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「山田泉さんを偲ぶ会」に参加しました。

昨日、「山田泉さんを偲ぶ会」に行って来ました。あらためて、山田泉さんのすごさと亡くなってしまった無念を噛み締めました。150人もの人たちが集まり、話される人たちのエピソードに笑い、涙しました。

 とても書ききれませんが、少し話されたエピソードから。彼女は学外からいろいろな人を招き、生徒に授業をしてもらいました。脳性麻痺で、わずかに動く足で書く書道家の方。ホスピスで残りわずかの人生を充実して生きている人。ハンセン氏病で楓風園で生活をしている方。村山元総理は、自分の中学生の時の話をしてくださったそうです。

 ほんと、おかしかったのは、彼女に密着取材をしていたNHKのスタッフの中に在日韓国人の人がいて、彼女はその人に中学生への授業をさせたのですって。当然、固辞する彼をくどき落として。その人も頭をかきかきですが、彼女に強引に迫られて、断りきれなかったと。でも、それを通して、自分がなにか積極的になれたような気がすると語っていらっしゃいました。

2009_03220003 そのNHKの番組の映像からです。彼女はその中で、以前、中学生にホスピスで余命いくばくしかない人が中学生に話しをされ、そして亡くなっていったそのエピソードを話します。そして、君たちが「余命三ヶ月」と言われたら、何をするか、と問いかけます。中学生たちは、考えた末、あれこれ答えを出します。

で、彼女は言います。「私は、今、あなたたちのように答えることは出来ません。いろいろと迷っています。悩んでいます。いっぱい泣きました。私は弱い人間です。でも、残りの人生を精一杯生きたいと、それだけはいえます。」と語ります。この直後彼女は退職を決意しました。

2009_03220008 校外から来て命の授業をして下さった人へ手話を使いながらお礼の歌を歌う中学生たち。この両横には、この中にいる生徒で今、大学生で教師を目指している一人と、専門学校で臨床工学士を目指している一人がやはり手話を披露してくれています。泉さんは、こんな指導もしていたのですね。この映像は、その卒業生たちが披露したものです。

退職した後、あちらこちらから命の授業の声がかかり、行った先で白血病の少女に出会います。

2009_03220009 その少女ひなのちゃんは、当時小学5年生。つらい治療から二年ぶりに学校に復帰したばかりでした。彼女は泉さんの授業を受けて決意し、自分自身の病気についてクラスの友達に語ります。これは、JNNのドキュメントとして放送され、大きな反響を呼びました。そのひなのちゃんは、もう中学生になります。

泉さんを招いた性教育仲間の先生と一緒に登場したひなのちゃんは、泉さんの死が悲しくて、一人で沢山泣きました。でも、これから頑張って山田泉先生の分も生きようと2009_03220011 思います。そして、看護師になって苦しんでいる人たちの力になりたいと思います。頑張ります。と、涙ながらに語りました。右から泉さんの写真が見守っています。

中学時代に泉さんのいる保健室でいつも寝ていた少女は、拒食症となり、大学を途中で諦めなければならなかったと。でも、彼女は、その後東京でフランス料理とフランス料理のケーキを学び、パテシェとなりました。卒業後もいつも相談に乗ってもらっていた泉さんの50才の誕生日ケーキを作って登場しました。ケーキの周りには、チョコレートで2009_03220014 作った人が取り囲んでいます。泉さんのお連れ合いの真一さんと息子さんの二人でろうそくの灯を消されました。泉さんは50才を目前にしてなくなったのです。若い。余りに若い死です。ケーキは会の後でみんなで戴きました。とても美味しい、素晴らしいケーキでした。

 ご家族からは、彼女が病院の医師にもう春のサクラは見られないといわれ、泣いた翌日に家族一人ひとりに遺言がテープで吹き込まれていたと、そのお連れ合い宛の遺言が披露されました。残して行く人へのその暖かいメッセージに、みんなまた泣きました。

最後には、彼女の映像共に、彼女が作った歌、「生きようよ」をみんなで歌いました。

 私は1994年、まだ彼女がとても元気で、病気になるなんて考えられもしないころからのお付き合いを話しました。今も、彼女が亡くなったのが本当に残念で。でも、彼女が精一杯生きたことは、多くの方たちの中に行き続けるでしょう。私自身も、やはりがんばらなければ、自分の楽しみばかりを追求したのではいけないと、あらためて自分をいましめながら帰りました。

 ところで、行きのフェリー、ひどい春の風で、揺れました。私はこれまでどんな船でも大丈夫だったのに、酔ってしまいました。トイレで散々吐いて、もう気分が悪くて。本当にもうどうしようかと思うほど、つらかったです。嘔吐なんて、何十年ぶりでしょうか。だから、帰りは陸を走ろうと思ったのですが。夫は、それは負担がかかり過ぎる、酔ってもいいから、フェリーに乗れ、と遠隔指示です。やっぱり帰りのフェリーでも気分が悪くて。私、船に酔う人になってしまったようです。そんなわけで、ご報告が朝になってしまいました。


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ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ

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コメント

山田泉さんとフランスのチェリストの感動的な交流ドキュメンタリー「ご縁玉」が鷹野橋のサロンシネマで
4月4日~10日AM11時20分~11日~17日は19時半~上映されます。前売り1200円(当日1800円)シニア900円(当日1000円)是非、多くの方に見ていただきたいさくひんです。問い合わせ:082-293-1119広島映画センター。

投稿: グランパ | 2009年3月23日 (月) 09時14分

先生、お疲れ様でした。船酔いで大変でしたね。
私も息子の卒業式参加のため、周防灘フェリーで往復しましたが、
その時は穏やかでした。
きっと春の風も、山ちゃんを悼んで荒れたのではないでしょうか。
詳しい記事をありがとうございます。
涙が溢れてなかなか読めません。

山ちゃんとは面識がありませんが、御著書を読ませて頂き、
ブログに書き込ませていただいたりしました。
本当に惜しいかたをなくしましたね。50歳目前だったなんて。
先生がおっしゃるように、私も日々大切に過ごさなくちゃ!と思います。

私事ですが、本日、術後3年目検診をクリアしました。
7月の先生のご講演を楽しみにしております!!

投稿: 波 | 2009年3月23日 (月) 23時35分

こんばんは,いつも感心しながらブログを読ませて戴いています。有り難うございます。先生の応援団に是非入れていただきたいといつも思っています。そんな気持ちで居たら,先日ある会で,「僕は養護学校で障害者の性教育を頑張っています」と言われる方に出会いました。それはすごいなーと思って,後で「河野先生をご存知ですか?」とお聞きしましたら,「もちろんです河野先生にも来ていただきお話をして戴きました」と聞いて嬉しくなりました。それは鳥取の養護学校の方で小谷先生という方です。小谷先生が性教育の情熱の灯はまだまだ燃えて輝いていますよと先生に是非伝えてくださいと・・・・私は一人のブログの読者なのですが是非お伝えしたいと思いコメントに書かせていただきます。これからも鳥取をよろしくお願いします。

投稿: さくらんぼ50 | 2009年3月24日 (火) 00時38分

山田泉さんの生き様は本当に生きる勇気を貰います。
随分前に得た情報ですが4月4日からサロンシネマで「ご縁玉・パリから大分へ」と言う映画が上映されます。最初の上映は知らなかったのですが山田泉さんとフランスのチェロ奏者の交流を描いた映画だそうです。先生も多分ご存知だと思いますが老婆心で書き込ませて頂きました。

投稿: 初ちゃん | 2009年3月24日 (火) 12時04分

グランパさま 初ちゃんさま
有難うこざいます。多くの方に見ていただけけるように、しっかり宣伝をしたいです。しみじみとしたいい映画だと思います。この後で山田泉さんが亡くなったのを考えると、胸が詰まります。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年4月 3日 (金) 00時29分

波さま
三年経ったのですね。おめでとうございます。良かった良かった!!これからもどうぞご自愛くださいね。息子さんは大分の学校でしたか。私は大分と深くつながっていて、いったり来たりです。またあの船に乗るかとおもったら、今は憂鬱で、しんどくっても陸を走ったほうがいいと思っています。7月には一杯お話ししましょうね。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年4月 3日 (金) 00時37分

さくらんぼ50さま
有難うございます。大変うれしいご報告でした。鳥取には何回も行ってはいますが。直接的にはその方を知っているわけではありません。多くの子どもたち、どんな状況にいる子たちも、しっかり性教育を受けて大人になってほしいと思っています。そのような実践をされる方がいらっしゃると知って本当にうれしかったです。あれが問うございました。これからもブログ、覗いてくださいませ。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2009年4月 3日 (金) 00時41分

今は2012年3月です。

河野先生のブログ拝見させていただきました。

このブログでひなちゃんの横に立っている
性教協の仲間・・・昨年6月に旅立ちました。

泉さんと同じ病気です。
彼女のほうが泉さんよりも先に病気になり
泉さんが同じ病気だと診断されたら、あれこれ
病気の先輩ぶって話をしていました。

それ以来二人は、性教育をすすめる仲間以上のつながりがありました。

今頃二人で、天国でもあちこち 飛び回っているんだローな・・・

なんだかこのブログを見て コメントしたくなりました。

今頃のコメントで  ごめんなさい

投稿: はまちゃん | 2012年3月 7日 (水) 19時06分

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