私的平和考③峠三吉「墓標」
斉美学校は明治5年に設立された開成社を前身とし、明示26年に斉美学校として発足した。主に軍人の子が通った学校である。爆心地から670メートル。160人を超える生徒と職員が全滅したといわれる。峠三吉の「墓標」は、原爆詩集に搭載されているが、詩というよりも長文の「抒情詩」といえる。
「斉美学校の碑」は1970(昭和45)年8月6日卒業生たちの手によって建立された。この峠三吉の「墓標」が子どもの像の後ろに全文掲載されている。
ひとつの作品を抜粋するのは、よろしくない行為なのかも知れないが、あまりに長文故、許されたい。全文はこちらに掲載されているので、ごらん戴きたい。
また、機会あればぜひ現YMCAのこの碑を訪れて頂きたいと思う。
「墓標」 峠三吉
君たちはかたまって立っている / さむい日のおしくらまんじゅうのように / だんだん小さくなって片隅におしこめられ / いまはもう / 気づくひともいない / 一本のちいさな墓標
「斉美小学校戦災児童の霊」
略
いくら呼んでも / いくら泣いても / お父ちゃんもお母ちゃんも / 来てはくれなかっただろう / とりすがる手をふりもぎって/ よその小父ちゃんは逃げていっただろう / 重いおもい下敷きの / 熱いあつい風の / くらいくらい 息のできぬところで / 〔ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ〕 / やわらかい手が / ちいさな頚が / 石や鉄や古い材木の下で血を噴き / どんなにたやすくつぶれたことか
比治山のかげで / 眼をお饅頭のように焼かれた友だちの列が / おろおろしゃがみ / 走ってゆく帯剣のひびきに / へいたいさん助けて!と叫んだときにも / 君たちにこたえるものはなく / 暮れてゆく水槽のそばで / つれてって!と西の方をゆびさしたときも / だれも手をひいてはくれなかった
そして見まねで水槽につかり / いちじくの葉っぱを顔にのせ / なんにもわからぬそのままに / 死んでいった / きみたちよ
リンゴも匂わない / アメダマもしゃぶれない / とおいところへいってしまった君たち / 「ほしがりません・・・ ・・・ かつまでは」といわせたのは / いったいだれだったのだ!
略
仆れた母親の乳房にしゃぶりついて / 生き残ったあの日の子供も / もう六つ / どろぼうをして / こじきをして / 雨の道路をうろついた / 君たちの友達も / もうくろぐろと陽に焼けて / おとなに負けぬ腕っぷしをもった
負けるものか / まけるものかと / 朝鮮のお友だちは / 炎天の広島駅で / 戦争にさせないための署名を集め / 負けるものか / まけるものかと / 日本の子供たちは / 靴磨きの道具をすて / ほんとうのことを書いた新聞を売る
君たちよ / もういい だまっているのはいい / 戦争をおこそうとするおとなたちと / 世界中でたたかうために / そのつぶらな瞳を輝かせ / その澄みとおる声で / ワッ! と叫んでとび出してこい / そして その / 誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ / たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ / ぼくたちはひろしまの / ひろしまの子だ と / みんなのからだへ / とびついて来い!
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コメント
息子が1歳の頃からYMCAに通ってるのですが、
保育園の頃、彼がこの像の前で必ず手を合わせて、
頭を垂れてお祈りをしていたので、
なんだろうと思い、
後ろに立って、刻まれた詩を読んでいたら
涙が止まらなくなったことを思い出しました。
その息子が昨夜、
北朝鮮の核実験のニュースに怯えたのか、
寝入る前にじっと私の顔を見つめて、
「ねえ、眠っていいの?安心して眠っていいの?
眠っている間に、何か大変なことが起きたりしない?」
と聞いてくるので、
「大丈夫だよ。安心しておやすみ。」
と答えました。
そう答えながら、私自身、とても不安になりました。
子ども達に不安な想いをさせないために
自分にできることを見つけていきたいと思います。
投稿: Hoch | 2009年5月28日 (木) 12時22分
私はいつも通っている所なのに知りませんでした
先々月だったでしょうか?偶然にもみつけました
上の方は薄くて読めなかったのですが
お陰さまでよくわかりました
亡くなった子供たちは
今のこんな世の中をどう想っているのでしょうか?
張り裂けんばかりの想いをしているのではないでしょうか
出来ることなら出てきて一緒に叫んで欲しいです
YMCAの被爆ハマユウですが、
今年は元気よく育っています
真っ白な花をつけてもどこか侘びしいです
YMCAの
投稿: のりたま | 2009年5月28日 (木) 13時37分
この特に最後の部分・・・
中学生の頃演劇部だったのですが、文化祭かなにかで、演ったような気がします。
ビックリしました。
読み進むうち、スラスラと先が出てくるのですから。
感情までもがよみがえり、不思議な気分です。
ひろしまの子の「平和教育」の一端は、母となった私の胸奥深くに根付いていました。
大切にしたいひと言ひと言が、この年齢だからこそ感じられる新たな思いとともに、上書きされました。
投稿: くりき妻 | 2009年5月29日 (金) 14時46分