ノーフォールト
今、京都のホテル。診療を済ませて新幹線に飛び乗って来た。明日は福井で講演をする。全国あちこち行ったって、ただ講演をするだけ。途中に泊まる時も、どこかに遊びに行くでもなく、飲みに行くでもなく、ホテルにこもっている。この年になっても、一人でどこか知らない所で食事をしたり、飲みに行くという勇気もなくて。食事は駅弁を食べた。
来る途中、この前買っていた「ノーフォールト」を読み始めた。が、つらい。なんども中断しながら、でも気になってまた読み始める。何回中断したことだろう。昭和医大の産婦人科の教授である岡井崇先生が書いた小説である。一つひとつ手に取るように状況がよく分かる。しかし、どうにもつらい。あまりに思い当たることが多くて、まるで自分のことを書かれているような気がする。
私は、岡井教授を訪ねて行ったことがある。私が抱えていた裁判で、どうしても意見書を書いて欲しかった。岡井教授の専門は超音波。私の超音波の写真を読んでの意見を書いて欲しかった。でも、先生は産婦人科界では高名な教授で、私は一地方の町医者。連絡を取るにも何回電話をしたことだろうか。それに、超忙しい先生が私の事件で意見書を書いてくださる可能性はほとんどないだろう。私は、先生は何件もの裁判の鑑定を抱えていらっしても、なかなか書かれない、という情報を得ていた。でも、私にはどうしても必要だったから。何回か秘書さんと話したあげく、とうとう電話で先生が捕まって、そして、強引に逢っていただきたい日時を予約した。
ところが、その日、台風が来ていた。祈るような思いで空港へ。なんとか東京行きの飛行機が飛ぶことになって、やれやれで乗ったのはいいけれど、ものすごい揺れで。飛行機には何回も乗って慣れている私でも、もうすさまじくて体が振り回されて、乗るのではなかったと後悔したものだ。次の便からは欠航になったそうだった。羽田についてからも、風の中、ようようの思いでたどり着き、訪ねて行ったら、先生は私との約束を忘れていらっした。でも、「広島から来ました。どうしても逢っていただきたくて。」と、必死で訴えて、やっとのことで逢って戴いた。そして、あらかじめ送っていた私の書類を山のように積まれた机の上の書類から、引っ張り出して、見てくださった。「でも、僕は忙しくて、書けないよ。書かなければならない鑑定がこんなにあるんだから。」と言われる。「分かっています。お忙しいことは重々承知しています。お手間は取らせません。先生、しゃべってください。録音を取らせて下さい。私がそれを起こして文章にしますから、どうぞ、それを点検してください。お願いします。」と、すがりつく思いでお願いした。
それまで、多くの人に見てもらっていて、私に過失はないという確信はあった。しかし、裁判と言う場では、いかに権威のある人に証言して戴くか、それが裁判官を説得する手段であるということも、事実だ。相手方からも大学教授のとんでもない意見書が出ていた。でも、全くその先生の専門ではなく、事実をひどく間違った鑑定書であった。それをひっくり返すことが出来るのは、まさに岡井教授であった。
しゃべって戴いたテープを大切にもって帰り、文章にし、また其れを持って行き、何回か繰り返して、立派な文章となり、それに印鑑を押して戴いて、出来上がった。まさに執念で出来上がった文章だ。忙しい先生の迷惑も顧みず、お気の毒ではあったけれど、でも、私に全く過失がないとされた判決は、それからの産婦人科界に大きな影響のある意味のある判決だと、専門誌に載り、最高裁のインターネットにも凡例として載った。
私には過失はないとの信念を持っての裁判ではあっても、この闘いは、まことに孤独で苦しい。もうこのあたりで投げ出そうか、と何回も思う。それを思いとどまりながら最後まで闘かわせたものは、やはり悔しさと執念でしかない。完全に無過失が証明されたとしても、それでも裁判というのは、教訓は残る。その後も、常に患者さんには謙虚であれ、常に細心の注意を払え、よく理解していただくように説明を、と言い聞かせながら日々の診療をしている。
もっとも、その岡井教授が書かれた小説は、私の事件とは全くことなる事件で、ミステリーじかけである。主人公の若き女医が昔の私のようで、だから、読んでいると胸が痛い。これからも、つらくて中断しながらも読み続けるだろう。| 固定リンク
コメント
気になってたんです。紀伊国屋で買った本って、何の本かなーって。
岡井教授って・・・偉大な方なんですね。
投稿: emi | 2007年9月 2日 (日) 00時38分
emiさま
そう、とても偉大な方なのです。とてもえらい人なのですが、一方的に医者の味方をするでもなく、患者さんのことをも熱っぽく考えることが出来る方です。ゆえに、立派な方だと私は好きなのです。 河野美代子
投稿: こうのみよこ | 2007年9月 2日 (日) 10時50分
朝晩は、涼しくなりましたね。
無理をなさって、筋肉痛を通り越してギックリ腰にならないようにしてくださいね。笑
先生のお仕事は、直接いのちに関るからとても大変でしょうね。
良かれと思う判断でさえ、相手の取りようによってはどうにでもなってしまうのでしょう。
幾つになっても、経験から学ぶ努力をしているのなら、人は成長できるのでしょうね。
私も、何度でも人生を振り返って少しでもより良い人生を歩みたいと思います。
投稿: やんじ | 2007年9月 2日 (日) 17時19分
やんじさま
久々のコメント、ありがとうございます。連日の市民球場、お疲れ様でした。私も以前はせっせとカープの応援に行っていたのだけれど、すっかりご無沙汰になってしまいました。大声を出して応援するのは、何よりのストレス発散なのですがね。私も、ますます慎重に仕事をします。 河野美代子
投稿: こうのみよこ | 2007年9月 3日 (月) 00時40分