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写真で父の授業に出会った。

 8月31日の日曜日、大阪の岸和田で講演をした。その後、私の本のサイン会をした。沢山の方が買って下さって、サインも大わらわだったが、その終わりに近づいたとき、若い女性がこれ、と紙袋を下さった。

 これまで、私のブログに時々コメントを下さり、その講演もききに行くとのコメントを書いてくださっていた方だ。ありがとう、と受け取って、でも、あまり長く話すこともできず、申し訳ないことだったのだが。

 帰りのすべての乗り換えを済ませて、新幹線にやれやれと座って、頂いた紙袋を覗いてみると、手作りのお菓子や、丁寧に編まれた手編みの小さなポーチや、それから、蜂蜜などいろいろと入っている、楽しいお土産であった。そして、そこには封筒が入っていた。

 あけてみると、手紙と一緒に二枚の写真が入っていた。父の写真だ。一枚は黒板の前に気をつけ、で一人立っている写真。もう一枚は、大勢の生徒さんに囲まれて、にこにこと笑っている写真だ。

 手紙に書いてあったのは、私の父の最後の授業の後に取った写真だと。これを下さった彼女は、まだほかにも写真を持っているので、これは私のほうにお納めください、というものだった。彼女は、高校時代、父の授業をうけ、その高校時代に私の講演も聞いていた。だから、ブログを見つけて、そっさくにコメントしてくださったのだった。

 写真の日付は、1991.3.18。17年前。父は公立の高校を退職した後、ここの高校で社会科の教師として授業をしていた。そのうち、母が透析患者となり、病状が厳しくなって、父は退職し、母の看病の生活をすることを選んだのだ。

 父は、にこやかにしているが、私は、後の黒板に目を奪われた。

職場、家庭→男・女(女に〇印)→心身障害者  1922.(大11.3.3)水平社創立大会(宣言)   卑屈なことば  怯〇なる行為→祖先を辱め 人間を(     )  人の世の冷たさ 人間をいたわる→よく知っている  人生の冷たさ  仁.怒.おもいやり 礼賛⇒水平社創立

などの言葉が書いてある。父は、女子生徒たちに最後の授業として人権を伝えたようだ。それはまた、父の58年間の教師生活の最後の授業でもあった。

これらを一生懸命読んでいるうちに、涙が出てきた。17年前の写真の父が、生き生きと私にも語りかけてくれた。私自身は父の授業を受けたことはないが、子育ての中で、人権の大切さ、人が人を差別することの悪、そして戦争を決してしてはならないこと、三度核を使ってはならないこと、日本の憲法を守らなければならないこと、などをしっかり伝えてくれた。

 その父の最後の授業をかいま見ることが出来て、感無量の思いであった。

 ありがとう、うさこさん。写真は大切にします。そしてご好意を忘れません。

Img013 生徒さんと一緒の写真は、生徒さんの顔をぼかす技術を知らないので、ザンネンながらアップできませんでした。

広島ブログ

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コメント

大変ご無沙汰しております。
私の亡くなった父も高校で教師をしておりましたが、
最後の授業はどんなだったのだろうかと想像し、
こちらまで涙が出そうになりました。

命と平和と人権を大切にされる先生の原点が
お父様の授業にも表れているような気がしました。
たくさんの生徒さんに慕われておられたのですネ。

いいお話をありがとうございました!


投稿: セラピスト☆マリリン | 2008年9月 2日 (火) 21時16分

河野先生
 読んでいて涙が出ました。最後の授業で、お父様の生きてきた柱を語られたのだなと思うと、なぜか涙があふれました。理由は自分でもよくわかりません。毎日のニュースに自分の心が思った以上に深く傷ついているのかもしれません。選挙のことだけ考えてあっさりとその座を放り出す首相。子どもたちに、無責任と打算を教える政治家の見本。遠いアフガンの地で殺されなければならなかった伊藤さん。世界で一番安全な国で平和と差別のない社会を求めて歌う自分。伊藤さんごめんなさい、ごめんなさい。どうやってこの国をこの世界を変えていけるのだろう。
 尊い命が失われていく。イラクやアフガンでその他の国でも、もうニュースにもならない無数の死。私には何ができるのでしょうか。河野先生はどんな志を持ち、それをどのようにキープされていますか。小田実さんは「こんな国をめざしてはいなかった。こんな国になるとは思わなかった。」と悔し涙を流し現在の日本を見つめておられました。いつか必ず巻き返す。そう思って歌ったり書いたり話したりしています。しかしその時はいつくるのだろうか。今の自分自身の営みの中にしっかり答えを求めて生きていくしかないとおもいつつ、何か元気が出ません。
 でも河野先生のお父様はきっと、何をなせるかより、ご自分がどう生きるかを生徒さんに語り、生徒さんの心に種を植えたんでしょうね。私もそうありたいと思います。こんな人がまだいっぱいいるんだと思い
手をつなぎともに闘いたい。そういう元気さを共有する連帯の輪に飛び込みたいと思います。
 感情のまま書いてしまい申し訳ありませんでした。

投稿: おとぎぞうし竹本 | 2008年9月 3日 (水) 08時10分

暖かいお話ありがとうございました。
お父様の生き方が今の河野先生の心を育てたんですね。私の父は早くに亡くなりましたが今はアルツハイマーで苦しみつつも命を全うして生きている母に学びます。私は人権問題は結婚してから夫に学びました。
学校で先生のお父様にきちんと教えていただいた生徒さんは本当に良かったですね。人権が守られていない現代に生きて欲しかった方だと思います。文章がバラバラになってしまいましたが心が熱くなりました。

投稿: 初ちゃん | 2008年9月 3日 (水) 14時04分

セラピスト☆マリリンさま
コメントありがとうございます。ええ、私はこのような写真を頂いて、とてもうれしく思っています。生きているときには気づきませんでしたが、やはりいい父だったなあ、と、今になって思います。生きているうちに、そんなことを伝えておけばよかったと。きっと誰しもが親に対してはそんな思いを持つのでしょうね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年9月 4日 (木) 17時08分

おとぎぞうし竹本さま
そうです!おっしゃるとおりで。私も小田実さんの言うように、こんな国になってはいけないのだと思います。とても歯がゆい思いで。だから、もういてもたってもいられない気持ちで、立候補なんぞもしたのですが。時にむなしい思いになることがあります。でも、私の場合は、やっぱり目の前につらい思いをしている方が現れると、なんとかしなければ、という思いにさせられて。毎日の現実が私を動かしてくれるのだと思います。社会にはしんどい方がいっぱいいます。少しでもその方たちの力になれるのなら。そう思って毎日の仕事をしています。竹本さん、めげないで頑張りましょう!!河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年9月 4日 (木) 17時19分

初ちゃんさま
いつも温かいコメントをありがとうございます。本当に人が大切にされない社会になってしまいました。そんな情けない社会だからこそ、めげないで、声を上げ続けようと思います。ありがとうございます。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年9月 4日 (木) 17時21分

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