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医療崩壊(3)勤務医の仕事は過酷である。

 研修制度が変わった事に加え、確かに産婦人科は医師になろうとする者から嫌われている。その原因の一つは、やはり過酷な勤務状況がいやがられたといえるであろう。

 お産は夜昼問わない。また、妊婦には救急が伴う。出血した、お腹が痛い、という連絡は毎日のように入る。多くは経過をみていればすむ事なのだが、時には大事になることもあるので、放っておくことは出来ない。

 私の勤務医時代、私が初代の産婦人科医師として、大学病院から一人で赴任した。段々忙しくなって、医師もひとりずつ増え、その度に私は大学の教授にお願いして、女性のドクターを派遣してもらった。

 当時はまだまだ女の産婦人科医は少なく、まして子どもを産んで育てながら産婦人科医を続けるという先輩は、私のそばにはいなく、同僚に一人いるだけであった。また、出張病院(大学から若手のドクターを派遣してもらう病院をこう呼んだ)のドクターからは、女の医師は嫌われていた。堂々と「女医さんはいりません」と言う人もいた。女は妊娠するから、だそうな。産婦人科のドクターにそう言われたのでは、なにをか言わんやなのだが、それが現実であった。だから、私の所に女の後輩を取ることにした。

 女同士、力を合わせて働きましょう。勤務時間には目一杯働きましょう。時間が来たら、とにかく早く帰りましょう。子どもの保育所へのお迎えが間に合うように。ただ、毎日交代で当番を決め、その夜だけは、子どもをどうするか、これだけは自分で何とか対処をして。それはパートナーとの連携であったり、近くに親兄弟がいる場合はそちらのお世話になったり。

 私の場合は、大学病院時代は、保育所の友人同士でずいぶん助け合ったりもしたし、保育専門学校の学生さんに来てもらったりで、二重三重保育を余儀なくされていた。しかし、何と言っても広島市近郊に住む両親や姉妹にはずいぶん助けてもらった。大学から勤務医になった時には、子ども達もすでに小学生になり、保育園への送り迎えがないのだけ、楽にはなっていた。

 それでも、お産は月80。救急指定病院で、毎日のように救急車が飛び込んで来る。そして、夜通し働いても医師にはナースのような交代のシステムはない。朝からまた、同じように働くのが医師の義務である。ひどい時には、34時間ぶっ通しで働かなければならなかった。

 子どものご飯が作れない時には、病院に来させ、出前を取って食べさせた。病気になれば、病院に連れて来て、当直室に寝かせて働いた。さらに、私は責任者であったから、自分の当番でなくとも、後輩から呼ばれれば、飛んで行かなければならない。いつもパジャマは着ないで、ジャージの上下で寝て、そのまま飛び出せるようにしていた。電話がかかれば、自転車を飛ばし、3分後には分娩室に到着するようにした。睡眠時間は一日4時間あれば十分体は楽で、3時間だとしんどい、とそんなものだった。こんな生活を10年も続けたら、疲弊し切って、このままでは私は死んでしまう、と思ったものだ。開業を決意したのは、疲れ切っての事であった。

 いま、私のブログを読んだ人たちから、よく「忙しくて大変ですね」と言われる。しかし、この勤務医時代からくらべれば、今の生活なんて、天国だと思うほど、楽だ。それに、この勤務医の時代に寝ない習慣が付いてしまっているものだから、いまだに睡眠は少なくてすんでいる。

 そのような過酷な勤務でも、勤務医には献身的に働く事で、人助けをしているという大きな誇りがあり、それにより支えられていた。

 しかし、その誇りも、医療事故による患者さんとのトラブルがあると、吹っ飛んでしまう。たとえ、千人の患者さんに感謝されても、一人の人に恨まれると、その千人の感謝なんて、飛んでしまう。

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コメント

いつも拝読しています。読みながら、「なるほど」とか「そう、そう」と思っています。
勤務医時代大変だったそうですね。
私の妹も2度出産で、先生にお世話になりました。
その時、自分の子供さんが高熱を出して寝付かれていても、ついていてあげれないときがあると・・・・
20数年前の話です。
心配だったろうなと思っていましたが、立派に独り立ちされていました。

投稿: お茶の時間 | 2008年3月23日 (日) 23時27分

こんばんわ。コメントしようかどうか迷いました。昨日、拝読した後、私自身の数年前を思い出さずにはいられませんでした。私も職場に連れていっていくしかありませんでした。学会で県外のときには、県外の一時保育に預けたりもしました。途中で挫折してしまったので、同じでしたとは到底言えない身分なのですが、ただ単純に過酷でしたね・・・とは書けません。女医はいらないと言われたと同じように、私も同じ女性の上司から、「子連れは休むからいらない」とさんざんいわれました。「女性の品格」の著者・・・名前をど忘れしましたが。その方も、お母様の助けがないとつづけられなかったと言っておられました。
ここでいつも葛藤がおきるのですが、私には実家からの助けはありませんでした。ならやはりつづけられなくて当たり前だったのか、はたまた私の我慢不足なのか・・・・しかし、最後の部分を読ませていただき少し考えが吹っ切れたかもしれません。たった一人に・・・そうですね。納得しました。80%に理解されても感謝されてもダメだったからなのだと。私もここで挫折したのではないかと納得しました。なんだか、自分自身のことばかりで、勝手な解釈と勝手な思いばかり書いてしまいました。ごめんなさい。そしてありがとうございました。

投稿: しゅんぼうママ | 2008年3月24日 (月) 20時10分

お茶の時間さま
まあ、そうなのですか。妹さまにお会いしているのですね。ええ、とても大変でした。でも、何とか乗り越えることができたのは、多くの方たち、とりわけ子供たちのおかげだと思っています。それに、子育てもさせてもらったことで、私自身の人生もずいぶん充実したものになりました。湖面とねありがとうございました。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月25日 (火) 12時02分

しゅんぼうママさま
シュンボウママ、私は、あなたが挫折しているとは思いませんよ。人には、一歩引かなければならないときもある、と思っています。今、あなたは二人の子の子育てという、とても重い仕事をしているのだから。でも、本当にしんどい子育ての時期は、あっという間です。長い人生のうちのほんのひとこまに過ぎませんよ。また、いつかあなたの能力が発揮できる現場に戻ってくださいね。でないと、もったいない。はじめは時間が制限されるパートでもいいのです。そのうち、全面的に働けるときがきっとくると思います。いつかお会いできるといいですね。河野美代子

投稿: こうのみよこ | 2008年3月25日 (火) 12時07分

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