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コメントへの反論

 今、福井のホテルにいる。今日(8日)は選挙後初めての診療。多くの患者さんと、たまっている書類の記載などでひどく忙しかった。済むとすぐに新幹線で京都へ。サンダーバードに乗り変えて福井へ。11時過ぎにホテルに入った。明日は石川県の小松で教育委員会主催の講演をする。何だか、一気に元の日常生活に戻ったようだ。

 ホテルでパソコンを開くと、私のブログへ数々のコメントが寄せられている。多くは好意的なのだけれど、当然のように厳しいコメントもある。それへの返事は長くなりそうなので、ここに書かせていただこう。選挙を振り返る(3)の最後のコメントを読んで戴きたい。

結城慎吾さま

 コメントありがとうございました。謹んで読ませていただきました。つきましては、お返事が長くなりますので、ここに書かせていただきます。私は、選挙に関しては言いたいことはこれまでの百倍ほども有ります。そのほとんどは書かないで、ぐっと胸に納めています。権力を持たない個人の攻撃はしない。団体についてもその情報を与えてくださった方に迷惑がかかる場合は書かない。それから、いい加減なことは決して書かないというのも、鉄則としています。

 私が選挙を振り返る(3)に書いたのも、この原則にのっとっています。決してあなたに攻撃されるようないいかげんなものでは有りません。

 まず、「確認団体」について。

 私は、ここに選管の責任と言うことはひとことも言っていません。私は、あなたはご存じないかもしれませんが、他の人の選挙を責任者として何回もしている者です。「確認団体」の届け出は知っています。書類の不備だとか、印を間違えるだとか、そんな馬鹿なことではないのです。それに、確認団体の届け出は、事前審査の対象では有りません。もし、あなたがそうであったなら、あなたは「政党選挙」しかしたことがない方だからなのでしょう。私の応援団体として「みぐみ」を政治団体の届け出をする時に選管に確認団体の相談をしています。市長選挙では、政治団体としての「みこし連」は確認団体とみとめられ、だから車を走らせることが出来たのです。(と、私はブログの中に書いています。)でも、今回はダメでした。そもそも、書類を出す前、はじめっからだめなのです。それは、国政だから。比例区では10人の候補(選挙区の候補が混ざっていてもいいのですが)がいないと立候補は認められない。それには、莫大な供託金がかかります。そして、選挙区には無所属でも立候補はできますが、でも、10人が立候補者しないと、「確認団体」は認められないとなっています。それも、広島県選管のレベルでなく、中央選管に届け出ることになっています。一候補者が他に9人の立候補者を捜し、かつ、10人分の供託金を準備出来る訳が有りません。もっとも、黒川さんのような大金持ちだったら出来るのでしょうが。今の公職選挙法はそうなっているということを、一体どれだけの人が知っているでしょうか。良識の府で有る参議院が、選挙の段階で、こうして、すっかり政党の人の立候補が有利となっているということを私は伝えたかったのです。または、大金持ちしか政党の人と対等に戦えない、そういう仕組みになっているということも。一選管の問題なんかでは有りません。このことで選管を攻めるようなことは私は一言も述べていません。あなたがかってにそう歪曲しただけです。

 のぼりについて

 選挙戦に入る前、立候補を表明している人すべてがのぼりを立てて演説していました。でも、其れは違法で有るということをそっと教えてくれる人がいて、(:警告ではありません。)私たちはただちにそれをやめました。でも、街頭で政治活動として演説していても、どこの誰がしゃべっているのかわかリません。本当にもどかしい思いでした。そんな時、他の方達は全く変わらずにのぼりを立ててやってらっしゃいます。私たちは、何回も選管にも警察にも相談しました。担当のスタッフは写真もとり、文書まで出しています。他の人に許されるのなら、私もやりたいと、切に思いました。でも、私はやっていません。そして、告示となり、選挙になったら、それが許される、ああ、やっと、と。ところが、ブログに書いた通りです。他の人たちは許されて、なぜ私はだめなのですか、と、選管にも問うています。また、警察にも問うています。それが、実は曖昧なのです、と。私に言って来たのは、県庁、選管の真ん前だったから、と。では、向かいのそごうの前だったら許されて(そこでは政党の立候補者が何本ものぼりを立てて演説をしています)、県庁前だったら許されない、とてもおかしな論理になります。有る候補などは250人もの人を動員して、100本を越えるのぼりを立てていたのをご存じでしょう。私としては、その人たちには後ろ盾がある、私には誰もいない、そう思うのは、当然ではないでしょうか。

 すくなくとも、私は「まかり間違って私のような人間が当選しなくて良かった」だの、「松岡氏や赤城氏を批判する資格はない」だとかあなたに言われるような行為はしていません。ブログに書いたのも、当然のことを書いたまでです。政党政治、政党優先の選挙、このようなことを国民の皆様に知ってもらうべきだと私は考え、書いたまでです。それをここまて゜言うあなたの言い方は、私に対しての誹謗中傷のたぐいになると思います。あなたがどこのどなたか私は知りません。そして、何の目的があるのかも。でも、私はちゃんと答えました。これ以上は悪意に満ちたあなたとの対話はしたくない、というのが私の本音です。了承下さい。

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コメント

このコメントを読んで、腹が立ちました。
ただ単に河野先生への湾曲した批判だからです。
批判されている内容が的外れで、記事に書かれている内容をどう読めばあのようになるのか不思議です。

また、私は以前から思っているのですが、自分の存在を隠して批判記事を書く人は、最低だと。
自分だけが(こそが)知っている知識を披露し、悦に浸っている姑息な輩だと思っています。

河野先生はご本人だから、具体的には書かれていないことが沢山あります。
この人の言う法令順守は河野先生は守られ、また法律には書かれていなくても人に迷惑になることは避けられてきました。
政党からの立候補者のほうが違反だらけです。
それはマスコミの報道映像や写真を見ればわかります。でも、マスコミはこれを黙認しています。
警察のトップの自民党の候補者さえ、堂々と違反しています。
お金がらみの違反でなければ(わからなければお金がからんでもいいという)、何をしてもいいという政党が、2大政党とかになって日本の政治をすることのほうが問題です。

河野先生の選挙活動を見たことも無いような人が、自分がいかにも立派な有権者のように書かれていますが、私にはこの人は投票にさえ行っていない人に思えます。


投稿: やんじ | 2007年8月 9日 (木) 09時45分

コメント見ました。私には、河野先生の一連の記事は国民としての切実なる訴えかけだと思うし、なんとかしてほしいという願いだと感じました。にもかかわらず、残念ながら国政に参加していない先生に対して資格がどうだの、適性がどうだのというのは、全く持って意味のない論議だと思うし、一票を入れた有権者に対しても失礼な発言だと思います。私は自分の投じた一票についてなんら恥じることもなく、むしろこうして立ってくれたことに感謝し、よかったと思ってます。
選挙を巧妙にやりぬいて波風たてなければ適格だというのでしょうか?私はそうは思いません。選挙が上手い人だけのものになって欲しくないです。私はそう思います。

投稿: yukiiro | 2007年8月 9日 (木) 10時16分

結城慎吾くん
これだけ美代子先生のファンばかりが集うブログに入ってきて、あれだけ言いたい放題言う勇気(結城)には恐れ入った。
が、あんたのコメントと、美代子先生のコメントをじっくり比べて読むと明らかにあんたの言い分は的外れじゃ。
喧嘩売りに来た訳?みんなで買うよ。
先生も喧嘩強そうだし・・・

投稿: うららさん | 2007年8月 9日 (木) 11時42分

うららさん頑張れー。
私も応援します。

投稿: 元安川 | 2007年8月 9日 (木) 15時23分

あきれました。

自民党は、お金で大学生を雇っていたそうですね。神奈川の小林とか言う方。で、補選になると、野党に勝てないから、公明党が繰り上げ当選になるように、3ヶ月以内にやめろとか言う声が与党内から・・

河野先生の提起は、憲法に定める参政権とか言論の自由が現行公選法で非常に制限されすぎだということと。

 県選管の問題ではない。

 また、お金をごまかした赤城農林大臣、今回の買収の小林議員などと、まったく次元が異なります。

 ああ、世の中にはここまで強引に捻じ曲げられる人がいるのですね。

投稿: さとうしゅういち | 2007年8月 9日 (木) 18時06分

今さら、なぜに中傷なのでしょうかね?
結城慎吾さんほど、うんちく語れる方でしたら、
そのエネルギーを、他に向けられたほうが
よろしいのではないでしょうか?
もっとも、読解力はなさそうにお見受けしましたが。

投稿: えみ | 2007年8月 9日 (木) 20時28分

>ここに書かせていただこう。選挙を振り返る(3)の最後のコメントを読んで戴きたい~

こういうところがダメです^^;
これでは個人の掲示板へのレス合戦みたいなものです。いわゆる叩きあいみたいなものです。

選挙で勝てなかった人たち、もしくはずっと
戦いながら、まだ候補の方々達の姿勢をご覧になると
お解りになられるかと思います。

冷静さに欠けたほうが負けです、相手は面白がって
煽っているのだという事を忘れたらお終いです。

河野先生ご自身が、ご自身のお書きになられた内容を
政治家の方がお書きになられたものだと読んでくださいませ。


このスレッドは削除するべきだと思います。

投稿: i | 2007年8月 9日 (木) 21時41分

はじめまして!にゃんと申します。
少し前から 読ませていただいている神奈川県在住の50代です。

今の世の中にも 信ずるところに必死な人がちゃんといるんだ と思え、とても勇気付けられます。

ところで、ここの部分に直接関係は無いのですが、こういうこともあります、ということで、これはお知らせしておきたいな と思い、初書き込みすることにしました。

これから書くことは 長いものになりますが、訳合ってのこととご理解いただき、お読みいただければ幸いです。

私は犬猿の仲で口を利くのも難しいという広島で被爆した実父の娘、つまり被爆二世なのですが、その私には5人の子供たちがあり、今のところ特にコレという目立った問題も無く(と思えるのですが)元気にしております。
まぁ どこのお宅にもあるような問題を抱えてもいまして、次女は35になりましたが20年近く引きこもって(人嫌い)います。

このところ あれこれ話をする機会があり、間柄がほぐれつつあるようにも思えるのですが、その彼女に河野先生のことを知らせましたら、一昨日、下記のようなメールを送ってきました。

『(広島長崎以外の全国の学校で)平和教育をやってない・・・えぇ~、それはないでしょう。ひどいな。

私が戦争映画をそうとは見なくなった(戦争シーンのある人間ドラマで戦争を映してはいない。)のは平和教育がきっかけだったのに。

25,6年経ったいまでも、あの当時見た原爆被爆者の写真やキノコ雲や原爆投下直後の広島長崎の写真がしっかり残ってるのに。

3本足のイス(小さな椅子?)の話やはだしのゲンなんかが忘れられません。

子供には衝撃が強いのではないかと教育現場から声があったと聞いて以前は そうだよ!と思いましたけど、自信がないせいでしょうか、酸化老化して時間が過ぎるに随って、たぶん見てなかったら自分に都合よく考えなくなっていくな と感じてますね。

(小学校のときは、たぶん、高学年になっても平和教育をやっていた気がします。でもどうだったかな・・・
1~3年のときの平和教育が一番強烈に印象に残りました。)これは2通目のメールから。

100年も経ってないのにまた不毛をやりたいんですかね。

その不毛で、悲惨で残酷に死に、生きて苦しみが続くのが自分じゃないなんて言えやしないのにな。それだけでもたくさんなのに、他になにも考えないのかね。』
()は、本人から聞きたことのにゃんの注釈。

彼女たちの小学校は米軍基地のある横須賀の小学校でしたが、当時、親の参加も受け入れての平和教育、時々性教育(生殖教育ではなく)がありました。

娘の年代は 団塊の世代の子供たちで、それは沢山の同年齢の子供たちで、各教室はそういう日は 熱気と人くささ?でむんむんしていました。
細かいことは忘れましたが、性教育を含んだ平和教育は、すごく個人の問題でもあり、子供たちを守りたいという母親、父親であれば当然考えるはずのことなんだなーとすっと腑に落ちる気がしたものです。

ながなが書きましたが、河野先生のお話を直接伺ったことはありませんが、数十年前に行われた小学校での平和教育が、一人の人間の心の中にこんな風に根付いています、ということをお知らせしたいと思ったのです。

もしも今後縁あって彼女が子供たちと接する機会を持つようなことがあったら、何かのときに彼女は記憶していることを伝えていくんだろうな・・と思います。それは私がその時を子供たちとほんの少しの時間でも一緒に考えたり話したりということをしたことで、今もその思いに翳り無く、知り合う若いお母さんたちやこれから結婚する人たちに何かのときに話しておくことを意識しているのと似たものなのではと思います。

先生のなさっておられる平和教育、性教育が具体的にこんな風にもなるはずです という、そんなこといわれなくても十分ご存知でしょうけれど、そんな思いを伝えたくて、書かせていただきました。

今後の益々のご活躍を願って、娘の言葉を添えさせてください。
「夏バテなさらんといいですけど。ほんとに疲れるでしょうね。」(これは悪意のコメントへの言葉。)

御元気で!!

投稿: にゃん | 2007年8月10日 (金) 10時06分

恥を知れ!と言いたいですね。

それなりの情報を勉強して(させられて)意図的に攻撃対象者の論理性、科学性に疑問を投げかけ、周辺読者に、攻撃対象者の質の悪さを印象づけるコメントが、必ずと言っていいほど送られてきます。

攻撃対象者の大半は、現体制に批判的な言論者です。

私の所にも昔はよく、最近はたまに送られてきます。しかし、今回の河野さんの反論のように、中途半端に聞きかじって(教えられて)得た内容は、きちんとした情報に基づいて書かれた言論にはひとたまりもありません。むしろその攻撃者の意図とは裏腹に、かえって攻撃者の質の悪さが暴露されます。今回の場合はその典型でしょう。ですから私も河野さんと同じように、根本的誤りを正確に、厳しく指摘して、それ以上のコメントはしません。両者のコメントを読み比べればどちらが正しいかは一目瞭然だからです。投稿者の意図とは異なった逆効果は絶大です!

今回の選挙制度について言えば、特に、「無所属候補者」に対する厳しい制限等は、コメント者(コメント教育者)には勉強の対象外だったものと想像できます(私も河野さんのブログを拝見して、そのような明確な差別待遇、選挙という公平であるべき制度の中に持ち込まれた不公平を初めて知り愕然としました)。だから直ぐに馬脚を現したのです。

恐らく、河野さんの選挙結果が、様々な妨害や制限の中で厳しいものであったにもかかわらず、20万票という、他の選挙なら当選した得票だったことに驚いた人々が、意図的に送ったコメントだったと思います。

私が危惧することは、こうしたコメントが、組織的になされている(と大いに疑える)ことです。世界中に広まったブログやHP は自らの意見を無料で、世界中に一気に伝えることができる利便性があると同時に、権力にとっては格好の情報操作手段でもあるわけです。今回の選挙でも相当醜く、激しいインターネット上での情報操作が繰り返されたはずです。これに対して、悪意の情報を排して、自由な表現の場としてブログなどが使えるようにいかにしていくかもこれからの選挙の大いなる課題だと思います。広島ブログはそれができているからこんなに充実した、心温まる「対話」ができるのだと、いつも羨ましく拝見させていただいています。

河野さんの新たな「日常」をこれからも楽しみにしています。

投稿: yaasan | 2007年8月10日 (金) 16時30分

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