中三同士の妊娠・中学校校長会の機関誌から③

20年前の中学校長会の機関誌から。続きます。今日で終わります。

 では、それぞれの避妊法と妊娠率はどうであるか、図2に示す。性は本来生殖行為。たった一回だって妊娠する物であるとしっかりと教えるべきである。

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(4) 若い女性の妊娠は、結果的には人工中絶となりがちであるが、「産みたい」と言い張る方が圧倒的である。子どもを産み育てるということは、決してファンタジーの世界ではなく、経済的なことも含めて、厳しい現実であるということをわからせなければならない。また、人工中絶は殺人であると脅す教育は決してしないでいただきたい。産んでも育てられない妊娠してしまった女性のやむを得ずの救済策であると捉えている。

(5) 体を教えるべき。男性も女性も男性のからだと女性のからだ双方をきちんと知る、これがすべての基本である。彼女、彼らは驚くほど体を知らない。体の大切さ、命の尊厳、その神秘性など、体を知らなければ理解できないことである。

(6) いつの時点で教えるか?今は中学生であっても、いつかはみんな性実行するようになる。その時のためにも、義務教育の段階で、避妊や性感染症の予防まで含めた教育をぜひ行っていただきたい。高校で、となると、高校に行かない子、中退する子はきちんと学ばないまま、性を実行するようになる。知らないまま実行することの悲しさを、当方は嫌というほど見てきているから。

 転載は以上です。前半の、中絶を決意するに至った事情については省きましたが、彼女が産みたいと言い、彼の側が中絶をという、よくあることではあります。私はこの二人のことをしっかりと覚えています。彼女は成績がとてもよく、教師になりたいという希望を持っていました。あれから二十年。彼女は無事教師になったでしょうか。きっと、もうすっかりベテランの熱心な教師でしょうね。つらい経験を乗り越えてこその。

 今日は、「からだ・私たち自身」出版から30年あまり、「私のからだは『私たち自身』のものになったか―ー30年後の検証」のイベントがありました。やっと無事終えました。ちょっとストレスになっていたので、今、ホッとしています。

 あの本の出版に関わった私たちと、若い人達とのディスカッション。私はスライドを準備しました。性教育バッシングの二つの動画も見て頂きました。昔、「優生保護法から経済的条項が削除されようとしたとき」の、あの危機感を持ってその反対運動をしたことなども少し話が出来ました。私、政治をちゃんと見るようにと言いましたが、でも、やはり話し不足です。政治を見るということは、人権感覚を研ぎ澄まして。例えば、伊藤詩織さんへの何か支援の行動をしたか、子どもの甲状腺がんの発症も含めて、福島の原発被害者についてはどうなのか、核兵器禁止条約をどう思う?などなども含めて、広く政治を見てほしいと思うのです。「体・私たち自身」の監修をして下さった藤枝澪子先生は、女性学やジェンダーの研修者でしたが、同時にべ兵連の活動家でもあり、反戦脱走米兵の援助の活動もなさっていました。世界を広く見てこその性教育であり、ジェンダーへの視点をしっかり持つことができると、そう思います。そんなこと全然話せなかったので。



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中三同士の妊娠・中学校長会の機関誌から②

昨日に続いて、20年前の中学校長会の機関誌に私が書いた中学三年生同士の妊娠について転載します。

「先生、お願いがあります。」
「先生、お願いだから超音波で赤ちゃんを見せて」
「うーん、見る?見るとつらいよ。」
「わかってます。つらくても、最後にもう一度赤ちゃんを見ておきたいから。だから、お願い、先生。」
必死で頼む姿に動かされて超音波で赤ちゃんの姿を映した。
「先生、写真を撮って。」
「先生、心臓の音を聞かせて。」
彼女は写真を握りしめてとんとんという胎児の心音を聞きながら、
「ごめんね、ごめんね」
と涙をいっぱい流して胎児によびかけた。そして
「先生ありがとうございました。もう大丈夫です。」
ときちんとあいさつをして、入院のために部屋を出て行った。

 ずいぶんといろいろな例に接してきた私も、さすがに胸が痛んだ。

 長々と語ったこの例から、たくさんのことが見えてくる。

(1)  性交年齢の低年齢化が言われて久しい。しかし、常に若年者の性行動は、一部の家庭的に問題のある子の非行と捉えて論議されている。が、現場では家庭的にもしっかりし、成績もよく、これまで何の問題もなくすくすくと育った子の妊娠が増えている。非行と捉えたのでは、問題が見えなくなる。また、そのような子ほど一人で抱え込んで受診が遅れがちである。来た時にはすでに中絶不可能、やむを得ず出産、養子縁組の手配をする例も少数ではない。

(2) あふれるほどの情報の中で、一見、若者たち自身も多くのことを知っているかのように思っている。が、その実、全く無知である。性というのは、無知であっても間違った知識を持っていても行動は取れる。知らなければ行動しないであろうというのは、間違いである。無知のままで行動をとるとその結果がどのようなことになるか、目に見えている。もっと我々はまともな情報を真正面から与えるべきだと思う。

(3) どこがどう無知か。何より性交と妊娠が結びついていない。その結果、避妊があまりにいい加減となっている。図1に当院における開業以来十年間の十代の受診者の内、妊娠が1109。それらの避妊法を示す。

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避妊がいいかげんであると妊娠となるのは当然であるが、ではそれぞれの避妊法と妊娠率はどうであるか、図2に示す。

すみません。続きを明日にします。生のデータが手元にはないので、本を見ながら、キーボードを叩いています。結構労力がかかります・・。

 

 

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中三同士の妊娠・中学校長会の機関誌から①

 クリニックの本だなにあるはずの探し物をしていて、どさっと一塊の本たちを落としてしまいました。一冊ずつ元の本だなに戻しながら、ふと、これは何だ?と思ったのです。20年前の発行の全日本中学校長会の機関誌の様です。中を見ると、性教育特集がしてあり、私も書いていました。「産婦人科医療の現場から教育現場に望むこと」。ここに書いたことはすっかり忘れていましたが、この少女と彼のことはしっかり覚えています。読み返してみて、20年前と今はまったく変わらないし。今もこのまま通じると思いました。特に、男子生徒に私が言ったこと。今、ここに転載したいと思います。

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事例については、転載することはしません。が、中三同士の妊娠。彼女は学年で成績が一番。生徒会活動を頑張っています。彼はあるスポーツが優れていて、県代表にもなってそのスポーツで高校に推薦入学することがほぼ決まっていました。産んで育てたいと必死に訴える彼女。彼女の側の親も何とかならないかといろいろと考えても、男性側は中絶をと強く望んでいました。どうにもならず、結局中絶することを選択せざるを得ませんでした。長時間話し合った挙句です。そう決めた後。私は、彼を呼び話しかけました。以下、私が書いているのを転載します。

「あなたは、彼女のことをとても好きになって、そしてセックスしたのだろうけれど、あなたは何より知識不足、力不足だったと思うよ。まずあなたに本当に知識と力があったなら、彼女妊娠させはしなかった。ちゃんと避妊が出来たはず。それがいいかげんで、結果、彼女妊娠させてしまったね。それが第一点。

 それから、もしあなたに知識と力があったなら、彼女ここまで放っておかなかった。彼女がおかしい、生理がない、妊娠したんじゃないかとあなたに言ったとき、あなたはだれか大人に相談するなり、彼女の手引っ張って産婦人科に連れて行くなり、何らかの行動をとらなければならなかった。それを何にもしないで、ここまで放っておいた。これが第二点。

 何より彼女が赤ちゃんを産みたいと言っても、あなたは引き受けることが出来なかったね。僕は中学を卒業したら働くから、二人で頑張ってその子を育てよう、と言ってあげられなかった。申し訳ないけど、その子はおろして欲しいとしか言えなかったね。これが力不足第三点。

 それから、こうして彼女は泣きながら中絶すると決心しているけど、じゃあそのお金は?中絶と言ってももうギリギリだから、彼女は四日間も入院しなきゃいけないし、お金も三十四万円もかかる。それは中学生のあなたにはとても出すことはできない。親に頼むしかないでしょう。お金すら用意できない。これが第四点。

 要するに、あなたは何にもできない。何もないのに事態はここまで来てしまっている。そういうことだね。あなたはセックスをする資格がなかったということだと思うよ。それをちゃんと自覚しなさい。厳しいことを言うようだけど、これを自覚してくれないとあなたはまたやってしまうかもしれないからね。おそらくあなたはちゃんと高校生になるだろうけど、また彼女を、または他の女性を妊娠させて、そして申し訳ないけどおろして欲しい、なんてことは、絶対に繰り返して欲しくないからね。だから、これだけのことを言っておくよ。」

事態は急を要する。入院の準備のために彼女だけ部屋に残ってもらっていると、彼女が言った。

「先生、お願いがあります。」

まだ長いので、二・三回のシリーズになりそうです。明日に続きます。

 

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「ドライブ・マイ・カー」のベンチ

映画「ドライブ・マイ・カー」のシーンで、室外の公園で演劇の練習をする所がありました。紅葉の中でとても素敵でした。そこには円形のベンチがあって。まるで小さな劇場のような・・。そこで練習をするということをよく気づいたことと思いました。それにしてもここはどこ?みんなが台本と椅子を持ってそこに移動していたので、設定としては平和公園だけど。知らないなあ。私、平和公園のすぐそばに住んで40年あまり。平和公園を通って通勤し始めて31年。結構公園のことは隅々まで知っていると思ってたけれど・・。こんな素敵なベンチがある所、どこ?と思ってたら。フェイスブックの友人の高山さんが教えて下さいました。国際会議場の北側って。

教えてもらったその夜、行ってみました。研修があって遅くなったのですが。夜10時。寒いし、真っ暗だし、人はコロナのまん延防止になって全然いないし。なんかちょっと怖いし。でも、好奇心のほうがすぐっていましたよ。自転車で国際会議場の裏をくねくね。ありました。そこにはちゃんと街灯が会ってベンチを照らしていました。だから、スマホで普通に撮影できました。素敵な所。



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映画では、バックの建物がレンガのように赤く見えたのは、きっと紅葉のせいなのでしょう。ここで、演技の真似事でもしたくなりましたよ。

そして。広島ロケでも強烈だったゴミ処理場。その後ろの海辺、これはすぐ行けます。うちからバス通りをまっすぐ吉島に迎えばいいのです。

だけど究極の海辺の家、家福の住まいとされた家はどこだろう?映画の中では広島市内から一時間のところとされていたけれど、実際は大崎下島?これは探せませんね。でも広い窓一面海。すごい家ですね。本当にどこもよく探したね、と思います。

と言って、場所を見た所でどうってことないけれど。私は、韓国ドラマにはまっていた時、冬のソナタのロケ地巡りもあちこち行ったし、チャングムも、それからイ・ビョンホンのオールインの済州島も、いろいろと行って、思いを巡らせたものです。ドライブ・マイ・カーは、久々にロケ地に行ってみたい気持ちになりました。まあ広島だからですが。まだ頭の中に映画が住み着いています。

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新型コロナワクチン三回目について。

新型コロナの猛威は、とどまる所を知りません。オミクロンは、重症化しないと言って、軽く見ている方がありますが、罹患した人の中で、とてもつらい思いする人も多くて、甘く見てはいけないと思っています。今日、検査の予約をしていた方が、「コロナにかかったので行かれません」と電話がありました。声はがとても辛そうで。こちらは大丈夫。又元気になってから検査しましょう。でも、それでどうなの?と尋ねると、「熱が40度が三日続いている。」と。それでも入院できず、自宅療養なのだそうです。広島はとても患者さんが多いので、入院どころかホテル療養もできなくってと。

やっと、ワクチンの三回目が始められます。これまでは大きな病院の医療者に接種されていましたが、広島では昨日から私たち一般のクリニックの従業員にも接種券が届き始めました。

そこで私のクリニックでも、1月28日から、三回目の接種を始めます。それに加えてこれまでうたなかった方、これから一回目、二回目という方も受け付けます。やはり若い人でうってない方が次々と電話をかけて来られます。ここに来て不安になられたのでしょうか。すでに、7名の一回目の方の予約を入れました。特に妊婦さん。妊娠すると免疫が落ちるので、重症化することが多いとされています。当方妊婦さんの枠もありますので、どうぞ、まだうっていない方でうちたいと思われるなら、ご連絡くださいね。

三回目の方、徐々に接種券が配布されますので(今はまだ医療者と高齢の方ですが)、三回目の接種券が届いたら、当方で打とうと思われる方、早めにご連絡ください。というのも、こんなのが来ました。広島市のデータです。国から示された、4月分までのワクチンの供給量です。4月分までのと言っても今のところ3月分で尽きてしまうほどの供給しかありません。不足分は別途供給される予定とはありますが、ではなぜこんな不安になるものを配布されるのでしょう?と思います。それもこれまでの供給は、モデルナが約半分です。一回目二回目に個別の医療機関でうったのは、圧倒的にファイザーなのですが、足らないのなら、モデルナを打つしかなくなることもあり得ますね。


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こんなのも。ずいぶんモデルナの宣伝をしているような・・・。

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私は、集団接種で多くの方にモデルナを接種した経験がありますが、一バイアルで10人分。今回は一人につき半分の量で、一バイアルから20人分を接種すると。そうなるとあの小さい口に20回注射針を刺さなければなりません。当方のナース、集団接種の経験のあるナースですが、とてもその自信はないと言います。公的機関がする集団接種なら専門の薬剤師さんがバイアルから注射器に採取されるのでしょうが・・。

でも、当方も、ファイザーがないとなると、モデルナをうつことにならざるを得ないかもしれません。

 どちらにしても、三回目を打つと、また落ちていた免疫力がドンと上がるそうですので、うったほうがいいですね。一体いつになったら落ち着くのかと、本当に暗い気持ちらになりますが、でも、世界中の医療者が総力を挙げて取り組んでいますので、いつかはきっと・・と思います。


 

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映画「ドライブ・マイ・カー」を見ました。

昨日、映画「ドライブ・マイカー」を見ました。私が予約した時にはまだたくさん席が空いていたのに、行った時には満席でした。予約していて、いい席で見れて良かったです。

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始まる前に席で遅い昼ごはん。

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で、見た感想です。カンヌ映画祭やつい最近ゴールデングローブ賞を受賞したということ、広島でロケがされたとこと、妻を亡くした男が広島で女性ドライバーに出会い、妻のことを偲んでいく、いうことくらいしか事前の知識がなかったのですが、始まると、いきなりの濃厚なラブシーンにびっくり。こんな映画だったのだと、少し気合を入れて。

 ほんとうに久々に魂を揺さぶられるような映画を見た!!と、感動しましたよ。

 妻を愛している男が、妻の他の男とのセックスを目撃し、自分が知っていることを妻に知らせることもせず。妻は亡くなってしまい・・。なのですが、本題だけでなく、例えば脚本家の妻が語るストーリーの面白さ(それはどうなったの?と、知りたくなって、それもちゃんと徐々に暴露されるのだけれど)、ドライバーの女性のこれまで生きてきた変遷の重さ、さらには劇中劇のベケットの「ゴドー待ちながら」やチェホフの「ワーニャ伯父さん」など(それも手話も含めた国際言語で上演!ですよ)に彼自身を重ねる手法、他にもいろいろとアッと思わせること盛沢山で。3時間という長い映画ですが、次々と期待をさせ、だから飽きもせず、終わってみると、大変に重厚でズシリと胸に抱え込みました。一日たった今、この映画が頭を占めていて、これはもう一度見ないといけないなあと思っています。

始めは、釜山で撮影される予定だったのが、コロナで困難となり、広島に変更したのだそうです。それでも十分に瀬戸内の美しい景色や、私も知らなかった場所がふんだんに出てきて、ちょっと驚きました。映画にとっては、広島で良かったのでは?と思いましたね。これらはロケハンの人たちが頑張ったのでしょうね。北海道の美しい雪景色も。最後の韓国の景色も美しく、ううん?これはどういうこと?とちょっとミステリー気味に創造力を駆り立てて。

見事な映画でした。ラブシーンも、こんなに美しく濃厚なシーンは本当に初めてかな?。それも日本映画で。さらに、「ワーニャ伯父さん」の舞台の最後のセリフを手話でしっかり語らせた所、言葉が胸にしみました。

パンフレットを少し載せておきます。

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ぜひ、時間があれば見られます様に。おすすめの映画です。

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広島市への書類の提出終了で「ほっ」

昨日、広島市に沢山の書類を提出しました。今ほっとしています。

1、現在進行中の特別養子縁組の方たちの書類

報告書1、2、4、養親の申し込みと同意書、その方たちの履歴書、戸籍謄本、住民票、児相による里親研修終了証、住まいの平面図、申込書には本人の収入や資産なども含まれます、赤ちゃんの実母の申し込み書(その理由も含みます)、同意書、戸籍謄本、住民票、新しくできた実母と赤ちゃんの戸籍謄本、赤ちゃんと養親夫妻の住民票(赤ちゃんは同居人として住民票に記載されます)。報告書はそれぞれの進行状況を示すものです。これは必須ではありませんが、状況を説明するために裁判所に提出したのと同じ上申書、等々。

2、特別養子縁組あっせん事業者の第三者評価の報告書(昨年ほぼ一年かけて作った、自己評価ブラス第三者評価会社による評価です。)

44項目について、詳細に審査、評価が述べられました。個別の項目は省いて、総評はこうでした。近いうちすべての評価を公にいたします。

<特に評価が高い点>

【生みの親支援】
生みの親、生まれてくる命を大切にした支援の提供に努められています。産婦人科医として直面する様々な事情を持った妊婦さんを大切に
し、母体と生まれてくる命にとって、最善の利益となるようカウンセリングを行い、どちらも大切にしていく取組から、養子縁組あっせんによって命を大切にする取組に結びつけられています。
【養親希望者への支援】
養親希望者には、申込に至る前に、面談の上、養子縁組に対する考え方や養子を必要とする想いを確認し、養親としての適性を見極めた
上で、申込に至っています。養親希望者への研修は、家庭訪問と共に、養親希望者宅で実施し、養育環境の確認、実際に養育する場で研
修することによる課題や適切な養育方法の検討も行われています。研修には、事例を基にしたパワーポイントのスライドを用い、文章だけで
は伝わりにくい内容を、わかりやすく伝える工夫がなされています。
【行政や関係機関との連携】
県や市の母親を支える諸事業に参画されており、緊急対応も含め、行政や児童相談所、社会的養護関係施設との密接な連携による、地域
福祉の推進に取り組まれています。

<改善が求められる点>

理事長個人で活動されており、現状実務上の不具合は生じていませんが、帳簿や記録の継承を踏まえた、様式や記録の整備拡充が望まれます。

<その他>

民間養子縁組あっせん機関第三者評価は、民間養子縁組あっせん機関を相互に比較した相対評価ではありません。 厚生労働省により示される評価項目と評価の方法に従い、かつ、各あっせん機関が置かれた地域の地域事情や経年的な実践状況を踏ま
え、許可権者である都道府県(指定都市を含む)へ許可申請時に提出され認められた業務方法書を含む申請内容を尊重した上で、実施判
定しています。


3、医療法人河野産婦人科クリニックの定款に「特別養子縁組あっせん事業」を加える、事業所としての医療法人の謄本の変更。これは税理士さんには広島市との交渉に大奮闘して戴きました。なんとも大変なことでしたが、やっと新しい謄本を提出できました。

提出する時、担当の方から「ブログを読みました。いろいとすみませんでした。」と言われました。先日の、出生届の提出のトラブルについてです。「年内にできたのですね。ああ、ギリギリでしたね。」と。松江の養親の住民票に赤ちゃんがはいったのが、12月27日でしたので。ここの担当の方の責任ではありませんので。

 これらの書類の提出が、長い間ストレスとなっていましたが、やっと終了。本当に心からほっとしたのです。だから今日は診療後マッサージに行きました。ポイントカードを見ると、この前マッサージに行ったのは、11月25日、50日余りぶりでした。ガチガチのからだをほぐして下さいました。

 明日は映画に行きます。本来は、西区区民文化センターでの「私はチョソンサラムです」の上映とトークイベントに行くつもりだったのですが、コロナのまん延防止のために延期となったということでがっかり。代わりに、ここに。座席の予約が取れました。

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束の間の「ほっ」です。来週からまた忙しくなります。


 

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30年前の北海道で②

今は閉校になってしまった北海道共和高校。そこでの30年前の講演の話が、当時の先生のフェイスブックで語られました。そのフェイスブックに掲載された当時の先生作の学級新聞を拡大してみると、1991.10.20.の日付、そこに「今日はいよいよ河野美代子先生の講演の日を迎え」となっています。

私は、講演のスケジュールが記録されたノートを探してみました。1991年の最初にその年に行った講演の一覧がありました。当時事務をしてくれていた妹の字です。まだパソコンもない時代です。

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これの10月20日に確かに北海道、朝日と書いてあります。でも、校名はないのです。別に朝日新聞からの手紙があったはずですが、それはこのノートには残されていません。そのノートのスケジュールのところを見ると、こんなのがありました。

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この右下を見ると、確かに。日帰りで北海道に行っています。朝7時45分の飛行機で羽田へ。そこから乗り換えて札幌へ。朝7時45分の飛行機だと、朝6時頃に家を出て、車を飛ばして飛行場に向かっていたはずです。◎をして、ついたらすぐにはじめられるように1:00~3:00と。帰りは同じルートでは帰られず、羽田から大阪に飛び新大阪から新幹線で広島に帰っています。広島駅着22:06と書いてあります。こんな時は、車を飛行場に置きっぱなしで、翌日はいつも通りの診療を終えて、リムジンバスで飛行場まで車を取りに行ったはずです。当時はこんなことがよくありました。かなり過酷なスケジュールです。

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さらに、ノートを見ていてふと気づいたことがあります。20日は日曜日なのですね。日曜日に高校生に話しに行ったの?きっとその日しかもうスケジュールがなくって、高校の方で無理をして日曜登校にされたのでしょう。学級通信の右下にこんなのがありました。月曜日は振替休日と。学校もかなり無理して下さったのですね。

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ノートの初めの一覧を見ると、9月12日にも、北海道、苫小牧に行っています。そして、北海道共和高校の4日後の10月24日には、九州久留米に。まあまあ、木、日は東京、鳥取、埼玉、浜田、東京、苫小牧、福井、出雲、福井、等々。あちこち駆け回っています。広島の時は、午前午後と二校に行ったり。若かったのでしょうね。

このようなのを何年も続けて、でもね、世の中、ちっとも変わらないのよ。いえ、性教育に関しては、ますます後退してしまっています。私の努力なんぞ何にも変える力はないということなのでしょう。30年経っても。それはやはり政治なのですね。権力を持った人が、性教育バッシングなんぞで力を振るって。それに負け続けているということなのでしょう。そういえば、私の「さらば、悲しみの性」の後書きに同じようなことを書いています。さらばは1985年の出版ですので、37年前ですか。変わんないですねえ。

遠く離れたところの高校の、安藤先生、Oosaga先生両先生のおかげで、30年間を振り返るということができました。期せずして、「からだ・私たち自身」の、この30年振り返るというイベントと、本当に一致して、こんなことになりました。ありがとうごさいます。皆様には、よろしければ、フェイスブックのOogasa様の記事のコメント欄も読んで頂けると幸いです。

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30年前の北海道で①

今日は、フェイスブックの友人になって間もない方の記事を転載させていただきます。昔の私についててです。過去のことが続きますが。暮れにアップして戴いていた記事です。北海道の高校の先生です。そもそもは、昨年の12月、他の高校の安藤先生が、広島に修学旅行に来られるとのことでホテルに会いに行きました。安藤先生は、高校の放送部の顧問でいらっして、高校時代演劇部の活動に熱中していた私の興味を多いに引かれていました。そこでコメント書いて、フェイスブックで友達になって頂いていました。短い時間ですが、直接にお会い出来て、お話して、楽しいひと時を過ごしました。その先生へコメントを書いたことで、安藤先生の友達である他の高校の先生が私だと気づかれたそうです。

フェイスブックだと、シェアすれば良いのですが、私のブログを読んでいただく方は、フェイスブックをされない方の方が多いので、こういう手段を取らせていただきます。ご本人にも了解して頂きました。

https://www.facebook.com/mitsuru.oosaga/posts/1770565926476074

2021年の最後の最後に。


今年の投稿を締めくくるにあたって、意外な再会のことを伝えておきたいと思います。Facebook仲間、放送局顧問仲間である、安藤先生の投稿の中に、広島の産婦人科医河野美代子さんのコメントがありました。ひょっとしたら、あの河野美代子先生かと思い失礼ながら、安藤先生の投稿の中でコメントしました。すると、どうでしょう、河野先生でした。

 以下に記す、最後の学級通信の発刊に寄せての中にそのことが書いてあります。二校目に赴任した共和高校(この学校は2018年に閉校してしまいました)での出来事でした。その後の生徒達との関係も含めて彼等には担任としてとってもよいことを残せたと思っています。

 Facebookで友達になり、河野先生のその後のご活躍の様子を散見することが出来て、大変うれしく思います。個人的にはなかなか大変で不本意な年でありましたが、安藤先生との繋がりの中でよもやの河野先生との再会でした。Facebookも色々と問題も多いようですが、先に書いた通信を介した新たな出会いもあったり、僕にとっては大事な窓口です。今年もいよいよ残りわずかとなってきました。午前中に雪かきをして身体もへとへとですが、2022年は皆さんにとって、そして僕にとっては時間講師という形で生徒達との関わりは減りますが、良い年になることをお祈りしています。



 次の赴任先は共和高校でした。農村地帯にある高校なのに生徒達は荒れていました。岩内町から通ってくる不本意入学の生徒達でした。転勤してすぐ学年主任=担任でした。最初は大変でしたが、生徒達とそこそこ仲良くやれるようになりました。

 2学年になってクラスの女子生徒が妊娠しました。ある男子(高校生ではない)との付き合い方が問題でした。このままでは、妊娠するという予兆があって、何度も家庭訪問をして、親にもとくとくと話をしていたにもかかわらず。彼女は学校を辞め、男の子を出産しました。学級のことは上手くやってきたつもりだったのに、何も出来なかった思いがありました。

 そんな時に広尾高校から転勤してきたD先生との出会いがありました。広尾高校も荒れていましたが、学級通信、学年通信などを通して生徒達と一緒に学校作りをしてきた先生でした。広尾高校は野球で甲子園にも出場しました。彼と話をする中で、学級通信の力を感じ、在学中に妊娠し中退するような生徒を二度と出したくない、そんな思いもあり、3年生の担任になったとき、B4版で学級通信を毎日出すことにしました。当時はパソコンはなかったので、ワープロ(といっても君たちには通じないかも、親に聞いてください)で原稿を書き、切り貼りして作りました。裏面には読んで欲しい本をコピーして両面印刷した通信でした。最初に載せた本は、妊娠して学校を去った生徒のことが頭にあって、広島の産婦人科医の河野美代子さんの『さらば、悲しみの性』でした。生徒達は朝のSHRで通信が配れると裏面から熱心に読んでいました。

 そして、一つの奇跡的な出来事がおきました。当時の朝日新聞社には「高校生のための国際セミナー」という企画があり、著名人を高校に呼んで講演するというものでした。もちろん、無料です。それに応募したら、河野さんが講演をしてくれることになりました。僕のクラスの生徒達は驚き、喜び、疑いました。通信に連載されていた本を書いた先生が共和高校に来る。最初は冗談だろと言った生徒もいました。

 講演会の時、彼らは食い入るような目をして熱心に聞き、態度が悪い下級生たちを注意してくれるほどでした。担任の評価も高くなりました。通信の力が発揮されたと思いました。卒業式の日、クラス全員が卒業の喜びで泣きました。その時、一人の生徒の母さんが「『しらんど』(学級通信のタイトル)があったからうちの息子が何とか卒業できました」と話しかけてくれました。僕自身の初めての学級通信。それも毎日。色々なことを考え、悩み、生徒達に投げかけて、二度目の卒業生を送り出すことが出来ました。

 卒業式の後少し経ってから、一通の葉書が来ました。妊娠して学校を退学した生徒からでした。結婚披露宴の招待状でした。嬉しくて涙が出ました。彼女の妊娠が毎日学級通信を出すことにしたきっかけだったからです。披露宴ではかわいい女の子を抱いた素敵なお母さんの姿を見ることが出来ました。

以上引用です。探して見つけて下さった写真もアップしてありました。それも拝借しますね。若い私、今からは考えられないほど細い私も見て下さいませ。

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明日もう一度これについて書かせてくださいませ。

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「からだ・私たち自身」③

「からだ・私たち自身」が日本で翻訳出版された当時、私はまだ土谷病院の勤務医でした。1990年に今のクリニックを開業し、後に医療法人としました。

 本に書かれているHIV・エイズは、まだこの頃は病気が知られ始めた頃でした。その後に大変な事態となって。特に、血友病の方たちへの輸入血液製剤により感染させられた方たち。その多くの方たちが亡くなりました。又、同時に男性同性愛、ゲイの方たちへの差別偏見はすさまじいものでした。女性の感染者へも。まるでふしだらな人がかかるかの様な言われ方でした。

1990年広島エイズダイアル発足。私はその代表を務めました。ずいぶんといろいろなことが会って30年経った今、早くに見つかれば寿命を全うできる感染症となりました。

 今、私は診療の傍ら、バッシングに向かいながらも、性教育の講演にあちこちでかけています。この間、私への誹謗中傷に対して、名誉棄損の裁判も闘いました。人間と性教育研究協議会、いわゆる性教協広島サークルのメンバーたちにいつも教えられ、支えられています。今年夏には、全国セミナーがこの広島で行われます。

 自然な成り行きでしょうか。診療の場では、性同一性障害の方たちの来院も増えてきました。今、100人近くの方たちの治療を行っています。FTM、MTF両方の方たちへの治療です。時々裁判所への診断書を書きます。これは、ものすごいもので、一人の方について原稿用紙50枚ほどになります。小学校入学前の子どもさんの相談も。思春期の子にとっては体が望まない性へと変化するのはとても苦痛です。それにどう対応するか・・。性的マイノリティーの方たちは、30年前よりは大分生きやすくなったとは言え、当事者にとっては、まだ自死率も高く、とてもしんどい社会であります。

 私はまた、NPO「性暴力被害者サポート広島」の理事もしています。当NPOは、今、広島県の「性被害ワンストップセンター」の委託を受けて、様々な職種の多くの女性たちと共に性暴力に向かっています。ここでは、性暴力の被害者に対する日本の法律の情けなさ(明治時代の男たちによって作られた法律がほんの少し変えられただけで、今も大手を振っています。)伊藤詩織さんの事件に見られるように、世間の被害者への目に絶望的になることもあります。

同時に、「にんしんSOS広島」の顧問もしています。ここには、たくさんの妊娠についてや自分のからだについての悩みが寄せられ、アドバイスを求められたり、研修の講師をしたりしています。

 そして、私は「特別養子縁組のあっせん事業者」でもあります。特別養子縁組は、1987年に民法に導入され、この本の出版と同年1988年に斡旋事業ができるようになりました。私はこの法律ができる前の1985年からやむを得ずのあっせんをしています。そして、2018年、法律の改正により、民間のあっせん事業者は届け出制から「許可制」となりました。許可を得るためには、とても厳しい条件が必要です。それらの条件をクリアして許可して頂いていますが、私は赤ちゃんの命でお金が動くのが嫌で、すべてボランティアで行っています。だから、養親の家への家庭訪問等の交通費を含めて、自腹です。広島で生まれた赤ちゃんですが、養親は全国の方たちですので、あちこち動くのに、大分お腹が痛くなってきました。大金が動く他のあっせん事業者の方々への大きな批判を持っていますが、一人の力では、どうにもならないものです。

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直接産婦人科医療と関係はないのですが、私自身被爆二世であることの因縁から、16年前から被爆者や被爆二世の方たちと「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の会を立ち上げ、毎年集会を行っています。ここで知り合った多くの方たちともかけがいない大切な出会いでした。はだしのゲンの中沢啓治さんや、京都大学の小林圭二先生や、ずっこけ三人組の那須正幹さん等すでに亡くなった方もおありです。私自身が被爆二世であることは現実なのですから、これも体が動くかぎり続けるべきことでしょう。

以上のようなことで、自分自身の30年を振り返ってみました。色々だったなあと改めて思います。

いつかすべて引退して、孫の世話でもしながらのんびりできる時が来るだろうか、もしかして死ぬまで働き続けるのでしょうか。そんなのは絶対嫌ですよね。

23日、多くの皆様とお会いできることを楽しみにしています。

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