ホ・ジノ監督との食事で話したこと
仕事初め、初日は無事終了しました。あれこれ雑用を少しだけ片付けて8時半に帰宅。急いで食事をして、それからホ・ジノ監督の「春の日は過ぎゆく」を見ました。
我が家には、ホ・ジノ監督の映画のDVDは、これとペ・ヨンジュンさんの「四月の雪」の二つしかありません。本当は、「八月のクリスマス」が代表作なのだそうですが、残念ながら、家にありません。近々買いに行くつもりでいます。
「春の日は過ぎゆく」は、チャングムのイ・ヨンエとユ・ジテの恋物語。イ・ヨンエはバツイチの年上で、若い彼との恋に懐疑的になり、揺らぎます。彼は、一直線に愛しながらも、態度が今ひとつしっかりしません。淡々と丁寧にひとつの恋愛の始まりから終わりまでを描いています。私も、若い頃の思い出と重なって、少々胸が熱くなりました。それにしても、イ・ヨンエのきれいなこと!彼女がいちばん美しかった頃だそうです。
ホ・ジノ監督は、中国の四川の大地震を舞台にした映画をこれから撮る、その準備をしているところだと伺いました。この新作映画は、アジアの映画監督たちと共同で作る、その総監督を彼が勤めるのだそうです。中国の監督と、韓国の彼と、そして、もう一人、タイの監督と私は聞いたのですが、この報道によると、香港の監督ということになったようです。
日本の監督も考えられたらしいのですが、どうにも今の反日感情はまだ厳しくて、結局は日本は仲間に入れなかったと聞きました。
食事は和気あいあいと、楽しく過ごしたのですが、ことばの話になって。監督の奥様は、大学で少し日本語を学んだということで、とても日本語がお上手でした。それに、私の友人のソンさんは、広島大学の大学院に留学していたときの知り合いで、今、ソウルの大学で日本語の教師をしています。彼女がもちろん、日本語がぺらぺらなので、とても助かりました。他の人たちは日本語は出来ません。
でも、監督の父親は日本語が上手だったと。もちろん、日本の統治のせいです。日本が言葉も苗字も奪った、そのために今の韓国のお年寄りは、日本語が出来るのですが。
私たちは、「すみません。」といいました。私たちの先輩がひどいことをしました、と。先日、私は演劇「譜族」を見ました、と。日本が朝鮮半島の人たちの姓を奪い、みんな日本名にするように、と。でも、先祖からの名前を売り渡すことはできないと頑張った人が主人公で。そのために子どもたちが差別されて。結局その圧力で日本名をつけることに同意した後、井戸に身を投げて自殺した、と。そんな演劇でした。
それはどこの劇団がしたのですか。とたずねられました。日本の劇団です。日本の梶山季之氏が書いた小説を演劇にしたもので、日韓友好協会が呼びました、と。
反日感情は、今もたしかにあるし、根強いものではあるけれど、でも、国に対してと、一人ひとりの人に対しての感情は異なるものだともいわれました。そう言っていただくのはありがたいことなのですが。
さらに、広島の映画、アラン・レネ監督の「24時間の情事」のこともたずねられました。ちょうどその映画の女優さんが、当時撮影に来たときに個人的に撮った写真の展示会が開かれた事などをお伝えしました。
日本は、ヒロシマの映画や神戸の地震のドキュメントなども沢山撮っています。その中国の四川の映画作りに日本が参加しないというのは、とても残念な気がしました。また、韓国でのことを機会を見てお話しします。
コスモス薬局のHPの中に私の「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。
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コメント
反日感情の記事を見て、去年観た映画[南京の真実]を想い出し。
歴史の苦手な私は、なぜ戦争が起きるのか不思議。
今でも、世界のどこかで戦争が起き、誰かが犠牲に。
ここ日本でも、派遣難民のニュースを聞く度に、格差社会の恐ろしさを。
広島市内のホームレスの方と出会う度に、明日はわが身かも…と。
申し訳ありません! 暗いコメントになってしまいました! 最近、事故・自殺のニュースが気になり…
投稿: r s | 2009年1月 6日 (火) 05時10分
rsさま
そうですね。私は、戦争も差別もいやなのです。理想論だといわれても、世界中の人たちが仲良くなれるような、そんな地球にしたいなあ、と思います。いつも有難うございます。こうのみよこ
投稿: こうのみよこ | 2009年1月 8日 (木) 11時59分