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筑紫哲也さんが亡くなって。

 筑紫哲也さんが亡くなって。呆然としている。大切な人が次々と亡くなっていく。あの、大切なことをずばりと、でも、決して聞く人が不愉快にならないように、しっかり主張された姿は貴重だったと思う。

 時々テレビ画面で帽子の姿を見て、抗がん剤を頑張っていらっしゃるのだろう、でもきっとまた、元気になって復活してくださると思っていたのだが。

 広島にはよく来ていただいた。8.6には必ずと言っていいほど来てくださって、そして平和公園から中継してくださった。広島カープが好きで、市民球場にもよく赤い帽子をかぶって来ていただいた。

 今日のフジテレビで、広島出身の武藤さんが話していた。6月に筑紫さんが表彰された、その会でお会いして、広島カープの市民球場も、移転することになって、新しいのができるのです。今度新しくなったら、ぜひ来てくださいね、と言ったと。そしたら、「さあ、いけるかなあ」といわれた、と。そのときには、きっと死を覚悟していらっしたのだろう。

 私は、1986年7月28日に筑紫さんと対談をした。当時、朝日ジャーナルの編集長でいらっして、「元気印の女たち」というシリーズを掲載されていた。第一回が吉永小百合さん、二回目が猪口邦子さん、全39回の最後が瀬戸内寂聴さん、最後から二番目が土井たか子さん、他に矢野顕子さん、五輪真弓さん、山田詠美さんというようなそうそうたるメンバーの中の一人に、どうしたことか私もいた。

 その頃は、初めての本、「さらば悲しみの性」が評判になって、あちこちのテレビに出たりしていたので、興味を持っていただいたのかも知れない。

 真夜中の病院の診察室、それもお産の当番で、陣痛室には産婦さんがいて、その経過をみながらの対談だった。他に中村記者とカメラマンと。お茶の一杯も出さないで、とても失礼な状況で、それでも一生懸命に話しを聞いてくださって。何しろ、感性のやわらかい人だった。かつ真っ直ぐな人だった。

 以来、これまで、筑紫さんのファンで来た。

 貴重なジャーナリストを失った。決して彼の後を継ぐ人は現れないであろう。胸が痛い。日本がどんどん悪くなっていくような気がする。

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コメント

お久しぶりです。

人の死は本当に哀しいことですよね…

筑紫さんのお話を聞いて私もドキッとしました。

実は私の父も去年肺がんと知らされ、余命一年だと言われたからです。

先日また入院をしました。

今日も病院に行ってきたのですが日が経つにつれ弱っていくのがよく解ります。

今月か来月が山場です。

本人が一番辛いのは解りますが私自身もなんだか心が滅入りそうな感じです。

投稿: チョコ | 2008年11月10日 (月) 20時58分

お久しぶりです。
筑紫さんの訃報を聞き、きっと河野先生はブログに書かれているだろうと思い、拝見させていただきました。
以前、筑紫さんと河野先生が対談されているものを読みました。

筑紫さんはオブラードに包みながらも、ご自分の意見をはっきり述べられる方なので筑紫さんの報道はいつも耳を傾けておりました。

本当に残念です。

投稿: Masa | 2008年11月10日 (月) 21時52分

私は、あまりテレビを見ないので、筑紫氏の事をよく知りませんでした。でも、今夜の緊急特番 追悼番組は、見させて頂くつもりです。
身内であれ、他人であれ、人の死は悲しいものです。
辛い時、私は、飯田史彦著作の[生きがいの言葉]を読みます。
 たった今、日本の宇宙飛行士女性二人目の山崎直子さんの話題のニュース。
産婦人科医の女医としての河野先生の、時には妻・母としての河野美代子さんの生き方を励みに、私なりに色んな事に挑戦中。完璧はシンドイから、60%を目指して…
 私は2児の母。[子は親の鏡]を痛感中。
子どもがいるから出来ないと嘆くので無く、子どもがいるからこそ体験出来る事に感謝。例えば、PTA・保護者や先生との付き合い方。
だからといって、独身の女性やお子様に恵まれない方は、その事を悔やむ必要も無いと、私は思います。
その人、一人一人に、色んな生き方があり、人生の主人公。でも、この世の中、理不尽な事ばかり!
 風邪の患者さんが増える季節になりました。
先生もご自愛下さいね。

投稿: r s | 2008年11月11日 (火) 08時04分

筑紫哲也さんの特番を見ました。
ガンと闘う筑紫さんの残されたノートの記述には感動でした。
彼のジャーナリストとしての魂は、自分が患者であること以上にガンとは何か、どう向き合うか、どう克服するかに向かっていたように思われました。
でも、それに対するゲストのコメントを聞いていられなくてTVを消してしまいました。
河野先生のおっしゃるように、今日もガンと闘っている方たちも見ているかもしれないのにと思うといたたまれない思いでした。

投稿: ペア | 2008年11月11日 (火) 22時02分

今日筑紫哲也さんの追悼番組があると言うのでDVDに撮りました。筑紫さんのおだやかな顔と対照的に国のリーダーに対しても真正面から質問する姿にいつも励まされていました。最も好きだった「多事総論」が懐かしく最後のこのコーナーを目をこすりながら見ていたのを思い出します。筑紫さんのような真っ直ぐなジャーナリストもうでてこないでしょうか。
あ!これも見た、これも聞いたと言いながら振り返りました。がんと最後まで闘う姿は見るのが辛かったのですがこの姿ががん患者さんの励ましになればと思いました。惜しい人がどんどん亡くなり寂しいですね。

投稿: 初ちゃん | 2008年11月11日 (火) 22時03分

チョコさま
大変ですね。どうぞ、あなた自身が疲れすぎないように、でも、生きていらっしゃるうちにしか孝行できないのだから、しっかり看病してあげてくださいませ。私、母も父もなくなった後、いつも、ああ、もっとああすればよかった、こうすればよかったと後悔ばかりしています。コメントありがとうございました。お返事が遅くなってすみませんでした。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2008年11月16日 (日) 19時23分

Masaさま
あんな昔の記事を読んでくださっていたのですね。ありがとうございます。日本にとって本当に大切な人が亡くなってしまったと、まだ胸が痛いです。みんなでしっかりしないといけませんね。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2008年11月16日 (日) 19時25分

rsさま
ここのコメント、とてもしんどくて、お返事が遅くなってすみませんでした。ええ、いろいろな人がちゃんと声を上げながら、自分なりにしっかり生きていくことが必要ですね。一部の人だけが声を上げたのでは、その人たちに引きずられてしまいます。そんな気がします。いつもありがとうございます。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2008年11月16日 (日) 19時27分

ペアさま
ええ、私はあの番組は直接見ることが出来なかったのですが、後でビデオで見ることが出来ました。
筑紫さんは、さすがよく戦われたと思います。最後まで緩和ケアを拒否されたと。涙が止まりませんでした。私、今回の番組はがん患者さんにそれなりにエールを送ることが出来たかも、と思いました。もっとも、いろいろな立場のいろいろな感受性の方が御ありですので。難しいこともありますね。いつもありがとうございます。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2008年11月16日 (日) 19時34分

初ちゃんさま
いつもコメントを戴いてもお返事が遅くなってすみません。まだ筑紫さんの死が残念で。本当に惜しい人、日本にとって大切な人を失ってしまったと、胸が痛い思いです。もうこんな人は出て来ませんね。今マスコミにいる人たちは、今ひとつだと思います。あんな大切な田母神氏の問題についても、ほとんどの人が腰が引けています。私たち一人ひとりがしっかりしなければ、と思います。ありがとうございます。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2008年11月16日 (日) 19時43分

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