福山市の中学校で

昨日は、福山市の芦田中学校に講演に行きました。府中市の奥、静かな環境にある中学校で、全校生徒164人。初めに、教頭先生のお話がうれしかったです。

もう35年以上も前、教頭先生が教師になりたての時に、私がその学校で話すのを聞いたと。生徒を指導する上で性の話をしなければならないと思っていたけど、どうしたらいいのか、さっぱり分からなかったと。その時に私の話を聞いて、目からうろこだったと。今の私は、そのころと全然変わっていないと言われて、私、照れましたね。後で聞いたのですが、その中学校は、1200人も生徒のいる大規模校だったそうです。

講演の後、聴きに来て下さっていた保護者のお一人が話かけて下さいました。その方が30年前、高校生の時に私の話を聞いたと。そして、今、お子さんがこの中学に通って来ていて、今日話を聞いたと。そうか、親子で私の話を聞いて下さったと。長くやってると、こんなこともありますねえ。

そういえば、私の「さらば悲しみの性」に登場する当時の高校生も、もう孫ができている人もありますもの。

今回の講演は、福山市保健福祉局保健部保健予防課の主催で行われました。ここの予算で、私を学校に派遣して下さったという事です。講師の選択等は、学校に任せていると。二週間後にはもう一校中学校に行きます。性教育のバッシング以来、文科省関連からはなかなか予算がつかない性教育ですが、こうして行政の方からの予算化をして下さることは、とてもうれしいことです。

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生徒たちはよく聞いてくれました。一年生、少し分からない言葉が出て来て難しかったかもしれませんが、「これから、ああ、これはこういうことだったのかとわかる時がきっとくるからね」とお話しました。何しろ、情報社会です。それも間違った情報にどっぷりつかるであろう中学時代にしっかり話を聞いてもらうことが、大切だと思います。

校長先生の机にこんなのが張ってありました。

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これは、教頭先生と一緒に赴任された校長先生のお二人が考えて、英語の先生とも一緒にこれを考えたと。同じものを教室に貼って、性と共にこの実践を心掛けていると。

家に帰って改めて見てみると、これはよくできているなあと思いました。私も、昨日の最後に言いました。

「困ったことがあったら、どうぞ一人で抱え込まないで。一人、一人でいいから誰か大人の相談相手を探して。」と。だから、特にこの「Diversity」に感銘を受けました。多分、先生方が考えられたことの意味とは少し違うかもしれませんが。

この中の「Helpful」についても「Independence」についても話したなあと思いました。

これらを具体時にどう実践していくかが問われていることですね。

私の話も、一回だけで全てわかったでしょうとは思っていません。少しでも、これからの彼ら彼女たちの成長にお役に立てれば、うれしいことです。

関係者の皆様、中学生の皆さん、ありがとうございました。

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「命の大切さ」

先日から続けて若い人2人の訃報に接しました。二人とも、私の患者さんです。事故なのか、事件なのか、自死なのか・・・。どちらの方も病死ではありません。
その二人について、それぞれ警察と検察に報告を書かなければなりません。気が重く、とてもつらい作業です。一体なぜ?カルテを見ながら、ああ、この時にもう少し話をすればよかった。悩んでる?とか、あなたがしていることはアブないことだとか、もう少し話し込めばよかったのか。

一体何があったのか、お話を聞きたくて連絡を取ったご家族は泣かれます。こちらは、かける言葉もなく・・・。そう、いずれにしても、死んでしまってはおしまいではないの!!という思いでいっぱいになります。私は、もっと時間を取って話し込めばよかっただと、自分を責めます。

こんな時、どなたが初めに言ったのか分かりませんが、「死ぬこと以外はかすり傷」という言葉が頭いっぱいになります。そう、死んでしまっては、傷をいやすこともできやしない。かすり傷の間に、何とか対処できなかったのかと。


今日、福山の中学生に話に行きます。

よく、「命の大切さ」と言われます。特に性教育の現場で、性教育をよくわかっていない人が、人工中絶を「殺人」と脅し、若者の性行動を抑えてやろうと。命を大切に、中絶は殺人だと。違う、そんなことで若者をの性行動を抑えられるわけが無い。そもそも、彼らは、「妊娠したらら中絶しましょ」と思っているわけではないのに。脅せば脅すほど、若者たちは中絶ずできなくなります。若者たちは「産みたい」と言います。殺人は嫌、と。それをよってたかって「おろしなさい」というのは、大人たちなのですね。中絶しなければならない時は仕方がありません。その後、また強く生きていけるように、その立ち直りこそ大切なことだと思います。


「命の大切さ」は、何より「自分の命」を大切にしてほしい、死なないで。生き抜いて欲しい。生きていればこそ、と思うのですね。生きる底力を身に着けて欲しいのです。それになにより必要なのは、人間関係ですね。コミュニケーションづくり。

そんなことを私の話を聴く中学生が感じ取ってくれればと思います。


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先日、ミカン狩りに行った時に、友人の一人が図書館の本交換会で私の初代の「さらば悲しみの性」が出ていたと。持ってきて下さいました。捨てられる所を拾ってくれたのですね。その本の初めには、写真が出ています。赤ちゃんが生まれる所です。そこに写っている私、若いです。ああ、33年前です。まだ私が30代でした。はは、若いはずですね。懐かしい。


そのころから、ずっとずっと同じことを繰り返し言って来て、でも、ちっとも変わらないで。いえ、ますます若者をめぐる状況はひどくなってきて。まあ、それを嘆いて、この本のあとがきにも書いているのですが。


「命を大切に」・・・?頑張りましょう。

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小野瑛子さんと西村利信さんの原爆体験記

昨日のブログの続きです。岡崎弥保さんから小野瑛子さんと西村利信さんの手記が送られてきました。

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炎のメモワールは、同名の小野瑛子さんの著書に収載されている、お母様山本信子さんが原爆投下2年後に英文で書かれ、アメリカの「TIME」に送り、それがGHQの検閲に引っかかり、没収されて厳しく叱られたというものです。  1978年にお母様が亡くなった後、遺品を整理してそいた瑛子さんが、その手記を発見し、英文を和訳して小冊子にまとめられました。小野瑛子さんのご好意で、この手記は、昨年の8.6ヒロシマ平和の夕べでも、参加者の皆様にお配りいたしました。

その手記の朗読のことを知った西村さんの息子さんの妻から、義父が書いた手記がありますと連絡が入ったのだそうです。西村さんは、小野瑛子さんのお父様、広島二中の教師をしていた山本信夫先生の教え子でもあります。当時、広島二中の二年生であった西村さんは、「いしぶみ」に記録されているように、一年生の弟さん正照さんを原爆で亡くしています。


西村さんがその手記を書かれたのは、1949年。まだGHQの検閲が厳しい時。でも、発表されたのがその後転校された千葉の高校の文芸誌であったために、奇跡的に残ったものでありました。


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その手記があることを聞いて、小野瑛子さんと岡崎弥保さんが西村さんを訪ねて行き、それを見せて頂き、この貴重な手記を世に出して多くの人に読んで戴きたいとお願いされました。

この手記の「はじめに」に小野さんが書かれています。


「B5版の機関紙はガリ版印刷で、ふれればバラバラになるほど劣化し、茶色に変色していましたが、被爆当日のことや、その後の十日余りのことが、十六ページにわたって克明に書かれています。ことに正照さんを探して歩いた当日の爆心地の惨状は目を覆うばかり。私も多くの被爆手記を読んで来ましたが、ここまで詳細に書かれたものは少ないのではないかと思います。」

そして、「はじめに」の最後に書かれています。

「西村さんは八十六歳、私は七十九歳。
被爆者が高齢になり、原爆の悲惨さを語り継ぐ者が減少の一途をたどっている今、西村利信さんの手記をこうして世にだすことができることを心から嬉しく思っています。
        二〇一八年五月  小野瑛子  」

その小野瑛子さんがこの10月30日に、そして西村利信さんが翌31日にお亡くなりになったのです。これらの手記を残して下さって本当にありがとうございました。


西村さんの手記の発行人は小野瑛子さんと岡崎弥保さんです。私の手元には岡崎さんから送って頂いた小野瑛子さんと西村利信さんの手記があります。ご希望の方はどうぞ声をかけて下さいませ。

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丸木美術館の「いのちを語るいのちを歌う」

11月18日(日)、広島市平和祈念館で、丸木美術館主催の会が開かれます。丸木美術館のお知らせをこに転載したいのですが、無断転載は禁止と出ていますので、残念です。以下のアドレスをクリックして下さいませ。

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2018/hiroshima.html

二階堂和美さんのフェイスブックから。これは、禁止されていませんでしたので。

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丸木さんご夫妻の原爆の図についての対談も、二階堂さんの歌も、とても楽しみです。そして、司会、朗読、岡崎弥保さんです。俳優であり、「ひろしまのピカ」「夏の花」「新しい憲法のはなし」などの朗読をもなさっています。

ここに岡崎さんの公式サイトがあります。

http://ohimikazako.wixsite.com/kotonoha

ここでは、10月30日に亡くなった小野瑛子さんと、31日に亡くなった西村利信さんの「原爆体験記」、追悼の朗読が聞かれます。

小野瑛子さんについては、もう、言うまでもありません。何回かこのブログでも、書かせて頂きました。昨年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」で体験を語ってをいただきました。お父様は、当時広島二中の教師、山本先生、あの合唱曲「いしぶみ」で、「君は頑張って家に帰るんだ、先生はもう歩けない、さあ、握手して」と生徒に語り、そこで亡くなった方。その遺児が小野瑛子さん。

あの合唱曲の先生の遺児が生きていらっしゃる!!それを聞いて、直ぐに8.6ヒロシマ平和の夕べで語って頂こうと思いました。

私の父は同じ二中の教師で、偶然にも助かりました。小野さんのお父様は亡くなって。あの原爆で、亡くなった人、偶然生き延びた人、それぞれの家族のその後は何と異なることでしょう。写真では、とても幸せだったご家庭がうかがえます。

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当時、小野さんは、もう肺がんと闘っていらっしゃいました。抗がん剤でいったん抜けた髪がまた生えて来て、今、こうなのよとウィッグを取られました。あら、その髪も素敵です!!と申し上げました。その後も、ギリギリまで語り部を続けられました。福島の子どもたちへ被曝者手帳を交付するようにという運動も続けられました・・・。小野瑛子さん、本当にありがとうございました。

18日は、私も会に参加して、皆さんをしのびたいと思います。


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江田島のミカン狩り、「ひらの」での食事。

昨日は、楽しみにしていたみかん狩りとお魚を食べる会。宇品港からフェリーに乗って江田島へ。江田島の港ではちぬ釣りをしている人たち。こんな姿を見るだけでも、喧噪から逃れてホッとします。遠く広島が見えます。

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江田島のみかん農園は三つあったけれど、この夏の豪雨災害で壊滅的な被害を受けたと聞いて、心配していました。切串のこの一軒は大丈夫だと。その久保農園は港から歩いて行ける距離にありました。

500円の入場料で食べ放題。持ち帰りは1キロ250円で。

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お昼が食べられなくなると心配しながら、それでも採れれたてのミカンをたらふく頂いて、そこから「ひらの」へ。私は四回目です。ミカン狩りは10人。ひらのでの食事会は15人も。

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これは、乾杯直後。机には、ヒラメの姿づくりが。

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そして。次々と沢山のお料理が。カキフライ、アナゴの天ぷら、江田島ミカンのカニサラダ、タイのかぶと煮。

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ヒラメの骨が菊の花と共に、ぱりぱりになって出てきました。飲む人は飲む、飲む。ビール、冷酒、熱燗、焼酎、私は梅酒。刺身の盛り合わせは写真撮り忘れです。

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ごはんは、牡蠣丼、海鮮巻。

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これで、アルコールを飲んだ人は3000円、ウーロン茶の人は2500円。安い!!

帰りは、すっかり夕暮れです。船から、あーあ、楽しかったのも終わったなあと。

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宇品に帰り着きました。コーディネートして下さった山下さん、ありがとうございました。今度は2月に牡蠣を食べる会をすると言って下さって。楽しみにしますね。

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障がい児の性教育の実践

少し前のことになります。いつか皆さんにお話をと思っていて、すっかり遅くなりました。手をつなぐ育成会で「障がいのある人の性」のお話をして帰りに多田直子さんから修学旅行で広島に来ているという連絡が入りました。何かの因縁を感じ、直ぐに用意をしてお話しに行きました。

生徒たちは青少年センターの地下で被爆者の証言を聞いていました。多田さんは、ちっとも変わらずかわいくてお元気で。

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というのも、障がいのある人の性の話をする時に、障がいのある人の性教育について、私のスライド原稿のプリントの他に、私自身が勉強した参考図書の表紙のプリント、それから友人の性教育仲間の実践のプリント、さらに七生養護学校で性教育を受けた軽度の障がいのある生徒の感想文等をプリントして配布して頂きました。その中の実践のプリントが多田直子さんの実践だったのですね。

多田さんには、皆さんにお配りした資料全てをもって行きました。そして、使わせて頂いているとお話をして、事後承諾をいただき、さらにうれしいと言って頂きました。なかなか、こうして系統立てて性教育を実践している特別支援クラスや学校はないのです。すごい実践であり、とても参考になると思います。その一部を。

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他にも、多田さんが丁寧に作って保護者に配布する保健だよりの何枚かもお配りさせて頂きました。障がい児の性教育に迷っていらっしゃる方々の参考になれば幸いです。


その日、多田さんとお会いした後、急ぎ映画館に向かい、映画「1987ある闘いの真実」を見ました。もう、ものすごい映画で。「タクシー運転手」と共に、韓国の民主化闘争を描く映画、深く私の胸に残りました。韓国の人々の今に至る政治活動、不正を許さない熱意等、かつては日本でもあったあの情熱は、今、どこに行ったのだろうと。もう広島では上映は終わってしまったけれど、またいつか再上映されることを期待して。その時には、もう一度、見に行きます。今更ですが、予告変を。



今日は楽しみにしていたミカン狩りです。そろそろ出発します。

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尾関山公園の紅葉

三次市十日市中学から少し時間がありそうだったので、尾関山公園に行きました。尾関山は、もう、ずっとずっと前、わあ、数えと見ると、もう50年前になります。学生時代に桜を見に行ったことがあって、それ以来です。

少し迷って駐車場に車を止め、ここを通って、山の登り口に行きます。もう、ここから美しくて。

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あら、登り口にお団子やさん。私は二時間近くしゃべってとてもおなかがすいておりました。串がとがっているから気を付けてと、優しいお兄さんでした。白いお団子にクルミのたれをしっかりつけて、持ちやすいようにと袋に入れてくれました。花より団子、いえ、もみじも団子も両方大事。食べながら山道を登りました。香ばしくてとても美味。

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もう、燃え立つような赤、少しパステルカラーの優しいグラデーション,色々な紅葉と緑の対比。本当に美しくて。三次の先生たちは、今年はもう少し色が、とか、もうちょっと経ったらきれいになるのだけれど、などと色々と教えて下さいましたが、これ以上望んだらバチが当たりそう。

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ブランコや滑り台がある公園の横を通って。

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曇ってて、青空でないのが少し残念。昇る途中からの景色です。

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一番上の展望台にも登りました。

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ほっとするひと時を持つことができました。尾関山、平日の夕方でほとんど人はいませんでしたが、多分、この週末はにぎわうことでしょう。


下に降りたら、もうお団子のお兄さんはいらっしゃいませんでした。ありがとう、美味しかったよと言いたかったのですが。


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車に戻る時には、すっかり夕暮れです。夜には、産婦人科医会の研修、「妊娠高血圧症候群」について。高速道を急ぎました。三次の皆さん、ありがとうございました。次回の三次は、布野中で12月。すっかり冬でしょうね。


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三次市十日市中学校で。

昨日は、三次市の十日市中学校の三年生130人に話しに行きました。三次市では、教育委員会の文化と学びの課が、毎年中学二校に私を派遣して下さいます。

行く途中の山は紅葉の真っ盛りで美しくて、とても幸せな気分で運転できました。

十日市中学は、三次市の真ん中にある学校です。生徒たちはとっても良く聞いてくれました。

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性教育に反対している大人たちは誤解していると思いますが、今、若者たちは主にスマホなどを通じて、ものすごい性情報を得ています。それも、きわめてまともでない情報を。その彼ら、彼女たちに真正面からちゃんと伝えないと、大変な世の中になってしまうと思います。いえ、すでになっているかも。何よりも知らないままに行動をとってしまう彼ら彼女らがかわいそうでもあります。今回は、緊急避妊やLGBT等についても、しっかり話すことができました。彼らの健やかな成長を祈ります。

話が済んで校長室のソファに座ると、こんなタオルが。

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サッカー部が県大会で優勝したと。すごい。さらにびっくりしたのは、こんな新聞を見せてもらった時です。

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すごーい。将棋で全国制覇。二年連続の優勝ですって。しかもこの三人のメンバーのただ一人の三年生の熊谷君は、サッカー部でもあるのだと。すごいすごい。中学校に行くと、こんな楽しい話が聴けてうれしいことです。

それに、続いて嬉しいことが。20年前に患者さんで手術をした方が訪ねて来て下さいました。手術後に生まれた赤ちゃんがもう19歳の大学生になっていると。ご本人は、被爆二世の平和活動をしていて、今年の夏のNHKの番組にも出演されました。三次市在住ですが、広島市の平和公園のガイドもしていると。頑張っている人はどこにもいるなあと。とてもうれしくって。

そして、学校を辞して、尾関山に行きましたよ。素晴らしい紅葉を見ることができました。また続きますね。



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全国シェルターシンポジウム⑤食べた物など

この度のシェルターシンポジウム初日は、午前11時から午後5時までほとんど休憩なしでするので、お昼ご飯を済ませて参加するようにとの通知がありました。千歳空港から電車で札幌駅に行き、以前食べたスープカレーを食べたいと探しましたが見つからず。ふと見た小さなラーメン屋さんに入りました。

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普通の味噌ラーメンです。これが大正解。もう、美味しくて。広島で北海道展があるたびにラーメンを食べますが、はずれが多くて。でも、本っとにこれがおいしかったので、絶対にまた食べて帰るぞと思ったのですが。見かけは濃いですが、そんなに味は濃くなく、まろやかでした。

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一日目の後の懇親会。とてもごちそうでした。それに、ご一緒したテーブルで、サバイバーの方の壮絶で、今の活動に至るすごいお話を伺ったりして、またまた感動。世の中はすごい人たちがいっぱいなのだと。お話して下さった方、ありがとうございました。ごちそうは、沢山写真を撮ったけど、一部だけ。

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泊まったホテルは、新しく気持ちがいい、それに大浴場もあって良かった!と思ったのですが。朝ごはんはホテルの下にある「やよい軒」でと。なんと、いくつかの定食から選ぶようにと。仕方なくですが、唐揚げ定食。うーん。広島から行った方たちのホテルでは朝ごはんはバイキングで海鮮丼を食べていると聞いて、うらやましい。朝からから揚げはきつくて、一個食べただけ。その後すぐにタクシーで二条市場に行ったら、そこには海鮮丼のお店が一杯あって、ああ、失敗。朝ごはんはなしにして、ここに来ればよかったと。市場は外国からのお客さんがたくさん。その場で貝や牡蠣を調理してもらって食べていましたよ。北海道の牡蠣はまるでミルクなので、食べたいなあと思うも・・。ここでは、メロンなどのお土産を買いました。

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二日目のお昼、お弁当を頼んでいましたが、それは夜家で食べることにして、岡山の市場さんたちのグループに入れて頂いて、会場のすぐ近くにある旅館中村屋で皆さんと一緒に頂きました。

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札幌をはじめ、皆さん、全国で活躍している素敵な方たちばかり。市場さんの人徳でしょう。短い時間で大急ぎですが、皆さんの活躍を聞かせて頂きました。中でも、DVの加害者プログラムを実践なさっている方のお話がとても興味深くて。まだまだ私たちのこれからの課題だなあと思いました。ワンストップセンターだけでなく、私の診療の場でも、気がかりな方がいるので・・。

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素敵な方たちとのひと時。市場さん、皆様、本当にありがとうございました。

そして、その時に聞いた話。よつばバターの会社のしているパフェがとてもおいしかったと。札幌駅の地下にあるのだと。よしっ。帰りは味噌ラーメンでなく、それだ。パフェ、パフェ。探しました。何人にも尋ねながら、やっとたどり着いたそこは大変な行列でした。飛行機の時間を逆算しながら、待つ!と決めて、並びました。ひとしきり待って、狭いお店のカウンターで、頂きましたよ。沢山の魅力的なメニューから迷った挙句、広島で食べられないもの、「白いパフェ」です。

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ふふっ。満足満足。これで心おきなく帰れたのだけれど、もう一つ。家での晩御飯用に空港でこれを二つ買って帰りました。 朝のリベンジです。

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帰りの飛行機は、北仲先生とご一緒でした。広島まで私の車に乗って頂きました。理事長として、大変なご苦労をされたこともお伺いしました。外国のお客様のエージェントも。本当にご苦労様、お疲れ様でした。素晴らしい会をありがとうございました。

私は今日は三次市で中学生にお話します。

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全国シェルターシンポジウム④と私たちは買われた展

高齢者のDVの分科会では、全体会のシンポジウムで話して下さったシンガポールのハムザ アブダル ムタリブさんが、自分たちが取り組んできたことの報告をして下さいました。

何よりも、虐待を開けた多くの高齢者は、自分は価値がないと思いこんでいます。その彼女たちに自尊心を取り戻してもらうこと。そして、自分がどうしたいのかを明確にしてもらう事などの支援をします。

離婚であったり、和解であったりそれぞれですが。ケースレポートでびっくりしたことがありました。

65歳の方が夫からの性的虐待で、病院から「Family Violence SpecIalist Center」に報告があったと。

、彼らのシェルターにいる間に、彼女とも彼とも話をしたと。夫婦間の支配関係があり、それを是正するために、彼女のエンパワメント、力をつける様にしたと。ケーキやクッキーを作るプロジェクトで働いて、お金を得ることができるようになって、自信を取り戻していったと。


私は、産婦人科医なので、このような高齢の方の性的なトラブルは沢山見て来ています。高齢者の離婚は性的な理由が隠れていると言われています。妻が、性的には全くその意欲もなく、痛いし、したくない、でも夫に迫られると。

しかし日本では、なかかな夫婦間の性的なDVは暴力としては対応されたり、取り上げられません。


それが、シンガポールでは医師が通報すると。これにびっくりしたのですね。で、質問をしました。

答えがまた素晴らしかったです。


実は、シンガポールの法律でも、夫婦間の性的なことは免責されるのだそうです。それは、今、やはりよくないのではないかと、論議されていると。それに対して、変えるなという反対の声を出す人達もいると。イスラムの法では、性的な暴力は離婚の理由になるのだそうですが。


そして、性的な暴力をする人は何らかの暴力もする物ですと。診察をした医師は、暴力を感じたら、それはソーシャルワーカーに報告してもいいことになっているのだと。


うーん、日本だったら、少しでも苦痛を緩和するために女性ホルモンやぜりーがあるよとかの方に向かってしまいます。あなたも、セックスをしたいのであれば、こんな方法があるけれど、でもしたくないのなら、無理に応じることはないよ、と言います。でも、家庭内での立場の問題や、経済的なこと等、いろいろと大変なのですね。

やはり日本はまだまだだと思いました。

まだ札幌でのご報告、とくに食べたもの、美味しい味噌ラーメンとか、パフェとかのことがあるのですが、明日にして。

昨日、私たちは買われた展にやっと行きました。滋賀での展示と全然違って、ますます進化していました。壮絶。少女たちの性的虐待、これはなんといっても大人の問題です。あまりにひどい。胸が痛みます。日本って、こんな社会なんだと改めて情けないし、怒らなければと思いました。全ての人が見るべきです。もう広島の展は終わってしまいましたが、まだ他の地域で次々と行われますので、ぜひ。

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