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「完治は困難」

今日、私はある病院に人に会いに行った。入院している彼女は、これから厳しい治療生活を送る。昨夜、彼女から電話があって、あれこれ話したのだが、電話だけでは埒があかず、直接会ったほうがいいと思ったので。

 病院で彼女が医師から説明を受けたときに渡されたものを見た。彼女の病気がどんなもので、どんな進行度で、そして、どの治療を受けるか、患者本人も考えよ、という趣旨であった。抗がん剤による治療が三種。どんな薬で、どんな副作用があって、その効果はどうであるか、など詳しく書かれている。

 本人も、家族も、いちばん効果がある治療を受けたい。しかし、それにはかなりの副作用を伴う。副作用があっても、生きたい。生きるために、できるだけ効果がある治療を受けたい。それが本心だ。

 で、そのプリントされたものに、赤字でいろいろと書き込みがしてある。その一つに、「完治は困難」と書かれていた。私、「これは誰が書いたの?」とたずねたら、ドクターだという。そう、と聞き流しておいたが、私は、がっくり来た。

 本人にとっても家族にとっても、降ってわいたようなこの困難な病気の、これから治療に入ろうというときになぜ「治らない」などと言うのか。それも、わざわざ赤で。それが今のやり方なのか。困難でも、治療に希望を持って立ち向かうような、そんな言い方は出来ないのだろうか。

 癌であることは今、本人にもかくさないようになった。しかし、言い方があるはずだ。治りにくく、死が近いかもしれないということは、そのうち、おのずから本人にわかるはず。まずは、希望を持って治療に向かおうという姿勢を持つ、それをサポートすべきではないのか。

 それとも、初めっから、自分の予後もちゃんと知って、死ぬ覚悟をして治療を受けなさい、と、これが今のやり方なのか。

 もう三十年も前、夫が進行性の癌であると告げられたとき、当時は本人には、とことん隠すようにと言われたのだが、でも、私は、それでも「希望を持って闘病を支えます」と言った。私にその事実を告げたドクターは、首を振って、何も言われなかった。私は、いいじゃないの、何を言われても、自分は彼に生きてもらおうと思ってるんだから。それを否定しないでよ、と、心の中で悲鳴をあげていた。

 ダメだといわれても、夫は生きた。でも、私はあの時の絶望的な思いは忘れない。それと全く同じ思いを今日味わった。胸が苦しい。

 広島ブログ

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コメント

同じ内容のことを言われてもhospitalドクターの言葉の選び方で
患者や家族は絶望するか希望を持って闘病できるか
大変大きな差があると思います!
私は両親それぞれ病気があるのでいろんな病院と関わってきましたが
「本人の前でそんな言い方ないでしょ!」なんてことも…
自分の家族だったらそんな言い方しないでしょうに…
心の中で思っても入院中は人質とられてるから何も言えないんですよね~down


投稿: 音♪ | 2008年8月24日 (日) 22時52分

確かにそれまでの経験からすれば完治困難というのは『正しい』かもしれません。

でもバッサリ斬られたショックで治るものも治らない可能性もありますし。

開きなおってよい暮らしをしていたら体力がつくこともありえますし。ガツンと沈めかねないセリフは本当にどうかと思います。

人間を静態的に捉えれば完治困難でも動態的に捉えれば大いに希望あり、ということはありますから。

投稿: さとうしゅういち | 2008年8月24日 (日) 23時30分

読んでいて、医者の言葉に腹が立ってきました。なんと愛のない言葉を平気で、しかも、わざわざ赤で書くのでしょう。医者になる資格がない人かもしれません。特に医者の一言は「その人を救ったら、絶望に追いやったり」するのです。自分が言った言葉で相手がどう思うかをイメージすることができない人医者になるべきではありません。医者の国家試験に「~の時、あなたは患者にどのような言葉がけをしますか?」という問題を出せば、よくわかります。
そういう問題が出たら、河野さんは100点満点と思います。私がお医者様から言われた素晴らしい一言。結婚20年目にやっと授かった息子を早産で生んだ時の主治医の一言は「息子さんは内臓が人一倍丈夫です。体重が足らないだけです。しかも今日生まれた7人の赤ちゃんの中で一番健康で、元気です」でした。だから、私は何の心配もなく「人が、小さいね」と言っても平気でした。
人の寿命は、医者が決められないですよね。河野さんがご主人を希望をもって支えられ、「この人は、絶対生きる!」と思われたことが、今、ご主人がここにおられる理由ですね。

投稿:  eastwaterY | 2008年8月25日 (月) 20時22分

『完治は困難』書かれると・・うちはたぶん絶望して死んでしまうと思います。余命いくばくかの命を縮めることは罪なのでしょう。しかし・・・これから待つ治療の苦しみの果てに待つのがやはり「困難」ってわかって耐えれる気力も体力もないです。

うちの主治医は「絶対治りますよ」
「あなたの”治る”って気持ちが治すんです。我々は手を貸すだけです」
ってその言葉通り完治宣言。まだ後遺症(?)があるから・・・一生通うのかな?!でも、それはそれでそれでも治るかもしれんって希望がもてるから・・
今は楽しく過ごしています

身体的な病と精神的な病とでは比較するのは乱暴でしたが・・・自分の経験と照らし合わせて、そう読みました。そう感じました。
その書いたDrはどんな意図を持って書かれたんでしょうかね。

投稿: はるめ | 2008年8月25日 (月) 21時34分

どんなに強い人でも医師の一言で一喜一憂するものだと思います。私は10年間で一言に救われた思いと一言で絶望の淵に立たされたことの両方を経験しました。柳沢桂子さんの本と出合って以来、少々傷ついても立ち直られるようになりましたが、耳を疑うような言葉を聴いた時には心が凍りついた気がします。
先生はご主人の事を信じ、共に生きてこられたからこその今があるんですね。医師の一言は患者にとってはとても重いものです。技術だけでなく心のケアも充実した医師が増えて欲しいです。
先生のアドバイスでその方は少しは元気を取り戻せたでしょうか。読んでいて心が痛みます。

投稿: 初ちゃん | 2008年8月25日 (月) 21時46分

音♪さま
本当にそのとおりで。医師の一言で励まされる人もいるので、常に私自身を戒めています。でも、医師というのは、直接命にかかわる仕事ですので、人格者でいてほしい、とつくづく思います。コメント、ありがとうございます。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月26日 (火) 08時35分

さとうしゅういちさま
そうね、本当にそうですね。すくなくとも、医師たるもの、体だけを見て物を言うのではなく、心に語りかけるのだと、そう知ってほしいと思います。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月26日 (火) 08時40分

eastwaterYさま
人はみな、多かれ少なかれ、医療にかかり、医師とさまざまな会話を交わしていることと思います。患者は、信頼できる医師をえらべますが、でも大病したときには、ある程度大きな病院でなければならず、その時点では、そのドクターの人格までわかりませんし、選べません。だから、私、その病院を選ぶにあたって賛成したことを、彼女に申し訳ないと思っています。これから、しっかりフォローをしようと思います。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月26日 (火) 08時45分

はるめさま
本当にそのとおりですよね。はるめさんは、いい医師にかかることが出来て、良かったですね。そうでない人が今多すぎる!そう思っています。コメント、いつもありがとうございます。近いうちに、TEL.するからね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月26日 (火) 08時49分

初ちゃんさま
ええ、彼女には、家族のことなど手当てをしないといけないことも沢山あります。私もしっかりフォローするつもりでいます。今は意欲を持って治療に立ち向かおうとしていますので。今の医師にすべてを任せることが出来ないと思います。治療だけはしっかりしてもらう。それを私も含めて、周囲が支える、そんな構図でないと、と思っています。いつもコメントありがとうございます。暑さも峠を越えたようです。お体、ご自愛くださいね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月26日 (火) 08時54分

先生、私は不定期に先生のお世話になってます。
自分のことで相談に行きたいと思いつつ、
家族の病気で後回しになってます。
ブログはいつも楽しみに拝読しています。
本題とずれますが、以前紹介してくださった
ショーツタイプのナプキンのお陰で
安心して病院で付き添いができております。

ちょうど、私のきょうだいが同じ頃に、
広島市内の緩和ケア病棟へ転院しました。
やはり、ガンは治りませんと言われたそうです。
ちなみに、その前にお世話になった病院でも、
今の時点でガンを治すことはできませんと
これまたはっきりと言われました。

今、患者の気持ちに寄り添って、
とても優しい対応をしていただきながら、
もう楽になりたいというきょうだいに、
「そうしましょう」と優しく言ってくれる先生を
私はどう受け止めればよいのか戸惑っています。

私が思うに、本人は既に判断力を失って、
死にたいのか死にたくないのか、
自分でも本当はわからないのだと思います。
それなのに、ここで結論を出してよいものか
複雑な気持ちでいます。

もし、緩和ケアに移りながらも、
少しでも改善して楽になるなら生きたいなら
もうちょっと方法があったのではないか、と
そんな思いもあります。

とりとめもなく、また長いコメントになりましたこと
お許しください。

投稿: piyo | 2008年8月26日 (火) 17時47分

いつもブログを読ませて頂いています。最近は診察でも
お目にかかれて先生からパワーを頂いております。

先生の書かれた本「更年期ダイアリー」と読んで知ったのですが私も先生の
旦那様と同じで今から18年前に32歳で胃癌になり胃を全摘しました。

その頃は、まだ告知主義の医師は少なくて、私はハッキリとした告知は
受けませんでした。胃潰瘍の治療をしていたのですが医学書などを読みあさり
「もしや・・」と思い不安は募り食欲もなくなっていきました。
だけど医師の「このままいくと癌になったらいけないので手術しよう」という言葉を信じて
前向きに手術・治療を受けました。結局、退院直前の外泊で自宅に帰った時に、
母親から告知を受けることになったのですが、きっと治療前に
告知されたよりも、ちゃんと受け止めたられたのではないかと思います。

私が個人病院から紹介状をもらって初めて総合病院を訪れた時、紹介された先生は
お休みで、週一度の院長先生に診ていただくことになりました。
そこで、院長は個人病院から持って来た胃カメラの写真を見ながら
「あんたを見たら、ここに、こんなものを作るようにはみえんがな~。どうして物事もっと
ケセラセラで考えられんかったかな~・・」とつぶやきながら
「癌」だとはひと言も口にされませんでした。そして私が心配そうに
「どこをどのように切るのですか?食べることはできるのですか?」と尋ねると
真正面から私を見て「あんたが、そのような心配せんでもいい。
わしが、あんたの一番いいように考えて手術してやるから!」
その言葉で、それまで胸につかえていたものがストーンと降り、何だか
明るい気持ちで診察室を出て行きました。そして、それまで、あまり食欲が
なかったのですが帰りに病院の近くで、お好み焼を一枚ぺロリと食べて帰りました(笑)

私は今でも、あの院長の言葉は忘れません。そしてその後も適切な手術と優秀な
主治医をつけて頂き、あまり後遺症のない体へと回復していきました。

大変な時期もありましたし再発の不安や将来への悲観。。色々ありましたが
今日、現在私がこうして元気に仕事をしていられるまで回復したのは関わってくださった
医師達の細やかな配慮で言葉にも勇気をくださったことだと感謝しています。

私は、現代の告知主義には疑問を感じます。
私個人は、告知がなかったからこそ元気になれたと思っているからです。
本人が受け止められるか、そして、それを望むかなども考えた上でして欲しいです。

患者にとって医師の言葉は癒しにもなれば毒にもなります。
医師にとって沢山の患者の中の一人かもしれませんが患者にとっては
たった一人の、お医者様なのです。生身の人間が受ける言葉の痛みを分かってくれる
医師が少なくなってきてるような気がします。オブラートに包む言葉の効果だって
ある気がするんです。私がその時、お世話になった主治医が、こんな話を
してくださったことがあります。「昔、新人の若い医師に初期の胃癌が見つかり、
医師だから受け止められるだろうと思い告知したら将来を悲観して自殺を
したという苦い経験がある。それ以来、自分は若い人の告知には細心の気持ちを
もっているし、なるべくなら告知はしたくない」と。主治医は、私に対して細心の
神経を使ってくれていました。母から告知を受けた後でも私には露骨に
話すことはしませんでした。今は、告知が当たり前となっていて、そんな心使いが
できる医師は少ないのではないでしょうか。だけど、私は、やはり患者が
治らないと分かっていても絶望的にさせるようなことだけは避けて欲しいと思います。
患者と医師の信頼関係こそが治療効果をあげることもあると思います。

私は、いつ又、病が襲ってくるかもしれないリスクは抱えてはいますが、これからも
院長先生の言っていた「ケ・セ・ラ・セ・ラ」を心に念じ生きていけたらと思っています。

長々と書いてしまいましたが、河野先生、大変でしょうけど、どうか
最後までその方や、ご家族の支えになってあげてくださいね。

又、来月には病院に行きます。宜しくお願いします^^

投稿: 琴音 | 2008年8月26日 (火) 18時29分

 私の母が食道癌と言われた時、市民病院のDRは
私に「半年くらいですが、どうしますか?」と相談してくださいました。「私は母には告げないようにお願いします」コバルト治療を始め、二年半も元気で居てくれましたが、最後入院した病院の女性DR、母本人に「二週間しか持ちませんよ」と告げ、すごいショックを受けました。私が聞いても気が動転するのに、なぜ本人に直にと思いました。母最期に「やっぱり死に病はつらいのぅ」といって、二週間くらいで亡くなりました。告知も言い方を考えてほしい物です。

投稿: yoshijii | 2008年8月26日 (火) 18時37分

pivoさま
とても苦しいことですね。私は、医療者です。医療は万全ではなく、どうしても亡くなる命をとどめることが不可能ということに直面もします。でも、あらゆる手を尽くして、そしてその上で死があるべきで、そのときが寿命なのだと思っています。もちろん、苦痛は取らなければ。でも、苦痛を取ることと、命を永らえていただくことが相反することではないと思うのです。両立を目指していいではないか、と。私は、それを追及したいと思います。しんどい中でのコメント、ありがとうございました。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月28日 (木) 01時44分

琴音さま
とてもしんどい思いをされたのですね。でも、いいドクターにめぐり合われて、幸いでした。今の告知には、患者さん本人のために、というより医療者の防衛のために、という姿勢が見えることがあるのです。それがザンネンなのです。とても貴重なコメント、ありがとうございました。また、いらっしてくださいね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月28日 (木) 01時47分

yoshijiiさま
なんとも腹立たしいことを平気で言う医師がいるのですよね。私も、ちょっと前に、yoshijiiさまの言われた病院で、私が紹介した患者さんに若い女性の医師があまりにひどいことを言ったので、病院に対して厳重に抗議をしました。でも、それは私だから言えたので、患者さんのお身内ではなかなか言えないですよね。特に、重大な病気になったときには、慎重にしてほしいし、人格的に欠陥のあるような人、人に対して配慮の出来ない人には、医療者になってほしくありませんね。yoshijiiさま、どうぞ、奥様ともども、ご自愛くださいませ。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年8月28日 (木) 08時25分

前向きに治療する気持ちになってなおかつ残念な結果になったとき医者を恨まずに済む言葉を想像するのは難しいです。
大切な肉親をなくしたときにどこかに理由を探さずにいられないとも思います。もしかしたら医者の落ち度を探すことで自分の心を納得させようとするかもしれません。前向きな言葉を聞いていればなおさら。
ただつらい治療だからこそ前向きに取り組む言葉が欲しいのも間違いないです。苦痛と絶望の中で締めくくる人生はあまりに切ない気がします。そのような最後を看取って残された側にも大きな心の傷が残る気がします。

投稿: 福井圭一 | 2008年9月17日 (水) 14時46分

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