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私的平和考⑦「死んだ女の子」との出会い

私がまだ小さい頃、うちの中で、何か分からない、何か気持ちの悪いものを見た。小さい女の子が戸を叩く。私はいつまでも大きくならない。いつもおんなじ年なの、というような詩だった。何だろう。何か分からないけれど、何か気持ちが悪い・・・。

 それが、私が実感を持って「原爆」を意識した最初だったように思う。

 もちろん、それまでも、いろいろとあった。近所の友だちと落とし穴を作っていたら、骨が出てきて、「わあっ、骨じゃ、骨じゃ」と飛んで逃げたこともあった。夏、いつも川に泳ぎに行っていたが、「8月6日だけは泳いではいけません」と母から厳しく言われていた。川で沢山の人が亡くなった日だから、と。

 やがて私も大人になって、ある日、演劇を見に行ったとき。その演劇の中で、その私が昔見たと同じ詩が歌われた。「ああっ、あれだ。私が読んだ詩だっ」鳥肌が立つような衝撃だった。

 それから、なんどもその歌を聴いた。

「死んだ女の子」。

ナジム・ヒクメット作詞・飯塚広訳詞・木下航二作曲。

1. とびらをたたくのはあたし

  あなたの胸にひびくでしょう

  小さな声が聞こえるでしょう

  あたしの姿は見えないの

2. 十年前の夏の朝

  あたしはヒロシマで死んだ

  そのまま六つの女の子

  いつまでたっても六つなの

3. あたしの髪に火がついて

  目と手が焼けてしまったの

  あたしは冷たい灰になり

  風で遠くへとびちった

4. あたしは何もいらないの

  誰にも抱いてもらえないの

  紙切れのようにもえた子は

  おいしいお菓子も食べられない

これをクリックしてください。曲が聴かれます。

昨日、この曲をネットであれこれ探していたら、あらためて驚いた。この歌の5番。

5. とびらをたたくのはあたし

  みんなが笑って暮らせるよう

  おいしいお菓子を食べられるよう

  署名をどうぞしてください

そうか、この歌は、「核兵器反対の署名」集めのためにつくられたのだった。私が小さいときに見たのは、その署名を集めるために、家にも来た用紙だったのだろう。父が職場から持って帰ったのだろうか。母が婦人会からもらって帰ったのだろうか。それとも、町内会から?

 十年前にあたしは死んだのだから、この歌は1955年。ちょうど第五福竜丸の事件があったのが1954年3月。ビキニ環礁の水爆実験による死の灰をかぶり、54年の9月に久保山愛吉さんが亡くなった。(ぜひ、この色が変わっている「第五福竜丸の事件」をクリックしてください。そこに載っている遺族、子どもたちの顔がたまりません)

この出来事で、東京から始まった核実験反対、核兵器反対の署名活動は、日本全土に広がり、3200万人もの署名が集まり、核兵器反対の世論を急速に作り上げた。。もっとも、この署名活動を始めた主婦たちは、マグロが高濃度の放射能に汚染されて、食べられなくなったという、切実な「食べ物事情」があったとも言われる。

 あらためて、この日本には、戦後沢山の人たちの運動があって、この平和が作られたのだということを痛感している。

 ついでながら、この「死んだ女の子」は、元ちとせさんも歌っているが、これは、全く曲が違う、詩も違う(翻訳だから、似ているし、最後の署名は完全に変えられている)別の歌だと捉えたほうがいい。昔からヒロシマを中心に歌声喫茶などで歌いつがれて来たのは、木下航二さんの曲だ。木下航二さんは、あの「原爆ゆるすまじ」を作曲した人でもある。元ちとせさんの歌よりも、うんと透明感があって悲しい。もちろん、これはあくまでも私のかってな思い、感想である。

 


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ぜひ、覗いてみてください。

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コメント

私は、45歳「戦争を知らない子供たち」です。

昨日掃除機をかけながら…ふと母方の祖父(健在)の話を思い出していました。

巡洋艦“青葉”に乗船中襲撃に遭い沈没。ほとんどの人が亡くなったと。奇跡的に砂浜に漂着した祖父は助かった。幼い時から時々聞かされ何となく記憶している。

今になって、違和感を感じました。
私は、映画のシーンを想像するような…
悲惨な状況も想像した筈なのに
もしかして、武勇伝になってる?聞いた私が?話した方が?

確かに、映画「男たちの大和」では仲間を失って生きてる事の辛さ・申し訳なさ等描かれていた。引きずって生きる事も辛いと思う。
日常の私達も過去の嫌な事は、思い出となっていく。

でも繰り返して欲しくない事は、子供達には伝えて行かねばと思っている。

聞く(受取る)側に、大切な事を確かに伝えなくては、
意味の無い事になってしまいます。
父方の祖父も戦死しているし、もっと身近な事なのに。

投稿: maririn | 2009年6月 3日 (水) 09時31分

こんにちは!

何十年振りでしょうか?
思いっきり、懐かしく、
「死んだ女の子」歌いました。
先人達の筆舌に尽くせない努力で得られた
「平和」です。守らなければ・・と思います。

投稿: yuu_fu_ren | 2009年6月 3日 (水) 13時12分

私も何十年ぶりに歌いました。私がこの歌を知ったのは労音でのコンサート「高石ともや」さんが歌ったのを聞いて衝撃を受けました。その後歌声喫茶で歌ったりことあるごとに仲間と歌ったものです。今でも時折友人の歌声喫茶では歌います。「原爆許すまじ」も最近歌われなくなりましたね。「原爆」は人々の心の中から遠ざかってしまったのでしょうか。平和がどんどん遠くに行くようで悲しいです。

投稿: 初ちゃん | 2009年6月 3日 (水) 23時28分

小学校時代に音楽の時間に習いました。
当時は原爆の歌だとはわかっていましたが、
この歳になって改めて歌詞を見ると、重みが伝わってきます。
わたしも4番までは知っていたのですが、5番は知りませんでした。
そういう経緯の歌だったのですね。
第五福竜丸の事件も中学校の時に、体育館で映画を見ました。
30年経っても内容もみんなの涙も覚えています。
今の子どもたちにも伝えていきたいです。

投稿: ウリ坊 | 2009年6月 5日 (金) 22時54分

maririnさま
そうですね。語っていきましょうね。子供たちにも、平和の大切さを。いつの間にか、戦争を賛美したり、武器をかっこいいと感じる世代が育っています。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年6月10日 (水) 01時03分

yuu_fu_renさま
有難うございます。やはり私たちの世代なのですよね。これを知って、歌ってきたのは。語りつがねば、と思います。お返事が遅くなってすみません。どうぞ、これにこりず、立ち寄ってくださいませ。くだらないことも書きますが。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年6月10日 (水) 01時16分

初ちゃんさま
高石ともやの歌は、この歌と同じ曲なのでしょうか。それとも元はじめさんの曲なのですか?
ユーチューブで聞きたいと思っても、高石ともやのは、出てきません。私、どうも元はじめさんのはなじまないものですから。いつも寄って下さって有難うございます。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年6月10日 (水) 01時20分

うり坊さま
音楽の授業で教えてくださったのですね。そんな教師もいらっしたんだ。きっと、音楽的にもいい歌だと思われたのでしょうね。今はなかなかこんな授業が出来なくなっています。あの頃は、盛り上がっていたのですが。いつも有難うございます。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年6月10日 (水) 01時23分

 はじめまして。今日シネツイン本通に「キャタピラー」という映画を観に行き、エンドロールで流れた元ちとせさんの「死んだ女の子」に衝撃を受け、ネットで探していてここにたどり着きました。

 河野先生はとてもアクティブに行動されておられるのですね。ブログを拝見させていただき感心しました。しかし残念ながらそのご活躍は選挙のときにはわたしは知り得ていませんでした。次回の選挙のときはぜひ投票させていただきますね。

 ところで高石友也バージョンの「死んだ女の子」、ありましたよ。でも歌詞は元ちとせのものとといっしょですね。

http://www.youtube.com/watch?v=sNkVxvXBhpc

 河野先生の益々のご活躍を祈念しています。がんばってください。

投稿: コルドン | 2010年9月21日 (火) 02時28分

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