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コラボ参加・私と夫の「出会い」

 私は、家で事情を母に話し、そして父に手紙を書いた。「人の命がかかっていることです。大阪に行ってきます。いつ帰るかわからないけれど、どうか心配しないでください。」と。父はそれを読んでなんにも言わなかったそうだ。

 そのころ、あの目玉男は、何にも食べていないのではないか、いや、何か食べている風だったとか、かまびすしい。スローガンを叫ぶでもなく、ただ、じっと目玉に居座って、下を見、本を読んでいるだけ。新聞によっては、一面全部に彼の写真をあれこれ載せたりもしていた。

 私は、大阪に行き、そして万博の会場に行った。広い会場でも、ただ太陽の塔に行っただけ。でも、遠くて、彼の姿はみえても、顔まではわからない。広場では、「あっ、あそこにいる。見えた」となかなかの人気者である。新聞社に彼の生の写真を見せてもらいに行こうか、新聞ではわからなくとも、生ならわかるかも。あれこれ考え、そして当時学生運動に理解のあった弁護士さんにお願いをした。

 今はまだ迷惑をかける人たちがいるので、詳しくは話せないけれど、結局、あの目玉男はS君に間違いない、と確信を持つことができた。そこで、私は彼にあてて手紙を書く。「あなたは、もう十分にアピールできたと思います。経済成長だけを重視したこの万博がいかに茶番であるか。もう、死ぬことはやめて降りてきてください。この私の手紙を持って行く人は、信頼できる人です。あなたに悪いようにはしないから。」というような内容だったと思う。

 そして、一週間は居座ったであろう彼は結局目玉から降り、逮捕された。大阪での裁判には私も何回か傍聴に行ったが、さほどひどい罪にもなっていない。ただ住居侵入だけだ。誰一人傷つけた分け訳でもない。考えてみれば、むしろ愉快な犯罪でもあった。

 そうして、彼はやがて大阪から広島の拘置所に移管された。そこで、彼は規律に従わなかった。拘置所の中で正座をしろといわれてもしない。本当は、まだ有罪が決まってもいない人間を、そこまで罰することはできないはずなのだが。身柄を確保する目的だけの人間をあれこれ痛めつけてはいけないはずだ。それなのに、彼は、中で後ろ手錠、皮紐で縛られるなどのひどい懲罰を受けた。後ろ手錠のまま犬のようにご飯をたべなければならなかったり。

 その彼について、新聞社の取材が入った。その取材には、別の友人が対応した。

 そのうち、拘置所で痛い目にあっている彼を何とかしなければ、となって、拘置所を「特別公務員暴行凌虐罪」で訴えた。その記者会見の時に、S君についてやけに詳しい記者がいる。ああ、あの以前彼の取材をしたあの記者か、と思って「お宅、毎日の記者さんですか?」とたずねた。それが今の私の夫と初めて口を利いた時となる。要するにそれが出会いであった。

 そのころ、私はほかの人と付き合っていて、どろ沼に陥っていたのだが。いつか、これらのことも詳しく書くと、それなりに面白いかも知れない。が、今はまだその勇気はない。

 出会いなんて、本当に不思議なもの。もし、彼が広島に流れていなければ。もし、彼が広大生と一緒に逮捕されていなければ。もし、万博に太陽の塔がなかったなら。いえ、あっても、そんなに簡単に目玉に入ることができなかったなら。もし、彼が拘置所の中でおとなしくしていたなら。私は、夫と結婚することもなかったであろう。S君は今どこでどうしているのだろうか。

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コメント

S君、本当にどこにいらっしゃるのでしょう。こんな事件があった事全く知りませんでした。
さすが広大のジャンヌ・ダルクと言われた河野先生の夫さんとの出会い、ドキドキしました。
それにしても、警察権力の横暴は酷い時代でしたね。
私達は先輩がかなり守ってくれたので助かりましたが学生は本当にぼこぼこにたたかれたんですね。
でも、あの時代の若者、一体どこに行っちゃったんでしょうね。

投稿: 初ちゃん | 2008年4月 9日 (水) 18時24分

太陽の塔に登っていた人
先生のお知り合いだったのですね。
(私は残念ながら
 この世に生まれていなかったので
 リアルタイムでは知らないのですが)

数年前
何かの番組で
その‘目玉男’さんを見ましたよ。
北国で
小さなお店(電気屋さんかな?)を
営んでおられるようでした。
そのおじさんは
「なぜ太陽の塔に登ったのですか?」
とテレビ局の人に聞かれても
「いやぁ・・・」みたいな感じで
はっきり理由をおっしゃいませんでした。
その時は
不思議な感じを受けたのですが
なるほど。
そのような背景があったのですね。

投稿: 海 | 2008年4月 9日 (水) 21時32分

私が生まれる前の話。知らないことばかりです。
その「目玉男」さんがだんなさまかと思いドキドキしながら読みました。
「目玉男」さんは河野先生のキューピットだったんですね。

投稿: つゆまめ | 2008年4月 9日 (水) 22時17分

河野先生の人生は、いつかNHKの「朝の連ドラ」に起用されそうですね。
『事実は小説より奇なり』ですね!

学生時代から今日まで、いつも戦ってこられたんだなと…平凡に生きてきた私にとって、感動以外の何物でもありません。
微力ながらこれからも応援してまいります(⌒-⌒)ニコニコ...

投稿: ヨッピ | 2008年4月 9日 (水) 23時02分

河野先生
ものすっごいびっくりしました。太陽の塔の人をリアルタイムで見ていた僕は、河野先生とつながりがあるなんて、まるで河野先生が「浅間山荘事件の時あの中にいたのよ。」と言われるぐらいびっくりしました。登った人の顔かたちは覚えていませんが、そのシーンはよく覚えています。もしその後に他のコメントにあるような平凡な暮らしをされているのなら、それはそれで何かほっとします。でも先生の行動力には感動します。つき動かされるものがあったら行動に移せる人間になりたいと思います。とりあえず口や手は動かしているつもりですが。

投稿: おとぎぞうし竹本 | 2008年4月10日 (木) 08時06分

1970年4月の「事件」ですねえ。忘れもしません、佐○さん。
この前年の4月、私は東京でパクられました。「4.28沖縄奪還闘争」
この闘争の敗北により、その後、京浜安保共闘や赤軍派が生まれました。
悲惨な武力闘争の始まりでした。
その赤軍の赤いヘルメットを被った佐○さんに、拍手喝さいを贈ったこと、今でも忘れません。
(赤軍に拍手を贈ったわけではありません)
その後の記者会見がご主人との出会いであったとは、これは初耳ですぅ。

投稿: shiozy | 2008年4月10日 (木) 10時30分

私も、てっきり「目玉男」が旦那様か!(それともShiozyさんか!?)と思って読みいってしまいました。
でも、「目玉男」さんも先生も旦那様も、『自分の意見を真っ直ぐに持つ』ことを実践されていたからこそ出会えられたのですね、きっと。

投稿: | 2008年4月10日 (木) 11時19分

初ちゃんさま
どうも、です。でも、私は、あの広大闘争の中で本当に救援対策をしていたので、ジャンヌ・ダルクなんて活躍はしていないのです。うわさが一人歩きしていただけです。でも、あの時代あのような若者のエネルギーは、もうこれからは沸いてこないでしょうね。まだいろいろと書いてもいいことがありそうです。そのうちにボツボツと。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時17分

海さま
ありがとうございます。消息を教えていただいてほっとしました。きっとふるさとに帰ったのでしょうね。もしかして、洋服やさん?こんどその地に行ったときに、電話帳を探してみましょう。ありがとうございました。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時21分

つゆまめさま
あはは、そうか、彼が私の夫と勘違いされるような書き方だったですね。すみません、尻すぼみで。でも、本当に警察に監視される中での付き合いというのは、しんどいものもあった、そんな時代でした。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時28分

ヨッピさま
コメント、ありがとうございます。いえいえ、誰でも長く生きていれば、いろいろなことがあるもの。そのほんの一部をお話したまでで。お恥ずかしいことです。いつも楽しくブログ拝見させていただいています。手作り、好きなもので。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時30分

おとぎぞうし竹本さま
そうか、あの時代、竹本様はもう生きていたのですね。ブログ仲間には若い人が多くて。私にしてみれば、ついこの間のことなのですが。そう、いろいろなことがあるものです。もっともっと、うんといろいろなことが。いつか、死ぬまでには吐き出しておいたほうがいいかも知れません。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時33分

shiozyさま
そう。赤いヘルメットに赤軍と書いていたけれど、字が下手で、すぐにあれは本物の赤軍ではないとばればれだったです。うーん、あの時代のことは、書いても書ききれないものがいっぱいです。こじめてコラボに参加させていただきましたが、トラバができません。どうすればいいのか、わかなくて失礼します。ごめんなさい。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時51分

柿さま
初めてのコラボ参加、失礼しました。不思議なもので、テーマを与えられると、書かなければ、という気にさせられます。ありがとうございました。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月10日 (木) 14時53分

先生のそのお話読んで、韓国ドラマの砂時計を思いだ
しまいました。あの時代の学生になったみたいな。タイムマシンがあったら、、、のぞいてみたいな。

投稿: zzz | 2008年4月10日 (木) 16時53分

先生、出会いの続編をぜひっ!

投稿: hoch | 2008年4月11日 (金) 00時03分

zzzさま
恐縮です。韓流ドラマはかなり見ているのですが。砂時計は見ていません。ただ、あの時代、熱い思いで生きていたことは確かです。コメント、ありがとうございます。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月11日 (金) 21時52分

Hochさま
そのうちに、、、。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月11日 (金) 21時54分

kwonです。
先生、砂時計(モレシゲ)みてないなんて!!!!
もう全部そろえてプレゼントしたいぐらいです。だいぶ前の作品なので、手にはいりにくいです。韓国ものに共通の超・超長編ですが、ぜひご鑑賞を。主人公2人の生き様は…惚れます。

投稿: kwon | 2008年4月12日 (土) 20時24分

kwonさま
そうなのですか。ぜひ手に入れてみてみます。ありがとうこざいました。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年4月14日 (月) 00時05分

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