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思春期のこどもの子育てへの提言

 焼き肉を沢山食べて娘と別れて、ホテルに入りました。明日、例の「避妊教育ネットワーク」の会合があります。全国の性教育に取り組んでいる産婦人科医の集まりです。ずっと前にお話した、みんなでやった性感染症の調査結果の検討などがあります。和気あいあいとした、とても楽しい会なので、できる限り参加しています。終わるとすぐに広島に帰ります。みんな、そこで力を得て、また全国に散って行くのです。

 昨日私が話した「いい子ほど大変な事態になってしまう」ということについて。今や家庭的に問題のある、いわゆる寂しい子が、早くから性行動を取るというのは、過去のことになってしまっています。どんなにしっかりした家庭の子でも、それから勉強のよく出来る子でも、大変なことになってしまったのを何人も見て来ました。祖手して、一旦そんな事態がおこると、なかなか親には言えないのです。どうしてもおかしいと母親が問いつめても、強く否定し続けて、そして、とうとう臨月になってしまったという少女もいました。

 でも、彼女たちに共通しているのは、やはり無知であるということ。これまで、さんざん語って来ました。無知であるが故にカジュアルに行動を取ってしまう。取った後で、そして大変なことになった時に、初めて自分の甘さを知るのです。だから、性教育を。まともな情報をしっかりと真っ正面から伝えなければならないのです。しっかりした子は、行動を取らないだろうと思うのは、間違いなのです。

 私は、大人達に言いたいのです。思春期のこどものすべてを知ろうと思うのは、無理なことなのです。思春期というのは、親に知られたくない物を持っている。だから、親が、こどものすべてを知っている訳ではありません。中には、こどものことを知ろうとして、こっそり日記をよんだり、今だったらさしずめメールですね。人から来たメールをこっそり読んだり。そして、自分が秘密にしておきたい物を盗み見されたことに気づくと、子ども達はひどく傷つきます。

 でも、、、日記をみないと分からない。親にウソばっかりついて。何しているのか分からないではありませんか。こう涙ぐむお母さんもいます。私は言います。

 お母さんね。こどもが中学生にもなったらね。こどものすべてを知ろうと思うのがもう無理なんよ。思春期というのはね、親に知られたくない心を持っている。それが思春期なのよ。大切なことは、こどものすべてを知ろうとする事ではないのではないかね。そうでなくって、「私はこどものすべてを知っている訳ではない」ということを認識すること。こどもは私の知らない物を持っていると。寂しいけどね。それを認識した上で、こどもとの関係を作って行かないといけないのではないかね。

 その上で。私の場合。娘が小学校4年生のときから、私に作文を見せなくなリました。先生には提出するのに、私には見せてくれない。あ、始まったな、と思いました。そのときからです。私は娘に言いました。見せたくない物は見せなくていい、と。私にも覚えがあるから。おばあちゃんにこっそり見られていやだった事があるからね。私は、あなたが見せたくない物をこっそり見るということは、絶対しない。学校からの親へのおてがみなんか、これはあなたがちゃんと責任をもってわたしてよ。それさえ守ってくれたなら、私はあなたがいない時にこっそりランドセルの中をさがして見るということは、絶対に、ぜったたいにしないから。信じていいよ。

 でもね、覚えておいて。あなたがこれから生きて行く時にね、いろいろとつらいことがあるよ。進路の事とか、お友達のこととか、壁にぶち当たってね、どうしていいか分からない、自殺したくなることだってあるかも知れない。そのときにはね、ここに、相談相手がいるよ。私は、あなたの親なんだから。あなたが困った時には、なにをしてでも、あなたのことを助けて上げたいと思う。どうしたらいいか一緒に考えることができると思う。だから、困った時には、ここに相談相手がいるというこのことだけは忘れないでね。

 この、「何かあったら、助けるよ。」というメッセージを私は繰り返し、繰り返し、子どもたちに伝えて来ました。

 子育て。長いこどもの成長の過程では、本当にいろいろなことが起こります。私は、私のそばで「お母さんだけには言わないで。親にだけは知られたくない」と、泣く子のことが、そして、そのために、さらに問題が拡大していくことが、本当に寂しいと思って来ました。どうして、一番身近にいる大人である親が相談相手たりえていないのか、と。

 もう、すっかり大人になって、時々会ってご飯を食べるだけの関係になりましたが、振り返って見ると、本当にいろいろなことがありました。そして私は、「助けるよ」と言い続けて来て、本当に良かったと思っています。

 どうかみなさま、子育ての中で、こども達に門をちょっと開いておいてあげて欲しいのです。しんどい時に、たった一人でいい、相談相手が身近にいたなら、ここまでしんどいことにならなかっただろうに、と、本当に度々そう思うことがあったものですから。

 

 

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コメント

コメント失礼いたします。
普段の素行や学業成績と性知識は別のものである点をよく認識せねばならないと思います。
性知識は特別なものでも自然に身につけることを当てにするようなものでもなく、生きていく上で正しい知識を得ておかねばならないものなのでしょう。
例えばルールを守らせようと思えば、事前の周知徹底が不可欠なはずでしょう。なのに中絶は嘆くのに知識は教えようとしない守旧派の矛盾がここにあるように思います。
性教育とは、単なる避妊知識の羅列ではなく、知識・情操の両面を備えるべきもので、決して知識だけの頭でっかちなものだけではないはずです。むしろ、守旧派が行いたがる上辺だけの純潔教育の方が心でっかちな画餅ではないかと思ってしまいます。

また、家庭環境についても、なんでも相談できる風通しの良さを確保する必要性を感じます。家庭面においてハインリッヒの法則が適用できるかはわかりませんが、小事を疎かにして大事を誤る事は列挙に暇はありません。
望まぬ妊娠に限らず、有事の際に責任追求に走らず、問題解決を優先する姿勢が求められるのではないでしょうか。

最後に、東京遠征お疲れ様でした。会合が実り多きものになることを祈念いたします。

投稿: めかちゅーん | 2008年3月 9日 (日) 08時50分

今日のブログで河野さんの「子育ての秘訣」を読み、胸が熱くなり、大事な心の核心にぐっと来るものが
ありました。一人っ子の我家の息子も思春期の時にはとても難しく悩みました。彼にしてみれば、両親が年を重ねてて、結婚20年目に生まれた一人息子、というのを世間的に気にしていたようで、『マゾコン』だと言われはしないかと異常に気にしていました。考えて見ればやはり、過保護、過干渉の部分もあったと思います。だから、どうしても買い物などで一緒にどこかへ行かなくては行けないときには「離れて歩いて、親子と思われたくない」などと言いました。私は冗談めかして「どう見ても似ているるのだから、親子だと分かるかもね」と言いましたが、内心寂しい思いもし、息子と同年齢の子どもが親と楽しそうに歩いているの見ると羨ましく思っていました。息子が大学生になってから、ちょっと何か彼が辛そうにしているときには「話を聞かせて」といって、彼の話を聴くようにしました。今、就職時期を迎え、自分の目指すべきことと、経済的自立のの必要性を感じ悩んでおり、昨日話し合いました。
彼には4年間付き合っているガールフレンドもいて、時々我家にも来て一緒にお茶を飲んだりしています。息子が悩んでいるときは、もう社会に出ている彼女が重要なアドバイスをしてくれているようです。
子どものことを全て知りたいと思っても、それは無理なことは分かっています。「親」の字を分解すると「木の上に立ちじっと子どもを見守る」という意味が
最近、分かるようになった未熟な親です。

投稿: e | 2008年3月 9日 (日) 10時02分

河野先生、ありがとうございました。今卒業しようとしている娘にぴったりの言葉でした。
私も良き相談相手になれるように頑張ります。
これからが・・・大変ですね。

投稿: どらみ | 2008年3月 9日 (日) 20時30分

本当にしんどい時にはいつでもおいで。必ず助けてあげる。だって私はあなたの親なんだから。そのように言ってあげる子供のいない私ですが、先生の書かれていること深く頷きながら読みました。親子の間だけのことではなく、愛の基本だと思います。誰の力になれてもイイ。私の人を大切にしたいという気持ちが誰かの癒しやもし良かったら助けになれたら嬉しいです。愛する妻との間でも、本当にここぞという時にしっかり向き合って話をしていないと、大変なことになってしまいますよね。切れてしまう可能性のある関係だからこそ親子より気配りが必要です。

投稿: おとぎぞうし竹本 | 2008年3月10日 (月) 02時58分

めかちゅーんさま
性教育に関して、数々の解説、ありがとうございます。そのとおりなのですが。ただ、現状の分析と、それを嘆いているだけではだめなのです。私は、気が焦っています。具体的に、今すぐから大人の方たちに子育ての中で実践していただきたいのです。「何でも相談できる風通しのよい家庭」というのが、思春期の子には無理なのだと。思春期というのは、親に秘密を持つものなのだと言うことを大人に知っていただきたいのです。「うちの子は何でも私に言うから大丈夫」と思い込んでる方への警告なのですよ。続きを今日書きます。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月10日 (月) 17時10分

eさま
貴重なご自身の体験のご報告、ありがとうございます。私は、自分自身が育って行く中でしんどかったことをいつも思い出しながら子育てをしていました。先輩の立場から、今、子育て中の方たちへのメッセージを送りたいと思っています。私自身、悪戦苦闘でした。決して子育てがすべてうまくいったわけではないのです。そして、つらい思いをする若い人たちに接して来たということも。そこから学んだことをメッセージしたいのです。このような生のお声がとてもありがたいのです。ありがとうございました。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月10日 (月) 17時15分

どらみさま
そうですね。これからですね。どうぞ、いまからメッセージをしっかり送っておいてあげてください。それから、本ですね。いつか広島に変えられたときに覗くいてください。本をプレゼントしますからね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月10日 (月) 17時17分

おとぎぞうし竹本さま
そうですね。誰もが基本的には孤独なさびしい存在で。だからこそ、寄り添って生きていけたなら、もっと暖かくすごせるのですね。実は、性教育の基本は
そこにあります。一人でも生きられる。(これがちゃんとしてない人がとても多いのですが)二人で生きるともっと楽しい。これなのですね。また、お話しましょう。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月10日 (月) 17時22分

はじめまして。時々拝見させて戴いております。
大変お忙しい先生が、こんなにもマメにブログを更新なさっていることに、頭が下がります。

随分前に(もう15年?20年?もっと前かもしれません…)テレビで先生を知りました。性教育の大切さをお話なさっている先生の熱いお心に感動して以来、尊敬致しております。

数年前に私が体調を崩していた頃、先生の講演が私の地元であるのを知り、体調に自信が無かったものの、申し込ませて戴きました。予想通り、とても素晴らしい時を過ごさせて戴きました。先生はお忘れでしょうが、講演の最中に携帯電話の大きな音が鳴りました。講演会の最中なのに・・・と思いましたら、何とその音は、先生のお鞄からでした。会場は笑いに包まれ、なごやかな雰囲気になったのを覚えています。

私には今春高校を卒業した娘がおります。子育てにおいて一番大切なことは、子ども自身が親に愛されているという実感を感じられること。他は少々いい加減でも、その核さえしっかりしていれば、子どもは幸せを実感できる・・・そう思って今までやって来ました。高校生にもなると、親に言わないことが増えてきます。それでも、どうやら様子がおかしいと察知した際には、娘を抱きしめ、小さかった頃によく言った言葉なのですが、「○○(娘の名前)は、ママの大事大事の宝物。」と心を込めて伝えます。

今日の先生の文章を拝見して、とても共通する部分を感じました。子どもを思う愛情の本流とでも言うのでしょうか、それを子どもに伝え、子どもが受け止めてくれたなら、ぶれない軸を親子間に築けるような気がします。
これからは、先生のように「何かあったら、必ず助けるよ。」と伝えていこうと思います。

今夜、先生のブログを開いて、本当によかったです。ありがとうございます。

投稿: ちゅうりっぷ | 2008年3月10日 (月) 21時58分

ちゅうりっぷさま
ありがとうございます。こんな風に受け止めていただいて、ああ良かった、と思うことが出来ます。一生懸命私の思いを発信しているので、その甲斐があったと思います。まだまだいろいろとお伝えしたいことがあります。これからも時々は覗いてくださいね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月10日 (月) 23時26分

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