前(もう二年です。早いものです)の私の選挙を応援して下さった方たちにも久々の再会です。ゆっくりお話しできなくてごめんなさい。

2009_07260004 2009_07260003                   はだしのゲンは、世界中に広がっています。これからも、まだまだ多くの方たちに読んでいただきたい本です。平和運動の中核を担ってきた被爆者たちも高齢化しました。でも、本は永久に残ります。 中沢啓治さん、よくこの漫画を描いて下さった!!と感謝の思いでいます。

 ところで、この翻訳、出版の活動をしている「プロジェクト・ゲン」は、今、金沢の主婦が中心になって活動しています。その代表の浅妻さんは、なんと7人の子持ちの主婦です。主婦業をしながら、こんな活動をしていらっしゃる、本当にすごい人だと思いました。

私は、英語版と朝鮮語版を購入しました。日本語版とくらべながらの、教科書になります。

2009_07260012 朝鮮語版の一巻には、中沢啓治さんにサインをしてもらいました。また、私の宝物が増えました。ちなみに、朝鮮語版は、韓国で一万セット、計10万部出版され、多くの学校や図書館に置いてあるそうです。

大変充実した一日でした。一つ一つ行事をこなしていきます。さあ、次は、今週末の熊本での性教協全国大会に向けての資料作りです。もう一息頑張りましょう。


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オールスター戦に空白の席が。

 昨夜は、オールスター戦に行きましたよ。診療が済んで行くので、試合前のイベントは見れませんでした。玉木宏が来たのですって!?ああ、残念。

 試合は、それなりに面白かったし、食べ物もそう行列することなく、すんなり買えて(はなおかのローストチキンと、なんてお店か忘れたけれど、牛スジコロッケ両方とても美味しかった!)まず満足ですが。でも、やっぱりカープの試合のほうがいいかな?だって、巨人の選手のヒットに拍手はしづらいです。オールスターだと、お祭りだと、分かっていても、もう体に住みついたものがあるので。

 それにしても、内野三塁側に100席以上の空間があったのは、どういうことでしょうね。だれも座っていないのです。

 このチケットを手に入れるのに、どれだけ苦労をしたことか。まず、抽選の申し込みははずれ。身の回りのみんなはずれでした。たった一人、当たったといった人は、15も申し込みをしたのだそうです。

 次の先着順、10時を待ち構えて、電話三台とパソコンで「せーの!」で始めるも、話し中、「アクセスの集中でつながりません」の繰り返し。やっとパソコンがつながったとおもったら、「完売」だそうで。

 その直後から、クリニックのそばのチケットショップには、オールスター戦のチケットがどっさり出ました。それも、法外な値段で。7000円のが2万、3万で。今や、チケットショップは、誰でも「ダフ屋」になれる存在になりましたね。

 もう、すっかり諦めていたところに、気の毒がったスタッフが手に入れてくれました。

2009_07250003  そんな、手に入りにくいチケットなのに。誰も座らない席があんなにあるというのは、一体どうしたことでしょうね。

 新型インフルエンザで一時中止になっていたジェット風船も、少し前から復活。でも今回だけは、マツダスタジアム公式のピンクだけでなく、黄色や白、カープ外のチームの応援団の風船も混ざってきれいでした。

 気になっていたお天気も、試合終了直前に雨が降り出し、もう、帰るときには、豪雨なみ。本当に奇跡みたいなものでした。

 もう、きっとオールスター戦に行くことはないでしょう。いい記念になりました。その後は、宝塚からやってきた中川市長と合流し、「晩々舞」へ。ラブちゃんと久々に再開しました。

 今日は、中沢啓治さんのはだしのゲン英語版完全翻訳完成、「世界に飛びたてはだしのゲン」出版激励会です。昨日お昼に打ち合わせをしました。全国から沢山の方々がお見えになります。中川市長も、そのためにやって来ました。


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私的平和考⑳終わりに当たって。これからも声を上げ続けます。

 物心がついた頃から、この地球上には、ずっと戦争がありました。

 第二次世界大戦が終わってすぐに朝鮮戦争。まだ私は小さくて、意味もよく分からないなりに、ラジオでニュースを聞いていました。家にはラジオが一台あって、幼稚園に行かなかった私は一日中ラジオを聴いていました。まだ「尋ね人の時間」もあったそんな時のニュースです。また、NHK第二放送では、子ども向けの勉強の時間があり、これが面白くて、ずっと聞いていました。そこでは現在行われている戦争や、国際連合のことなど、子ども向けに分かりやすく説明してくれていました。

 それから、何と言ってもベトナム戦争。私が中学生の時から、大学を卒業しても、ずっとベトナム戦争は続いていました。岩国の米軍基地も完全にベトナム戦争の基地となってました。戦死した米兵の死体を洗うアルバイトがあって、大変高価で雇ってもらえるとの話しは学生たちに広まっていました。

 それから、イラク。今も続いています。

 それらを見ると、いつもアメリカが戦争の中心にありました。これらの戦争で、どれだけの人の命、戦地とされた地の人々だけでなく、アメリカ人の命もどれだけ失われたことでしょう。

 戦争に対して、または国に対して、日本でも多くの人々の反対運動が起こりました。第二次世界大戦では、戦争に反対する人々は、逮捕され、拷問され、殺されました。人々は、言いたいこともいえないままに、権力に従うしかありませんでした。

 それらの教訓もあって、戦後は、人々は、声を上げることができるようになりました。戦後のヒロシマでは、数々の圧力を振り払うかのように、原爆反対、平和をというデモや集会がもたれるようになりました。60年安保。樺美智子さんが亡くなったという事実は、中学生の私にも、衝撃でした。ベトナム戦争では、ベトナムに平和を市民連合、いわゆるべ平連は、全国に広がりました。世界中が注目する中で、ベトナム戦争は、初めてアメリカが負けた戦争となりました。

 今、アメリカは、オバマ大統領となって、私にとって初めて、なんだか尊敬できる国になるかも知れないという期待を持てるようになっています。

 誰に何といわれようとも、私は殺し合いはイヤです。ましてや、公然と人を殺すことが手柄となる戦争はぜったいにイヤです。

 国と国との関係は、粘り強い外交、対話路線で行くべきだと思います。武力で脅しながらの外交は、人類史上、もうそろそろ終わりにしてもいいのではないでしょうか。

 核兵器に対しては被爆者を中心とする、これも粘り強い証言と核兵器廃絶の叫びが、世界中に展開されています。アメリカで開かれていた原爆展に、まだ大統領になる前のオバマ氏がふらりと入って来て、見て行ってくれたということもありました。

 その被爆者も高齢化した今、核兵器廃絶の声は、若い人たちに引き継がれなければならないでしょう。また、ヒロシマ・ナガサキ議定書(議定書とは:一般の条約と手続きや効力は全く変わらないが、既存の条約と密接な関係があり、その条約を保管する条約の名称として使用されることが多い。たとえば、「気象変動枠組み条約」への「京都議定書」。この「ヒロシマ・ナガサキ議定書」は「NPT(核拡散防止条約)」への議定書である)を採択した平和市長会議は、6月1日現在全世界で2926の年が加盟するまでの大きな組織になっています。

 日本では、同時に核兵器を必要だとする人たちの声もまた、大きくなっています。憲法も危ない状況になっています。だからこそ、私は戦争も、核兵器も否定する声を上げ続けなければ、と思っています。

 途切れとぎれに書いてきた「私的平和考」一旦これで終わりとします。でも、これからも、平和に対する思いは単発で書き続けます。読んでくださってありがとうございました。


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今日は日帰りの招待旅行でした。

 はあ、くたびれました。今日は、スーパーマーケットの抽選に当たって招待の日帰り旅行でした。朝6時集合の6時15分出発です。だから、5時起きでした。寝不足でふらふらでも、楽しいことなら、エンヤコラです。

 しかし、疲れました。だって、金比羅さんなのです。

2009_07230005 こんな階段が1000段と。老体にムチ討っても、500段余りでギブアップ。そこに作られているカフェでゼイゼイしてました。暑いし、足はガクガクだし。

 情けない話しです。昔、高校生の頃に行ったことがあるきりで。その時には、別に何事も感じないで上がったはずなのです。当時、一番上で、おでんを売っていて、たこのおでんを食べた記憶があります。(やっぱり記憶は食べ物ですわ)

ギブアップの話しを娘に電話したら、ギャハハ、と笑って、そんなの、バチがあたるんじゃないん。と言いました。でも途中のお宮では、ちゃんとお賽銭を上げて拝んでおいたから、バチは当たらないとは思いますが。

2009_07230002 お昼は、うどんやさんでうどん食べ放題だと。でも、いくら食べ放題と言っても、うどんでは、、、。結局これに釜たまのお替りを一杯しましたが、とても食べ切れませんでした。

 ほかに、真珠やさん、ガラス館、備前焼きの窯元などを回ってのショッピング旅行みたいで。無料の旅だから、文句は言えないけれど、でも。自前でいいから、のんびり温泉にでも使ったほうが休みになったのに、と思います。

 バスの中では、ずっと「はだしのゲン」を読んでいました。子どもが小さいときに読んだきりでしたが、今読み返すと、本当に中沢啓治さんの経験だけでなく、深い洞察、考察に感動しています。もう一冊、今晩中に読みきります。その上で、平和考を書きます。


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私的平和考⑲国と国民(日食の日に)

 「あの国は」と言うとき、そう言う人は、その国の何を指しているのでしょうか。為政者でしょうか、国民も含めているのでしょうか。

 戦争への道をたどって考えたとき、軍人たちの暴走に、いつの間にか巻き込まれて行き、大変多くの国民が命を落とした、その姿をみました。核兵器で大量に犠牲になった日本人を他の国の人たちはどう思ったのでしょうか。日本の戦争を引っ張った人たちと、軍部の圧力に苦しんできた日本人もみんな同じように見ていたのでしょうか。

 鬼畜米英と言って、アメリカ人たちを敵視した日本人は、アメリカ人もまた、人の子であると感じなかったでしょうか。アジアの国々の人たちを沢山殺した日本人は、そのアジアの国の人たちもまた、人の子であると感じなかったのでしょうか。そう感じさせなくさせるのが、戦争なのだと思います。

 日本を憎んでいるはずの韓国の人たちは、私たちにとても親切です。

地下鉄の中で、一生懸命駅名を確認しながら立っていると、腕を引っ張って、座るようにと言って下さった年配の女性がいました。市役所の前で看板の地図を見ていた私たちに「お教えしましょうか」と声をかけてくれた若い男性もいました。南大門の市場がどこだろうときょろきょろしている私たちに、「ついていらっしゃい」と、その人にとっては遠回りになるのに、つれて行ってくださった女性もいました。

 私は、身が縮む思いなのです。

 でも、考えてみれば、私たちだって、平和公園を訪れているアメリカ人には親切にしたいと思います。

「あの国」と言うときに、圧政の下で苦しんでいる国民のことも一緒にして考えてはいけないのでは、と思います。

 どの国の人も、同じ大切な命です。国民同士、殺しあうのはやめましょう。大量に人を殺す核兵器は、三度使ってはいけません。

 この平和考も明日で最後にしようと思います。

2009_07220001  今日の日食、クリニックの屋上でみんなで見ました。黒や青のナイロン袋で、とてもよく見えました。日食めがねなんてなくても、袋で十分なのです。

 はっきりと三日月のような太陽を見て感動しましたね。

デジカメに袋をかぶせて、写真を撮ってみました。肉眼では、もう少し、くっきりした三日月様でしたが、ぼけてしまっています。でも、きれいです。

2009_07220002


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私的平和考⑱高校生の署名活動とはだしのゲン

 先日クリニックに来た高校生が、「これをお願いしたいのですが」と私に出したのが、この署名用紙です。

Img069 「ああ、高校生も頑張っている」私は感動しました。

 核廃絶は決して不可能なことではありません。平和市長会議が発表した、ヒロシマ・ナガサキ議定書は2010年のNPT再検討会議での採択に向けて、活発に活動しています。それを支持し、私たちの核廃絶の声を届けるべく、1000万署名を集める活動が行われていることもすでに書きました。

 ヒロシマの高校生たちも署名集めの活動をしています。クリックすると大きくなります。どうぞ、これをプリントして、署名を集めて下さい。

 私の平和論に対して、様々な反対の声が寄せられました。その多くが、日本も核を持つべきだといっています。その人たちは、ひたすら「北朝鮮」の核実験を非難しています。私たちが非難すべきは、「すべての国のすべての核」であり、すべての国の核廃絶を願っているのです。

 すでにこの地球上で2000回も超えての核実験が行われて来ました。その実験が行われるたびに、被爆者は冷たい石畳に抗議の座り込みを続けて来ました。その被爆者の行動をあざ笑うようなことをしてはいけません。

私の訴えを「女・子どもの井戸端会議はやめろ」なんていってきた人もいました。

 今、必要があって「はだしのゲン」を読み返しています。中沢啓治さんが実際体験したことを漫画にしたものです。これを改めて読んで、軍部の暴走によって、多くの若者が軍人として駆りだされ、戦死したこと。そして「女・子どもたち」が空襲で、そして原爆で殺されて行った、その理不尽な死に慄然とします。

 私の父は、教師として、多くの生徒を爆死させてしまいました。自分は本当に偶然生き残った、その罪悪感は、いかばかりであったかと、日記を読み返して、これも胸が痛みます。

 今、核武装論者が恥ずかしげもなく、その声を大きく上げていることに、危機感を持ちます。あの田母神氏が8.6のヒロシマで「ヒロシマの平和を疑う」という講演会が開かれるという、それに非難の声を上げた私には、「言論の自由を封殺するのか」という声もありました。ヒロシマ市長に対しては、市役所に多くの抗議があったとも聞いています。

 しかし、その講演を企画した「日本会議」がこれまでどれだけの声を圧殺してきたことでしょう。性教育の講演会すら、つぶされてきています。

 いよいよ憲法も変えられようとしている、こんな今だからこそ、多くの人に「はだしのゲン」を読んで戴きたいと思います。はだしのゲンは、すべての核保有国をはじめ、多くの国の言語に翻訳されました。この26日には、その翻訳をした方たちも集まります。

 ウクライナ語・タイ語・ロシア語・中国語・朝鮮語・英語・ポーランド語・イタリア語・スペイン語・フランス語・オランダ語・トルコ語・ドイツ語・インド語・そして今、フィリピン語・ギリシア語・クロアチア語が翻訳中です。世界中にゲンが飛び出しています。

 私たちも、めげないで反戦、反核の声を上げ続けなければ、と思っています。


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夏期セミナーが開かれています。

 性教協広島サークルの夏期セミナーの最中です。大変な雨、雷の中、多くの方に来ていただくことができました。

2009_07200003 一番多いのは、障がい児・者の施設にお勤めの方です。ほかにも、耳の不自由な方には、手話通訳の方が来てくださっています。車椅子の方も、知的障がい児をお持ちの方も来てくださいました。遠いところでは、大阪から、それから岡山や県内各地から来てくださっています。

 講師の永野先生は、中学校の障害児教育を38年間続けてこられた方です。長い間の経験に基づいたお話しはとても具体的で楽しく進められました。二本のビデオも。障がい児の教育に使われている「もうすぐ生まれるよ」と、ダウン症の田中君の恋愛のビデオです。これは、テレビで放送されたドキュメントを編集したものです。

 永野先生の教え子である田中君は、ダウン症です。すごいダンスをします。週末はいつもダンス漬け。得意なのは、側転で、発表会などでは、舞台中側転して拍所喝采を浴びます。その田中君はやはりダウン症のきみちゃんに恋をしました。勇気を持って告白した田中君に、きみちゃんは、
「田中君は、ダンスも上手だし、お友だちとしてはとっても素敵です。でも、私には好きな人がいます。木村拓哉さんの大ファンです。田中君より、木村さんの方が素敵なので、田中君との結婚はできません。お友達としてだけのお付き合いです。」

と、はっきり断られてしまいました。ふられた田中君は、部屋に閉じこもり、好きな音楽を聞きながら泣きます。

 その後も、彼の就職活動など、生き生きと生活する姿がうつされます。彼は成人式の日にインタビューで、一番大切なことを尋ねられると、「好きな人と、お付き合いをすることです。」と答えます。彼にとって、恋愛は、一番大切なことなのですね。

そんなビデオをみながら、とても自然に障がい者の恋愛や性について、語ってくださいました。私には、とても語りつくせません。これからも、ぜひ多くの方に永野先生の話を聞いてほしいと思いました。

 お昼をはさんで、いま、分科会が開かれています。永野先生の続いての「障がい児・者の性教育」の分科会と、小学校の吉田先生の「キレないこどもを育てるために」怒りの表現の授業が行われています。吉田先生の後に、私の「インターネットをつかっての性教育」の発表をします。

 本当にの多くの方に来て戴いてうれしかったです。もう、教育委員会なんて、どうでもよくなりました。ただ、元教育委員会にいた方がこられて、受付で、名簿をチェックして帰られました。イヤな感じです。


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「水正果」を作りました。

 明日は、性教協広島サークルの夏期セミナーです。教育委員会とのいろいろな軋轢はありましたが、信念を持って開催します。今日の午後から、みんなで資料の袋詰めなどの作業をします。ずっと頑張ってきた仲間たちと共に、おしゃべりをしながら作業をするのは、楽しいことです。

 私は、全体会に参加する人すべてに配る資料と、分科会に参加する人用の資料をつくりました。分科会では、41ページの資料を配ります。このような状況の中で参加して下さる方たちには、しっかりお土産を持って帰っていただきたいと思います。

 昨日、連絡が来ました。8月1.2.3.日に開かれる性教協全国大会の私の分科会に参加する人数を知らせて来ました。今度は、その方たち用の資料を作らなければなりません。が、ちょっとこのままでは不可能です。クリニックでの古いコピー機で4000枚もの印刷をすることは不可能です。どうしよう、と、今、頭を抱えています。

 先日、京都の祇園祭で、屋台で「水正果」を飲んだこと、その後、その屋台を出していた韓国の古茶屋「素夢子」でカキ氷を食べたと書きました。その素夢子で、シナモンを買いました。シナモンは、パウダーは使っていますが、形のままのは、初めて見ました。それをしげしげと見ていたら、お店の方が、「これとしょうがと黒糖をコトコト煮ると、水正果ができます。」と教えて下さいました。即、購入です。

 家の中に黒糖の古いのと、冷蔵庫にこれも古びたしょうががありました。量などが分からないため、念のため、ネットで調べてみたら、またまたびっくりです。水正果には、干し柿も入っているのです。私のうちには、古くて硬くなった干し柿がまだぶら下がっています。これだわ!!このために干し柿を残していたのだわ!!と思いました。

2009_07190017 適当な分量でコトコトと煮たら、まあ、びっくりです。本当に美味しいのが出来上がりました。屋台で飲んだのと、同じ味です。これは冷たく冷やして飲みますが、先ほどから、温かいまま飲み続けています。

 干し柿も温かい水正果に入れれば、やわらかくなって美味しくたべられました。まだ沢山シナモンが残っていますので、この夏はこれで決まりです。

これから作業に行きます。


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京都のホテルで、強烈パンチ。

 三重から帰ってみると、足の裏にでっかい「マメ」ができていました。荷物を持ってよく歩きましたもの。三重の行き帰りでも、乗り換えのために、階段を上ったり降りたりで。

 その、前日の京都泊の時。駅からホテルまで散々歩いて、その後に祇園祭まで見に歩いて。足と腰がとってもだるかったので、マッサージをお願いしたのです。

 その、マッサージの女性が部屋に入ったとたん、言ってくれました。「オナカ、オオキイノ?」と。わたし、びっくりして、「ええっ?いいえ、おなか、大きくありません。いや、ええと、あの。大きいですけど。でも、これは。」と、おろおろしていしまいました。そしたら、

「妊娠じゃないの?違うのね。じゃ、メタボ?」だそう。で「ええ、はい、メタボです。妊娠だなんて、私、そんな年ではありません。」と、答えました。

そしたら、「糖尿は?そんなに太ってると、糖尿に気をつけなきゃ。自分は大丈夫と思ってても、突然糖尿になるものよ。」と続きます。

 マッサージしながら、「これは硬い。ひどいねえ。でも、これは凝りではなくて、運動不足よ。運動しなくっちゃ。もっと歩きなさい。何にもしないででれでれしてると、こうなるのよ。」だそうです。

 京都なのに、江戸っ子のような口調で、びしびしと言われます。私は、よく動いているのだけどなあ。たしかにおなかは出ているけれど。そんなに言われるほど、まして、「妊娠」だなんて。ひどいなあ、と思いながら、「はい。」「はい。」と聞いていました。

 私は、年の割りには、元気だといわれます。自分でも、そう思います。昔、勤務医の頃、忙しい病院で、睡眠不足でいつも体はしんどかったのです。「体と言うのは、しんどいもの」と思っていました。特に、朝はつらくて。子どもの朝ごはんをつくりながら、包丁がポロッと落ちたりしていました。

 やせていて、低血圧でした。胃にはいつもいつも潰瘍ができていました。ちょっと難産があると、もう胃が痛くて痛くて。食事も少量しか食べられませんでした。油ものなんて、全く食べられません。胃が痛くて、眠れないこともしばしばでした。

 ところが、胃に「ピロリ」がいることが分かって、ピロリ退治をしたら、なんと、胃の痛みがケロリと直ったのです。油もの、とんかつでも食べることができるようになりました。

 タバコも七転八倒してやめました。それから、ちょっと大病をして、ステロイドの大量療法をしなければならなくなりました。ステロイドの影響もあったし、胃の痛いのがなくなったら、食べることが大好きになりました。そしたら、むくむくと太りました。

 でも、太ると、体がとっても楽になったのです。血圧も普通になりました。朝も、さっさと目が覚めます。体って楽なものだったんだ、と、改めて実感しています。

 だから、私的には、このままでいいのではないか、なんて思っていたら、まあ、今回のマッサージ師さんの強烈パンチです。やはりいけませんね。

2009_07150009 はい、久々にお昼御飯です。このごろ、ちょっと忙しくて、週の内3~4日は、「ちから」の中華そばミニです。たまに、こんなお昼も。そごうの続きのセンター街アクアの7階。「源蔵」です。私は、豚しょうが焼き定食、780円でした。ここは、メニューも豊富。何よりお安いし、おいしいです。真ん中のは、ゴマ豆腐です。御飯は半分しか食べませんでした。


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三重から帰りました。

 昨日は、三重県から夜遅く、12時近くに帰り着きました。何か、疲れてしまって、荷物も解かないままに眠ってしまいました。

 昨日の研修は、名張、伊賀地区の学校保健会でした。沢山の学校医の先生たち、養護教諭の先生たちにに話を聞いていただきました。一生懸命お話しをしました。性教育の必要性を分かって頂けたのでは、と思います。私は、体を教えることは、生きる力になる、そう信念を持っています。

 が、小学校の先生たちにどう受け止められたか、少し気にはなります。基本や理論は分かっても、実践はどうすればいいのか、これは、教育のプロである先生たちにおまかせするしかありません。そこまで私が提示することはできません。それが気掛かりです。でも、聞く先生たちも、一生懸命だったことに、感謝しています。少しは種まきになったのではないか、とささやかに感じています。

 名張、伊賀地区の先生たち、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

2009_07170024_2 ところで、私は列車に乗るとき、いつも右側のカープのお茶を買います。これを見せびらかすように座席におきます。赤くてカープぼうやもかわいくて、大好きです。全部飲んだあとは、よく洗って、ホテルでお茶を作って冷ましてこれにいれます。結局、家に帰るまでこのボトルを使います。

 ところが、それを上回りそうなお茶に出会いました。昨日の会場で配られていたお茶です。伊賀地区限定のお茶なのですが。忍者がかわいくて。私にも分けてもらいました。こんなのを、全国で売ってくださればいいのに、そしたら、すぐに私は買うと思います。中身はどれでも同じようなので、後は外見ですね。かわいいほうがいいです。

 今日は、20日の研修で配る資料の準備の仕上げです。おかげさまで、私の分科会にも参加の申し出が沢山あります。ありがたいことです。


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京都にいます。

 京都にいます。知らなかったのですが、「祇園祭」でした。

 ホテルまでタクシーは行けない、と遠くで降ろされてしまいました。ホテルは三条なのですが、七条でおろされ、必死で歩いたのです。いや、遠かったです。実は、タクシーの運転手さんが「そこが地下鉄の駅だから」と言ったのは、「地下鉄」ではなく、「地下道」だったのです。本当にひどい目にあいました。せめて交通規制が始まる五条まで行ってくれてたら、まだ歩くのが楽だったのに。

 荷物を持って、一時間、やっとホテルについたら、くたびれてしまって。でも、部屋で思い直しました。せっかくの祇園祭なのだから、ちょっと見学をしようか、と。

2009_07150011  道のあちこちにおいてある山鉾がきれいです。ものすごい人です。途中、韓国屋台で水正果を飲みました。シナモンと黒糖としょうがの冷たい飲み物です。

 古布のお店で、あれこれ古布を買いました。どうという目的もないのですが、布に心引かれたもので。いつか、何かになるでしょう。京都で古布を買うなんて、何かいいねえ、と一人喜びました。

 

2009_07150022歩きつかれて、ホテルまで帰ったら、ホテルのまん前に古民家風の茶房がありました。ちょうどお店の人が閉店の札をかけていたので、お願いして中に入れてもらいました。

 そこは、メニューを見てびっくり。「素夢子古茶屋」という、韓国の茶屋でした。しかも、さっきうんと離れたところで作ってもらって飲んだ「水正果」は、その茶屋が出している屋台だったのです。偶然とは言え、本当にびっくりです。でも、うれしくって。韓国風カキ氷「パッピンス」を作ってもらいました。

2009_07150013_2 中に果物や小豆が一杯入っていて、アイスクリームも乗っけてありました。静かな韓国の古典音楽、やさしいお店の人たち、古い雰囲気のお店の中、すっかり気分が落ち着いて癒されました。

 タクシーの運転手さんなんて、まだかわいいものです。昨日、私は、市のお役人とひどい会話をかわしました。余りにひどい対応に、切れてしまいました。「私はこれまで絶えることなく、こつこつと活動を続けて来ました。これは、悪いことだったのですか?私たちのどこがいけないのか、指摘してください。そうでないと、私たちには、分からないのですよ。」私は、悲鳴を上げていました。

 昨日は、それですっかり落ち込んで、パソコンを開くこともできませんでした。でも、もう大丈夫です。これらのやり取りは、会がすんでから、明らかにします。そうでないと、気がすみません。

 明日は、三重の学校保健会で講演をします。学校医、養護教諭の先生や、校長、教頭、教育委員会の方々への話しです。聞いてもらえば、ぜったいに分かっていただける、その自信があります。聞きもしないで、私たちが何をしてきたか私たちに尋ねることもしないで、根拠もなくあれこれ言われるのは、耐えられません。頑張りましょう!!


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8月6日ヒロシマー平和の夕べーのご案内

 これも、以前にお知らせしたのですが、8月6日に広島で集会をします。その第二段のチラシができました。

 昔、大学時代に「被爆者青年同盟」を作って活動していた仲間と、「何かしようかね」ということで始まった話が着々と軌道にのり、現実になろうとしています。

Img067 それだけでなく、全国的に広がって、一つの動きになっています。6月14日に東京で開かれた全国規模の憲法九条の会で、チラシを配ったこともあるかと思います。アッと言う間に全国から賛同人になるという申し込みがあり、一口千円の賛同金も集まって、何か赤字にならなくてすむのではないかという感じになって来ました。賛同を申し込んでくださった方たちの中には、ええっ、この人が!?というような懐かしい名前もあります。うれしいことです。

 チラシは第一段と同じように見えますが、いろいろと異なっています。

 昨日も言いましたが、司会は、前国立市長の上原公子さんが引き受けてくださいました。池辺さんのピアノ演奏と共に上映するスライドも、日曜日にみんなで編集をしました。

 その日、会場のYMCAに下見を兼ねて行き、池辺さんがピアノを弾いたら、その場に居合わせたみなが泣き出したという、感動的なものです。

Img068 会の後のお久しぶり交流会は、同じYMCAのチャペルで行われるようになりました。

 それから、関連企画も具体的になりました。チラシの下に載せています。原水禁山口の主催で、原発が建設されようとしている上関、祝島の現地交流ツアーも行います。

それから、私の父が当時勤務していた広島二中の生徒の真っ黒になった弁当箱。それを資料館に寄付された人の案内で、見学会が開かれます。資料館だけでなく、平和公園を見てまわり、当時、二中の即死を逃れたその生徒が逃げ、力尽きた足跡もたどります。

翌7日には、被爆電車に乗ります。電車を走らせて戴き、その中で米澤さんのお話を伺います。

 集会は、参加費千円です。チケットの販売もしていますが、当日でも、会場で買うことができます。前売りも、当日も同じ千円です。

 どうぞ、多くの方に集まって頂きますように。


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カップルの折鶴です。

 昨年11月、大分の養護教諭山田泉さんが乳がんで亡くなりました。その山田さんを偲ぶ会が3月に開かれました。その会に出席したときに、折鶴を戴きました。

2009_07120010 一番左の赤と白の折鶴です。二羽の鶴が羽でつながっています。一枚の紙で、二羽のつながった鶴が。裏表が赤と白になっている紙で折られていました。

 びっくりしました。どうやって折るのか、ずっと考えていました。何回も挑戦して、やっとスイスイと折れるようになりました。昨日折ったのが、右の青と白の鶴です。

紙は、生命保険の説明書の表紙の下側が青かったので、それを切って使いました。

 昨日は、8月6日にする集会の打ち合わせでした。新しいチラシもできて、詳細も徐々に出来上がり、多くの方が賛同人となってくださって盛り上がってきています。中でも、司会を前国立市長の上原公子さんが引き受けてくださって、大喜びです。

 新しいチラシと共に、またご紹介しますね。

 ところで、広島ブログの順位、面白いですね。「タウンNEWS広島平和大通り」、急躍進でぶっちぎりのトップです。一年も前に書かれた、マツダRX500の記事が大うけになっているようです。このブログは、何人かのとても力のある人たちで書かれていて、いろいろな広い分野の、考察も深い記事が多くて、ファンの一人でした。でも、いつも順位はぱっとしないところでしたので、この大躍進は私もうれしいです。この度のことで、このブログの存在を広く知っていただくことができたでしょう。これからも、多くの方に読んでいただけますように、エールを送ります。


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障がい児・者の性教育のセミナーです。

 以前にもお知らせしましたが、性教協広島サークルの夏期セミナーのご案内です。

Img059 Img060                      

それぞれクリックすると大きくなります。

今回は、「障がい児・者の性教育」に焦点を当てました。

さまざまな障がいのある人もない人も、等しく教育を受ける権利があると思っています。私の現場では、障がいがある故に、様々なことが理解できず、または教えて戴いていないがゆえに、本人が知らない、自覚できないままに加害者になったり、被害者になってしまったりという、本当にかわいそうな姿に接します。以前、「ひとは作業所」に行ったときにも書いたのですが、基本は同じなのです。伝え方を工夫して、ていねいに、時間をかけて、あせらずに、伝えていくという、この原則を守って伝えて行きたいと思うのです。

 でも、私が原則論を話すよりも、実際に障害児の性教育に取り組んでこられた永野祐子さんをお迎えして講師を勤めて頂きます。午前は、全体の講演、午後は分科会なのですが。分科会では、同じく永野さんの会と、障がい児・者の性教育ではなく、小学校での教育実践の報告と私の報告をリレーで行うのとの二手に分かれます。

 吉田さんの実践は、以前例会で受けたことがあります。「切れる」若者が様々な重大な事件を起こすことが多い現代、「切れる」前に、自己表現をどうすればいいのか、これを小学生と共に考えた、すばらしい実践でした。根底に「アサーション」がすえられています。この実践もぜひ知っていただきたいのです。

 全体会と「障害児・者の性教育」の分科会については、手話の通訳がつきます。

 すでに申請をしていた「広島市手をつなぐ育成会」「共作連広島支部」「広島県知的障害者福祉協会」「広島県」「広島市」からは、後援の許可を戴いています。

「広島県教育委員会」の後援は断られました。「広島市教育委員会」の後援申請には、いまだに返事もありません。

 教育委員会に何回も足を運び、説明をしました。本当にこんな失礼な対応をされたのは、私にとって人生の経験上初めてという、情けない悔しい思いをしました。このやり取りの詳細については、また会が終わってから、ここに書くつもりでいます。今は、それを書くことによって、さらなる妨害や障害が起こることを恐れます。

 ただ、今、社会で性教育がおかれている状況を再認識しました。まるで私が犯罪者の取調べを受けているような、そんな錯覚をおこしそうでした。

 今、ぞくぞくと障がい者の作業所の方たちを中心として、参加の申し込みが来ています。皆様の期待に沿うべく、頑張ります。私の発表も期待してくださいね。

 


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このごろうれしかったこと⑥日帰り旅行が当たりました。

 昨夜、鹿児島から帰って来ました。昨日行ったのは、川内の航行ではなく、鹿児島県立串木野高校でした。新幹線を降りたのが川内駅、泊まったのも川内ですが、そこからまだ海沿いにみなみに行ったところに串木野市がありました。それはそれは暑くってびっくりしました。急遽半そでの服に着替えて講演をしました。夏の体育館も冬の体育館と同じようにしんどいものです。 串木野高校の生徒さん、間違ってごめんなさい。

 それから、泊まったホテル、温泉があって朝ごはんが素敵で、そこはビジネスホテルではありませんでした。昔からある、老舗のシティホテルで、結婚式なども行われるところでした。宿泊代がお安くって、てっきりビジネスホテルだと思い込んでしまっていました。

 ブログを書くのに、間違いを書かないようにと気をつけているつもりですが、こうして間違うことが時々あります。いけません。

 何か年をとると、家に帰って疲れがとっと出るようになりました。来週は、やはり診療を終えると京都に行き一泊し、翌日三重県に行き講演をして、その日に帰るという、これも結構ハードなスケジュールとなります。三重県というと、名古屋や大阪から行くのかと思ったら、京都からが一番近いのだそうです。これを済ますと、後はヒロシマがほとんどになってちょっと楽になる予定です。

2009_07100008_3   ちょっとうれしいことが。二年前にもスーパーマーケットの抽選に当たって京都に日帰り旅行に行ったのですが、またあたりました。今度は、こんぴら参りと讃岐うどん食べ放題だそうです。うどんの食べ放題というのも、ちょっとさえない感じだけれど、でも、ガラス館や備前焼の窯元などにも行くようですので、ちょっと楽しみです。京都の時と同じように、姉と一緒に行きます。忙しくったって、何だって、楽しいことは積極的に参加です。

夏にかけていろいろとイベントが目白押しです。また、ボツボツとお知らせしますね。


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このごろうれしかったこと⑤サマーストールが出来上がりました。

 今、鹿児島県川内市にいます。今日は、川内の高校生に話しをします。例のごとく、昨夜診療を終えてここまで来ました。この前は熊本でしたが、そこよりさらに遠く、途中でまた新幹線に乗り換えて来ました。さすがにしんどかったのですが、うれしいことに、思いがけずこのホテルには温泉が在りました。

 駅前のビジネスホテルで、宿泊代も6000円台の安い所なのですが、大浴場にはサウナもありました。私は昨夜は遅かったので入れませんでしたが、今朝入りました。近所のお年寄りが入っていらっしゃいましたので、お話しをしました。この温泉は銭湯にもなっていて、いつも入りに来るのだそうです。普通に入ると300円が、3000円で回数券を買うと、12回は入れると。やまとの湯よりうんとお安いです。

 お風呂、それも温泉があるなんて、全々知らなかったので、うれしくて、儲けた気分でした。それに、ビジネスホテルにしては、朝ごはんがとても素敵でした。かぼちゃの煮物、モロヘイヤの胡麻和え、きんぴらなどのお野菜の料理が沢山です。サラダだって、通りいっぺんのものでなく、大根、かいわれ、ミニトマトのサラダには、蒸し鶏が入っていましたし、ポテトサラダには、ハムだけでなく海老までしっかり入っていました。大根おろしにねぎを混ぜてお醤油をかけてそれを御飯にかけて食べました。しっかり朝ごはんも食べて大満足です。

 だって、昨夜は、移動の時恒例の駅弁でした。それも遅い時間なので、駅にはさほどいいお弁当が残っていなくて、京の寿司の手まり寿司です。売れ残りで半額になっていたので420円で、それは良かったのですが、寝るころには、もうおなかがすいて困ってしまいました。

 ところで、うれしかったことです。もうずいぶん前、5月14日に「マダムはせがわの和みカフェ」で、ニットカフェがありました。それに参加したのですが、その後なかなかできなかったのが、やっと出来上がりました。

2009_07080009 先生がいろいろな糸を持ってきていらっしゃった中で、私は細いクリーム色のを選びました。そしたら、針も5号ではなく3号で、とても細くて、なかなか進まず、それもずっと数を数えなくてはならず、もう、苦労しました。いやになるほど苦労しましたが、やっとやっとできあがり!!です。

 先生に教えて頂いたとおり、まち針で端を止めて、スチームアイロンをかけて、しっかりさせると、レース調で素敵になりました。昨夜、新幹線に乗った時に、冷房が効いていて寒かったので、さっそく首に巻きました。こんな薄手のものでも、結構暖かくて、それに何よりおしゃれで、すっかり気に入りました。大切にしようと思います。マダムはせがわさん、ニットカフェの先生、お世話になりました。また、会があるときには、教えてくださいね。

 物を作るというのは、やはり楽しいものです。これが出来上がったので、今度はまた帽子です。帽子の方が、はるかに楽です。糸と針を持って来ましたので、帰りの列車では取り掛かれると思います。


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このごろうれしかったこと④生徒の感想文です。

 先日行った熊本の矢部高校の生徒さんたちの感想文が届きました。全部の生徒の感想です。どれもどれも胸を打ちました。講演をして、このような後の感想を戴くのは、私の励みにも、勉強にもなります。学年ごとの男女それぞれの一つずつをアップしますので、ぜひ読んでください。(私の手を加えず、漢字などもそのままにします。)

1年男子

今日の話をきいて考えたこと  ①あそび半分でやらないこと ②あいての事を思うこと ③命をたいせつにすること ④やる前にちゃんと先の事を考える事 ⑤命ができるとゆう事は、すばらしい事 ⑥たのしくいきる事

1年女子

・ はずかしがらずに性のことを話せる家庭をつくっていきたい。 ・ くわしいことを知って行動していきたい。 ・ 性のことについて話したり考えることははずかしいことではないと分かった。 ・ 雑誌とかに書いてあることはたいていうそなので信用しない。 ・ お互いのことを思ったうえ、考えたうえでする。 ・ 本日は本当にありがとうございました。これから生活するうえでとても大切なことが学べたと思います。これからもたくさんの人の支えとなってがんばってください!!

2年男子

とてもためになった。話し方が上品で、面白かった。 話の展開があって面白かった。 男の悩みなどが言われていて興味深かった。 男よりも、女の方がやはりつらいと思った。 そこら辺をしっかり考えていきたいと思った。 ところどころで深イイ話があったり感動するエピソードが聞けて良かった。 いかに快適に過ごすかを考えていきたい

2年女子

内容が詰まっていて、とても有意義な講演だったと思います。 河野さんの実体験、これまでの様々な人たちとの出会いの話も聞くことができ、全部自分のことのように一生懸命考えることができました。 やっぱり、自分のことは自分で管理することが大切だと頭にたたきこむことができました。自分もこれから様々なことがおこりうると思います。 今日の講演をしっかりと活かしたいと思います。一つの命が誕生することは本当にすてきなことなのだと改めて感じました。

3年男子

今日の性教育講演会を聞いて思ったことは、やはり人の命は大切にしなくちゃいけないものだと思いました。男はぜったい責任をとれるようになってこそ行為をするべきだと思いました。 女性の体を大切にして本当に大事にしていきたいと思います。一つ一つ命は生きていると思うのでそこをきちんと考えて正しい知識を知る必要があると思います。とてもいい勉強になりました。

3年女子

 今日の講演会は、しっかり考えさせられるものでした。色々な間違った知識が私たち高校生や10代に伝わっていることが分かりました。妊娠をしたのは、女性のせいばかりにさせられることが多いが、男性にも責任はあると思いました。お互いを考えてあげることが必要だと思いました。一人だけの問題ではないのだと感じました。間違った知識を持っていると本当に怖いものだと思いました。正しい知識を知ることが、自分の体を守ることになるのだと思いました。講演会を聞くことができて本当に良かったと思います。相手の気持ちを思えば、正しい行動ができるはずです。

生徒の皆さん、ありがとう。こうして全部の感想文をコピーして送ってくださった先生もありがとうございました。いろいろと気がめいることが多いこのごろですが、しっかり励まされました。頑張りますね!!


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このごろうれしかったこと③43年前の手編みのベスト

 家の中の衣類をどんどん捨てている話を書きました。実は、クロークだけでなく、たんすの中も全部引っ張り出していると、思いがけないものが出て来ました。

2009_07050009_2  私が大学一年の時に編んだ手編みのベストです。前はモチーフで、後ろは長編みで、赤の縁取り。丁寧に編んでいます。白のブラウスに紺のスカート、それにこのベストを合わせてよく着たものです。当時は、まだ細かった!!今より20キロ細かったのではないかしら。

 当時は、あまりお金もなかったし、バッグも服も帽子も、よく手作りしていました。

 大学を卒業しても着ていたと思います。そのうち、たんすの中で忘れられていました。40年以上経っても、全然、何ともなっていません。そのまま着れそうです。

いえ、ベストは何ともなっていないのですが、悲しいことに、私の体型が。これがまた普通に着れるように、何とか頑張らなくっては。健康診断も近いことだし。

 あっという間に時が経ってしまったけれど。若い頃の作品に出会って、ほのぼのとうれしかったのです。これはいくら何でも、ごみにして捨てることは出来ませんでした。


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このごろうれしかったこと②東大阪の中学校で

 先週の木曜日に行った東大阪の中学校のお話しです。

 そこに行くのは二回目でした。二年前、当時の二年三年の二学年に話をしました。今回はその当時一年、今三年になった生徒たちに話しに行ったのです。とても大きな学校で、前回の二学年一緒だと、体育館が窮屈で暑くて、今回は一つの学年で、ゆっくりと話しをと言うことでした。

 校長が生徒たちに言われました。

「二年前に君たちの先輩に話をしてもらって、大変衝撃だった。この話しは、高校で聞いたほうがいいのか、それとも中学のうちに、なのか、考えた。やっぱりこれは中学のうちに、となって、今回君たちのために来ていただいた」

と。それがとてもうれしかったのです。バッシングの後、今、中学生にはとても教育が難しい状況になっています。でも、私は、中学生、義務教育のうちに、ぜひとも知っておいてほしいことがある、と思っています。高校でだと、高校に行かない子、中退する子が何にも知らないまま、社会に出、性を実行するようになってしまいます。知らないままに実行することの悲しさをいやというほど見て来ました。

 だから、校長がそういわれたことが、本当にうれしかったのです。

2009_07050006 校長室でこんなものを戴きました。「校長室だより」です。校長先生が昨年度に生徒に出された便り、計50号も。

 私は「保健室だより」とか、担任が出す「〇組だより」や「学年だより」はいろいろと見ていますが、「校長室だより」は初めてです。

中を見ると、校長の人柄があふれています。入学式の日、「枚岡中学でがんばるよ!~さあ、1年生、スタートだ~」それから、「校長室だより」よろしく!という記事など。

主に一面には校長からの様々なメッセージを、裏面には、部活の様子、構内の花や木の様子、ツバメが巣を作ったこと、校区の幼稚園の生徒がお弁当を持って中学にやって来たことなど、写真もふんだんに、立派で楽しい紙面です。

 8月6日には、全校登校で平和教育をしたこと、裏面には、昨年の長崎の平和宣言が。新聞に出ているから、ヒロシマの平和宣言もあわせて読むように、との記述と共に。

 さらにびっくりしたのは、今も毎週一回、在日の韓国朝鮮人の子どもたちに「母国語教育」で、言葉と音楽を教えているのだそうです。講師は、近くのオモニにお願いしていると。

 これは、前の枚岡市、今は合併して東大阪市の事業としてしていると。広島県でもかつては、やっていたところもあるけれど、今は全面的になくなっています。

 十数人いる障がい児には、近くの「自立支援学校に教えてもらいながら、個別の性教育をしている」と。

 こんな学校だから、私を二回も呼んでくださったのだと思います。校長はじめ、すべての先生方の教育にかける熱意をひしひしと感じました。だからでしょう、生徒たちはとても静かに良く聞いてくれました。

 本当にすがすがしい思いでヒロシマに帰ることが出来ました。このうれしかった気持ちをお伝えしたかったのです。


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このごろうれしかったこと①川柳で特選!!

 昨夜遅くまでかかって、今日の講演の準備をしました。スライドだけでなく、参加される方に持って帰っていただくものも準備が出来ました。乳がんの患者さんたちがほとんどですので、その方たちのこれからの生活にお役に立てるものを、それからいろいろとご心配なことがおありでしょうから、それにもお役にたつものを、と欲張ってしまって、結構大量になりました。

 夜、一人もくもくとコピーをしながら、もっと早くにしておけば時間内にスタッフにコピーなぞしてもらうのに、なんて思いながら、でも、仕上がってほっとしました。

 人に話すということは、自分自身が勉強するということです。それまで、なんとなく知っててやり過ごしてきたことの、再確認であったり、知識を整理したり、自分にもとても勉強になりました。

 でも、ちょっと本でもネットでも調べれば分かるような、誰でも話が出来るようなことを話すつもりはなく、私でなければ話せないことを話したい、そなんことも欲張って考えています。

 今日は、その後、レセプトや、この後の講演会の準備など、ずっとバタバタしそうです。

 平和考は、まだ終わりません。もう少し「国家と国民」について考えていることを話したいと思っています。そのうち、書くつもりです。

ちょっとうれしいことが続いているので、これもシリーズです。

2009_07050005 「やまとの湯」に今も一日おきに行っています。そこで川柳の募集がありました。いま、やまとの湯は、全国に18箇所にもなったそうで、上場企業になっています。その創業10周年記念の行事でした。

 それに応募したら、なんと特選だそうです。特選5人と佳作10人が張り出してありました。「やあ、特選じゃあ、」とよろこんでいたら、初めてそれを見た夫も「なかなかいい句だ」とほめてくれました。商品に地方の名産品を送ってくるそうです。私は、博多の「からし明太」を選んでいます。ははっ、もうかっちゃった、と、お風呂でもずっとにやにやしていました。

 いいことがあんまりないこのごろ、単純にうれしいことでした。 

 


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私的平和考⑰四季「異国の丘」その3.

 劇団四季は「昭和の歴史三部作」として、「李香蘭」「異国の丘」「南十字星」を発表している。このうちの「李香蘭」と異国の丘」の二つがこのたび再演された。その共通のパンフレットから。この中には、様々な人の文章が載っているが、中でも、四季の主催者であり、これらのミュージカルの企画・構成・演出・台本を担当した浅利慶太氏の文章を紹介したい。本来なら、一部の抜粋ではなく、全文を載せたいところだけど。なお、この文章は、有料のパンフレットの中だけでなく、これだけを印刷して、観客に配布されもした。

 「(略)私は、戦争に正しいものと、そうでないものがあると言いたいのでもない。いつも考えることは、例えどんな崇高な目的があったとしても、戦争は民衆の、国民の凄まじい犠牲を伴って戦われるということである。戦争は長く続く悲劇を生む。だから戦争を決断する立場となった人は、このことを深く心に刻まなければならない。政治家だけではない。それを支える人、あるいは世論に影響をもたらす人まで含めて、責任を問われる。

 指導的立場にある者は、如何なる困難ものりこえ、政治的、外交的手段を尽くして、戦争を回避するよう努力しなければならない。戦争も、勿論政治の一手段である。しかし、一つの民族、国民、国家にとって、「戦争」は、実に最後の、最後の選択でなければならない。

 私の少年時代に行われた昭和の大戦争を振り返ったとき、当時の指導者たちに、果たしてそれだけの認識、覚悟があっただろうかという疑問が湧いてくる。「あの戦争を総括するには、まだ時代が早い」という意見に私は耳を傾ける。たしかにそこには、大きな錯誤や侵略行動、蛮行と共に、アジアを、植民地支配する西欧勢力から解放したとしいう側面があったことも否定できない。だが、何度も言うようだがあの戦争の開戦、遂行に関わった人々は、結果として日本国民にもたらされる可能性のある「悲惨」について考えたのだろうか。そして、満州・日華両事変は?続く対米戦争の開始は、民族、国家の存続にとって「最後の手段」だったのか。戦争回避の方策は絶対に無かったのか。『ミュージカル異国の丘』の台本を書いている時、私の心をよぎり、重くのしかかってきたのはこの疑問である。もし私が十年早く生まれていたら、間違いなく、この戦争の第一線の兵士になっていた。私は兵士の立場で、兵士の心を持ちつつこれらの作品を創った。(略)」

(文書の所々を抜粋して繋いだものでなく、文章の一部を丸ごと載せました。)

 こんな時だから。原爆の犠牲者を悼み、平和を誓う8月6日という「広島原爆祈念日」に核武装論者の講演が広島で開かれるという、そんなことも堂々と通るようになったこんなときに、私は、偶然、このミュージカルを東京で見た。

 このミュージカルの感動と、浅利慶太氏の文章が、また私の胸に深く刻み込まれた。今再び、このヒロシマの地で、このミュージカル「異国の丘」が上演されることを願う。

 


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「のぞみの会」の講演会のお知らせです。

 緊急にお知らせします。もっと早くご案内すべきでした。

明日日曜日、「のぞみの会」主催の講演会があります。私が講演をします。「のぞみの会」は乳がんの患者さんの集まりです。代表でもある浜中和子先生から、この際、多くの方に聞いていただきたいので、という申し出がありました。「のぞみの会」の方たちだけでなく、どなたでも来ていいそうですので、ご案内させて頂きます。

日時:2009年7月5日(日)14:00~16:00
場所:広島市中区地域福祉センター 
広島市中区大手町4-1-1大手町平和ビル5F 
TEL  082(249)3114
演 題:「更年期障害と婦人科がんについて」
講師:河野 美代子 

中区地域保健センターは市役所の向かいのビルの中です。地図はこちらです。

 乳がんで治療をなさった方たちへのお話しになります。乳がんの方たちは、治療後も女性ホルモンを抑える治療を受けていらっしゃいます。ですから、一般の更年期の方たちの治療のように、ホルモン補充療法が出来ません。それを踏まえてのお話しになります。

 私にとって、いつもしている「性教育」や「更年期」の話しと、少し異なる話ですので、緊張しています。でも、頑張って、皆様にとって有益な話にしたいと思っています。今、まだスライド作りに懸命です。多くの方にお会いできれば、うれしいです。


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私的平和考⑯四季「異国の丘」その2.

 劇団四季の「異国の丘」は、日中戦争当時の首相近衛文麿の息子、近衛文隆がモデルとなっている。日本が中国、上海を攻撃し、日中の全面戦争へと泥沼化となりつつある時。時の蒋介石との間に何とか和平条約を結びたいとの、父の密命を受けて一人上海に乗り込む。

 彼はアメリカに留学したときに知り合った、蒋介石の姪の恋人がいた。その彼女の働きもあって、父近衛文麿の密書が無事蒋介石の手に渡り、そして蒋介石の返書をやっと手にしたが。

 父親を日本軍に殺され、和平を阻止したいと考える中国人と、これも和平などさせたくない日本軍の手により、密書は結局首相の手に渡らなかった。

 和平工作に失敗した後、日本軍の中国への全面侵攻、第二次世界大戦へと続いていく。

 近衛文隆は、懲罰召集で満州に配属され、終戦後、シベリアに抑留される。マイナス40度の極寒での重労働。次々と仲間は死んでいく。彼は、なんとか生き延び、やがて終戦から11年もたって、1956年、やっと日本に帰れるとなったその日に、殺害されてしまう。

 私は、その頃を思い出す。元気な小学生。原爆の廃墟の中で、新しい憲法の下で、のびのびと教育を受けていた。その頃、まだあのシベリアに抑留され続け命を落とす人たちがいたのだった。日本の政府は、その人々を一国も早く救い出すなんてことはしなかった。それどころか、今の今でさえ、まだ中国に取り残された残留孤児の人たちもいる。

 そういえば、その頃、いつもラジオで「尋ね人の時間」というのがあって。どこどこから引き上げてきた〇〇さんが、だれだれさんを探しています、と沢山の人の名を呼んでいたものだった。

 極寒の中で、みんなではげましあいながら、何とか生きのびようと頑張る彼らの姿に、涙を禁じえなかった。その中で、私が言った「異国の丘」も男たちの合唱で歌われた。

http://www.youtube.com/watch?v=9hkoI_r3MLM

それはそれは、つらいミュージカルだったが。終わった後、劇場一杯の客からは、拍手がなりやまず、何回アンコールがあったことか。本音はライオンキングを見たかった若者たちもとても良かった、と言ってくれて、ほっとした。

 私は、このミュージカルを作った浅利慶太という人は、本当にすごい人だと思った。パンフレットには、参考にした本が何十冊も記録されている。事実をキチンと検証することが、小説やこのような演劇を作るうえで、とても大切なことだからだろう。そして、彼のこのミュージカルに寄せての文章が、また、すごい。

 次回、その浅利慶太氏の文章を紹介します。


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私的平和考⑮四季「異国の丘」その1.

 今、大阪のホテルにいる。明日は、東大阪の中学校で生徒に話しをする。診療を終えるなり新幹線に乗り、大阪に来て、さきほどまで中川智子と会っていた。宝塚市長選挙以来の再開だ。市長になっての奮闘振り。もうすばらしい。いやあ、これだけ力がある市長というのも、珍しいのではないか。私、ここにはかってに書く訳にはいかないけれど。一つだけエピソードを。

 選挙に当選してすぐ、市議会議員に挨拶回りをしたと。そしたら、他の候補を応援した一人が彼女が握手の手を出したのを拒否して、握手しなかったのだと。そしたら、彼女が「あなたねえ、これから一緒にやって行くのでしょう。違うことは違うとチャンと議論しましょう。はじめっからけんか腰ではなく、宝塚のために一緒に頑張りましょうよ。」と言ったのだと。そしたら、彼も手を差し出したのだと。うーん、やるねえ。すごい。私だったら、あら、そうですか。で終わっちゃうかも。それが彼女の人徳なのだろうと感心した次第。

 国から来ているある無能な幹部とのやり取りには腹を抱えて笑った。私にも、同じ部署でのお同じような話しがある。広島県の幹部とのやり取りを話したら、彼女もあきれて。まあ、お互い積もる話しをして、鬱憤晴らしみたいなものだ。私は私で、いつかこのおっかしくも、悔しいことの顛末をここに書くぞっという意気込みはあるが、まだもう少し後に。

 その彼女と話しているうちに、あの戦争は、何人も止めようとした人がいたという話になった。何人もが頑張ったのだけれど、結局は軍の暴走で、結果的に、本当に沢山の国民の命が奪われた。

 彼女は、今、城山三郎の「落日燃ゆ」を読み終えたばかりだといった。時の総理大臣・広田弘毅、唯一文民で戦犯として死刑に処せられた。彼は必死で戦争をとめようとしたのだが、軍の暴走を止められなかったと。

 私は私で、先日、劇団四季のミュージカル「異国の丘」を見たと言った。「異国の丘」って歌、知ってる?知ってるよう。そんな気心が知れて、というか、彼女と私は同じ年だから、というか、ほっとする。

 先日東京に行ったとき。セミナーの講師を勤めたのは、土曜日だった。翌日の日曜日。帰るのは最終の飛行機。丸々一日あるから、一緒に何か、どうするか、そっちで決めて、と娘たちにの任せておいた。娘と、息子夫婦で相談したらしい。娘が電話をしてきた。「一つは、お兄ちゃんの車で千葉に焼きはまぐりを食べに行くか。もう一つは、劇団四季のミュージカルを見に行くか。」と言う。わたしは即座に「四季!!」と言った。「ではね、四季はね、ライオンキングか、異国の丘っていうの、どっちにする?」と言う。わたしはびっくりした異国の丘なんてミュージカルがあるとは知らなかったから。で、「異国の丘!!」と言った。後で聞いたのだが、若い者たちはライオンキングに行きたかったらしい。でも、私はそちらを選ばなかった。

 土曜日のセミナーのあと、みんなで打ち上げをしていたとき、明日は四季を見にいく、という私に、もう一ついま四季が「春のめざめ」というミュージカルをしていると教えてくれた。性教育ドラマという触れ込みだが、これはひどい、見ないほうがいいと、彼らは言う。で、「異国の丘」だというと、みんな知らないと言う。こんな歌、知らない?とちょっと歌うと、みんなみんな知らないという。みんな若いんだ。

 当日、子どもたちに、「異国の丘」という歌があるのよ。それのミュージカルだと思うんだけど、というと、四季に限ってそんなことはないと言う。四季と言うのはねもっと華やか。そんな軍歌みたいなの、するわけがないと言う。でも、私はきっと関係があると、期待していた。それにしてもシベリアの抑留の話、歌はともかく、踊りなんてできるのだろうか、といささか不思議な気持ちであった。私これまで四季で見たのは、「仮面舞踏会」しかない。

2009_07020001 その前々日までは李香蘭、そして、前日から「異国の丘」という、あの戦争と関連のミュージカルを続いてしているのだった。本当に私は知らなかったのだが、何か運命的なものを感じて。

 この8月、私は何十年ぶりかという集会をやろうとしている。そして、それを考えることもあって、平和考というシリーズを書いている。最近では、田母神氏の講演会で、本当に暗い気持ちになっていた。そんなときに、まさかのミュージカルに遭遇したのだった。

「昭和」という時代に何があったのか、事実の歴史を次の世代に伝えたい」というそんなミュージカルである。

(この項、続きます)


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