スライド出来上がりました。どうぞお出で下さいませ。

 昨日と今日の土・日で集中して性教協中国セミナーのスライドを仕上げました。今日の午前3時にでき上がって。でも、ちょっともやもやと悩んでいる所がありました。

 今日の午後は、HIVの日曜検査の当番日。当番をしながら、スライドの手直し。これで、すっきり、出来上がりました!!もう大丈夫です。どうぞ、いらっして下さいませ。

 スライドは動画7つも含めて、114枚。参加の皆さんに配布するのが91枚。写真や個人情報をプリントするのを除いたためです。

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これは、当日するバッシングの動画の写真です。

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ところで、50年分さかのぼって、古い書籍等を探していて、見つけました。すっかり忘れていました。現代のエスプリ。1987年発行。これは、なんと私が編集者となっています。これが、39年も前なのに、そのまま現代に当てはまるのです。

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このころ私が対応していた高校生は、もう今や孫がいたり、更年期だったりします。そして、今時の若いものは‥なんて言っていたりして。

 今、私がこの発表でも少しばかり違和感を持っていることを話しますが、「包括的性教育」とは、以前から私たちが言っている「科学・人権・自立・共生」に根差した性教育そのものだと思っています。だから「これまで
の性教育と違って」なんと言われると、ええっ?と思ってしまうのです。39年前の現代のエスプリに、私が沢山書いている文章の最期の所をちょっとだけここに転載しますね。


  診察室から伝えたいこと


 私の目から見て、現代の若者の性は、決して巷に伝えられているように明るく、カラッと、要領よく、スイスイとなんてものではないと思う。彼らは、やっぱり知らないだ。いい男と、いい女の、いい関係というものを。彼女たちの悲惨な姿というのは、決して診察室の中だけでなく、少女雑誌の「Q&A」などに寄せられるおびただしい数の手紙にもひしめいている。


 私は、彼ら彼女らのこのような今日の姿は、我々大人の責任だと考える。大人たちは、いったい次の世代の子どもたちに、性をちゃんと伝えて来ただろうか。このように大切なことを伝えることもせず、放り出しておいて、そして、若者を責めたりできるものか、と思う。

 今、我々に必要なのは、我々自身が、自分の性を見つめ、性意識を再点検すること。その作業の中から、はじめて若者に伝えられるものが出てくるのではないか。

 考えてみれば、愛のない性やなれ合いの性が蔓延している大人社会よりは、若者の方がはるかに純粋だという気さえする。

 だが、自分の性を、自分の生き方として考えることや、性は人間関係そのものなのだということや、また、性を考えるということは、命を考えるということなのだ、などということを知らないままに性を実行している彼等は、やっぱりかわいそうだと思う。」


 


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山口教授就任祝賀会その2いろいろな出会い

 もう大分以前、私が、裁判を抱えてとても苦しかった時、松山の病院に勤務していた友人が送ってくれた医学雑誌に一つの京都大学の論文が載っていました。関西地方の雑誌で、広島では見られないものです。それを見て、ああ、これで私は救われると思いました。当時の京都大学に連絡を取り、教授から関東の国立大学の教授、やはり関東の私立大学の教授へと話が広がりました。この中のお一人に面会の約束を取り付けて、うかがう日。台風でひどい風。でも、何とか飛行機は飛んでくれました。ジェットコースターに乗っているような猛烈な揺れ、次の便からは東京行きの飛行機は欠航でした。今は亡き教授に会いに行ったことがついこの前のような気がします。これが欠航だったら、もうお忙しい先生の面会もできなくなって、今の私はいないかもしれません。当時の三人の教授には、本当にお世話になりました。おかげで、私は完全な勝訴となりました。

 その京都大学の、今の前の前の教授が今回の山口教授就任祝いに参加されていました。これは、ご挨拶に行かなければ、でも、覚えていらっゃるかなあと思っていると、なんと、乾杯が済むとすぐに、先生がまっすぐに私のいるテーブルに来られ、F先生と短い話をし、そして私の所に来られたのです。そして、お元気ですか?元気で頑張って
いますね、と。もう、恐縮で深くお辞儀をしました。その裁判は、産婦人科会では、ちょっとした評判になった裁判でした。それは苦しかったし、私の頭はあまりに辛くておかしくなりそうでした。その後F先生が今になって、私に話しました。先生は、二億円の価値のある勝訴だったんよ。そう医師会長に言われたんよと。私は、金額よりも私の名誉がかかっている事でしたので。たとえ10万円でも支払えとの判決だったら、それは私の医師人生の終わりを意味したでしょう。そして、F先生は、あの後、京都大学のその教授に呼ばれて、学会で河野先生の裁判の講演をしに行ったんですよと。えっ、そんな講演をしたん?私にとってはびっくりです。そんな大変な裁判でした。お世話になった京都大学の前の前の教授を真ん中に、F先生と三人の記念写真を広島大学の医局長が撮って下さいました。これも私のお宝写真になります。本当にありがとうございました。

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それから、宴も最高潮の時、きらきらのお洋服の足が長くてとてもカッコイイ女性が私のところに来られました。広島大学の医学部の教授を定年退職し、今は理事、副学長です。河野だと確認の上で、40年前に私のお世話になったと。当時、病院に来るとそのまま緊急入院で、「帰れません、トイレにも行ったら行けません。絶対安静です」と。私が怒ったのだそうです。「こんなになるまで働いて」と。切迫早産で、いまにも生まれそうで。そのお子様はお元気ですか?と尋ねると、ハイ、
産婦人科医になりましたと。私は、全く覚えていないことでしたが・・。だって、土谷病院時代は、本当に忙しくて、睡眠もあまり取れず、激務の連続でしたから。

 その後、医局の若い女性ドクターが来られました。いつも患者さんをご紹介下さってありがとうございますと。いえいえ、こちらこそ、いつも断らないで引き受けて下さって、本当に助かっています、ありがとうございますと。そして、なんとそのドクターは私のブログを読んでいるのだそうです。楽しくてと。恐縮していると、「私は、東方神起が好きなのです。で、記事を検索していたら、先生のブログが出てきたのです」と。私が東方神起のコンサートの福岡ドームに一人で行ったとき、九州場所が終わって、お相撲さんが沢山いたことや、帰りのバスや電車が困って、大変苦労して帰ったこと等を書いたのは覚えています。それを読んで、へえーと。以来読者でいて下さっていると。ありがたいことです。

 いろいろな方とのそんなほこほことした出会いがあった、私にも意義のある会となりました。山口先生には、すでに沢山の患者さんのお世話になっていますが、ますますお元気で、患者さんの為と、若いドクターたちの指導にも、頑張って頂きますように。ありがとうございます。


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広島大学産科婦人科学教室同門会・山口建教授就任祝賀会

 昨日の祭日は、広島大学の産科婦人科学教室の同門会総会と山口建教授就任祝賀会でした。リーガロイヤルホテルの会場に行くと、豪華なお花が並んでいるのにびっくり。これはこれは。

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まず総会では、山口教授による教室報告がありました。昨年6月に赴任されて以来、臨床は全く順調に引き継がれていることが分かりました。

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教室の皆さんは少ない人数で大変でしょうが、もっともっと協力しなければと思いました。悪性腫瘍等の紹介はそうなのですが、一開業医にとっては、緊急の困った時に、どんな時、どんな患者さんでも全く文句を言わないで受け入れて下さるのが、なによりありがたいことなのです。

そして、医局長の大森先生の発表がありました。なんと、「歯周病と妊娠高血圧症候群」この二つが関係あるのだそうです。妊娠高血圧症候群は、昔妊娠中毒症と言っていたものですが、歯と関係があるとは。

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まだ会計報告や人事の報告などがあったのちに、会場を移って写真撮影。まだみんなが座る前に、私のスマホでパチリです。この後スタッフや来賓の方などが入ってこられます。二百人もの人が一枚に入るのですね。昔は、分かれて撮っていましたが。

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そして、いよいよ山口教授の就任祝賀会です。これまで広島大学の産科婦人科学教室は、ずっと教室から教授が選ばれていました。が、今回、ほんとうに初めて他の大学から赴任されました。ので、このような祝賀会は、本当にみんなにとって初めてなのです。同門の役員の先生方、教室員のみなさんも大変だったことでしょう。

みんなが座って準備ができてから、後ろの扉が開いて、山口先生と奥様が入ってこられます。結婚式みたい。先生は、奥様をいたわられながら。檀に上がられる時も下りられる時も奥様の手を取って。

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この後、同門会長の開会の辞、広島大学学長、病院長、医学部長、京都大学の婦人科学産科学教授の祝辞、そしてご夫妻への花束贈呈と続きます。

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これからの教室運営についての意気込みが語られましたが、私は、少しやせられたのではないかと心配でした。そして、みんなに配られた袋の中に入っているお土産について、卓上の名刺入れだと。ぜひ教室のみんなも名刺を作って多くの人に配りなさいと。名刺入れの模様は、富士山と桜ともう一つ何かをいわれたのですが、よく分かりませんでした。どれが当たるかは分かりませんと。私、なんか赤い富士山と桜と両方でしたよ。山中塗りの美しいのです。

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そして、やっと工藤前教授の音頭による乾杯、食事でした。

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実は、この会でいろいろな方に出会いました。とてもうれしい方にも。長くなったので、また明日に続きますね。

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イベントの会議二つでした。

昨日のお昼時間、観音高校演劇部OB会の、今度の「神戸ハナという女の一生」の上演の会議でした。平日のお昼でも、12人も集まりました。場所は「KITOKOI」。例のでかい鯉たちが部屋の中で悠然と泳いでいる、入り口の前には、被爆樹木からの種から育った青桐の木が大分大きくなっている、そのカフェです。私は、せっかくの会なのにスマホを忘れて写真が撮れませんでした。この写真は、今城さんに撮って送ってもらいました。残念。

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リーダーの板倉さんは、大手の会社でイベントをずっとしてきた人だから、総合的にとても細かく計画を立て、みんなに寄付集めや、当日どれだけ協力できるかという割り振り等をみんなの事情を聴きながら、無理がないように、きっちりと決めていきます。素晴らしい。もしも、赤字が出たら、みんなで山分けなどと言って笑わせます。そうならないように、頑張らなければ。

 4月18、19日なので、私は2月23日の性教協中国セミナーが終わってから寄付集め等に動きましょう。それまでは、ちょっと無理。

 そして、昨日の夜は、その中国セミナーについてのスタッフ会議と、中島さんの出来上がったスライドを見せていただきながらお話を聴きました。「学校で性暴力被害がおこったら」。スクールカウンセラーである中島さんが、先生たちと共に取り組んだ素晴らしい実践です。当日は、中島さんたちが作った冊子「被害・加害が同じ学校に在籍している場合の危機対応手引き」が全参加者に配布されますよ。すごい。これがちゃんとできたら、違う学校の場合も、たとえ加害者のみが自分の学校にいた時も、先生が加害者である場合も、ちゃんと対応できます。それどころか、他の学校で加害があった生徒が転校してきても、その立ち直りの対応はキチンとできると。

 城さんは、加害の児童生徒も、自己肯定感をちゃんと持って成長していくこと、その基本を作らなければという視点での教育の実践の話をされます。そう、そういう素晴らしい実践をする教師たちを、どうして「過激な性教育をする」というレッテルを張ってきたのでしょうね。

 私はそれらの過激な性教育としてバッシングをされて来た、それに仲間たちと耐えながら正しいことと思って続けて来たこと、それらを具体的に集めて来た動画や資料を基に話します。そして、今後はどんな性教育が必要なのか、今後歩むべき道、それをこれからの若い先生たちにつなぎたいと思います。私のスライドづくりも佳境に入って、もうすぐ出来上がります。

昨日のその二つの会議のチラシを並べますね。

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雪でした。

昨日、投票を済ませて、講演準備のためにクリニックに来ました。途中、そごうのアフタヌーンティを食べに行って、外を見ていると、激しい雪が降り始めました。

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アフタヌーンティはこれです。全部は食べきれなかったので、サンドイッチとケーキの一部は持ち帰りました。

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地下を通ってクリニックに帰ってからは、外を見なかったので分からなかったのですが、夕方になって帰る時には雪が積もって道路はガリガリ、目にも首から中にも雪が入ってくるし、帰って見ると帽子にこんもり雪が積もっておりました。さすがに橋の上は自転車を降りて引いて帰りました。

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朝です。私の車は右から二台目です。

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自転車は道路がガリガリツルツルでこわかったのですが、橋の上だけ下りて、あとは無事クリニックに到着しました。しかし、あらら、クリニックのベランダも雪が積もって凍っていてツルツルで、そこで自転車が滑ってころんでしまいました。両足を打ってスタッフに助けてもらいました。ここまで来て転ぶなんてねえ。

 なれない雪ですが、小さいころから嫌いではありません。どこかわくわくする物があります。今晩からはもう大丈夫なのでしょうね。

 選挙結果、気分が悪くて、テレビも見たくありません。しかし、広島県北部は多くの所が午後6時に投票を繰り上げ閉鎖したと。その後で投票に行こうとする人は締め出してもいいのですね。びっくりです。


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あやぐも会でした。

昨夜は、あやぐも会でした。母校の広島観音高校出身の医師の会です。毎年年初めに会がひらかれているのですが、全然参加せず、何十年ぶりかの参加です。前は沢山の方が参加されていたように思うのですが、こじんまりとした会でした。元広島大学の病院長の先生や長く県医師会長をお勤めだった先生や、他も顔見知りの先生などが同じテーブルで、少々緊張しました。

会計報告等の総会の議事が終わった後は、安佐市民病院の病院長永田信二先生の「地域とともに成長する北部医療センター朝市民病院」とのタイトルの講演会でした。

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広島市から離れていることが何より大切なことだと。広島県の北部の医療を一身に請け負うという意気込みのある講演でした。これからはやはり地域にどう発進し、受け入れと戴くか、そして、AIなどを使いながら、労力を簡素化すること、多くの部門の方たちが働いていて、その方たちの力で病院は成り立っている事を意識すること等、見習うことの多いいいお話でした。

 ところで、私は指定された席にマスクをして座っていたのですが。同期だったドクターが、「長谷川?」と私の旧姓を言われたので、ハイというと「マスクをしてたからわからんかった。どしたんや、そんなに膨らんで。」ですって。それはまあ、学生時代から50年以上も経つと、ふくらんでもおかしくないと思うのですが。「でも、元気よ」というと、「そりゃそうじゃろう。元気じゃないとそこまで太るだけ食べれんわい。」私、だぶだぶの服を着てたので、「でも、中身はそうでもないんだけど」というと、今度は「中身まで見とうないわい」ですって。

 本当にもう。こんな調子で患者さんにも接しているのでしょうね。まったく口が悪い!!。

 私は、今度の伊藤勝昭さんが来られる観音高校の演劇部OBと音楽部OBのコラボ、「神戸ハナという女の一生」と「合唱曲いしぶみ」のチラシをお一人ずつに配らせていただきました。

 後は、懐かしい方たちと雑談。観音高校の校歌斉唱、バンザイ三唱で終わりました。

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 感心したのは、私の先輩も含めて、皆さん現役だということ。いつまで仕事を続けるかなどということは全く出ませんでした。最高齢の先生は84歳かな?仕事をするのが当然の雰囲気で。そして、食事の時最後にお寿司が出たのですが。そこにお醤油がありませんでした。お醤油は?とホテルの人に聞いたら、ありません。と。他の人たちも何にも言わずに、お醤油なしで食べていらっしゃいます。へえ?さすが、ドクターたち、減塩が当たり前なのですね。

お料理のいくつか。

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そして、続きです。家に帰って、そろそろ寝ようかと思っていた時、電話です。遠方の警察から、性犯罪の被害者の診察をと。仕方ありません。ナースにも連絡して、出て来てもらうようにして。自転車でクリニックに。寒いです。しばらく待って、患者さんが警察とともに来られたのが午前1時。家に帰ったのが3時。猛烈な寒さでした。私たちの仕事は、一日が終わったと思っても、そこから突然何かがあって、また仕事場へということが起こりうる仕事です。寝てる途中起こされるよりは良かった方です。

 実は、今日は性被害ワンストップセンターの支援員養成講座で午前午後とも2時間ずつの講義をする予定で準備をしていたのですが、前日、大雪の情報で、遠方から来られる方もあるので日を変えましょうと連絡が来ていました。目覚めるとやっぱりひどい雪で、日を変えていただいてよかったです。おかげで、ゆっくり寝られました。そして、雪の間を縫って、ちゃんと選挙にも行きましたよ。でも、きっと今夜は憂鬱なことになるのでしょうね。

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雑誌の一般記事で宣伝

 ある日、診療をしていると「先生、あ〇あ〇からお電話です。Faxをしてもいいですかと。よければFax番号を教えてほしいと」と受付から。「どうぞ、番号を教えてあげて」と答えて診療を続けました。なにか、性教育か緊急避妊薬か、そんなことの意見を聴きたいというのだろうと思っていました。ところが、診療を終えて部屋に戻ってFaxを見ると、とんでもない。今度4月1日発売の雑誌で「カラダメンテ、していますか?オススメしたい今トレンドのクリニックをピックアップ!」という特集をすると。「本誌恒例の超人気特集!カラダにいいもの大賞を予定!」広告を出稿していただくことで、クリニックの紹介をすると。で、一ページの8分の1で50万円ですと。

 後で電話がかかってきたので、もう一度確認しました。50万円だしたら、一般記事の中でうちのクリニックを紹介するということなのですね、と。要するに、お金を出して、記事にしてもらうということなのでした。本誌の知名度は脅威の91%!20~34歳の女性の4人に1人は読んでいる、圧倒的ブランド力を持つ雑誌。それがあ〇あ〇です!とFaxの中にありました。それは分かります。だれもが知っていると。私だって知ってるし、特集によっては、購入して読みますもの。

 それでも、あたかも記事のふりでそこにお金が動いているというのが、とても嫌で。だから、お断りしました。50万円ものお金を宣伝に使うのも、もったいないし。きっと、〇〇さんなどは、お金を出すのだろうなあ、そして、素晴らしいクリニックとの記事が出るのだろうなあとも思いましたが。

 この何か月前には、美容雑誌、この雑誌は私は知りませんでしたが、スタッフはみんな知っていました。そこから、クリニックの記事を書きます、それにつき、料金は、葉書き大の大きさで20万円ということでしたが、びっくりして即お断りしました。

 私は、広告は広告、宣伝は宣伝、記事はあくまでも公平に、というのが流儀だろうと思います。まるで詐欺みたいな、こんなの嫌だと思います。


 私たちの仕事は、ある意味「客商売」でもあります。患者さんが来て下さらないと、経営が成り立ちません。姉が事務長でいてくれる時は、経営は姉と税理士さんにすべて任せっきりで、私はお金のことはみじんも考えないで診療することができていました。開業以来、広告や宣伝はよほど友人などのイベントのパンフに広告を出してほしいというようなのしか、しないで来ました。ただ、ここにきて、何もかも値上がりして、でも医療費は全く上がらないまま2年間の固定ですので、経営が苦しくなっていることは確かです。宣伝や広告も必要なのかなあと思う気持ちもあります。

 ただ、フェアに行きたいなあと思います。それにしても、20万だの50万だの大きいなあとびっくりです。

青野さんのお花。前回の白だけのお花も清楚で美しかったのですが、この青みがか
った白と赤のコントラストがとってもきれいです。

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今日のいろいろ。残念だったこと。

  昨日のお昼時間には、特別養子縁組のことでまたまた市役所へ。今回何度目でしょうか。養親、養子候補の居住地では、家庭裁判所に特別養子縁組申立書も提出し、受け付けて頂いています。でも、私が市役所に提出して受け付けていただいた沢山の書類、それでも、足りないものがあったと連絡がありました。それらを持って行きました。今度こそ、これで終了かな?以前は、家庭裁判所にすべての書類を集中して提出していましたが、今では、家裁以上に沢山の書類を役所に提出しなけれはなりません。養子、養母の家族の詳細な個人情報も含めて。それらの行方で心配な所でもあります。

 今日の休診日は、またまた朝から忙しくて。でも、朝、お楽しみ。めったにいけないので、こんな時に、モーニングを食べに。クリニックに自転車を置いてゲートインへ。ここのモーニングのトーストがとってもおいしいのです。束の間のホッとするひと時でした。でも、いつもあるポテトサラダが今日はなくって残念。

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クリニックに戻って、今度の日曜日の講演資料を作っていると、板倉さんが来られました。今度の伊藤勝昭さん演出の劇団世代の「神戸ハナという人生」のチラシをもってきて頂きました。今日夜私が行く安佐南区民文化センターでの市民劇場。そこでチラシを配りましょうと言ったので。これについては、また後で。

 資料ができたので、急いでワンストップセンターへ持っていきました。ワンストップセンターの支援員養成講座です。医療的支援や少し広げて、LGBTQや性教育などについても。日曜日、午前2時間、午後2時間の講座を受け持ちます。資料ができて、これもホッとしました。

 そして、午後は内閣府によるワンストップセンターの医療者の研修の受講です。富山の種部先生の講座でした。特別養子縁組の講座のように学者さんによる意味のない講座でなく、臨床に基づいたとても意味のある講座でした。性暴力の被害者の診察や治療や支援は、ワンストップセンターや警察や児相などから連れられて来られる方に沢山接していますが、それでも気づきが多い講座でした。

 それが終わると、急いでアストラムラインで安佐南文化センターに行きました。先述のごとく、チラシ配りをするつもりで早く行ったのですが。勿論、会場の外で配ろうとしたのですが「
役員会議で了承したのしか配れません」と断られてしまいました。会場の外だからと思ったのですが、それもいけないと。演劇の会場で、演劇のチラシを配ることを禁止とされて、茫然でした。私は、原水禁大会や憲法集会の外で、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のチラシを配っても、文句を言われたりしたことがないので、本当にびっくりしました。仕方ないので、余った時間、文化センターのレストランに行って、鍋焼きうどんを食べました。ここの鍋焼きは好きなのです。モーニングを遅めに食べたので、お昼ご飯はなしだったし、演劇も遅くに終わるので、晩御飯はここで済ませます。食べ終わってもまだ時間が沢山あるので、今度はぜんざいを食べました。チラシ配りを断られて、やけ食いです。それも食べ終わってもまだ時間があるので、図書館に行きました。でも、びっくり。図書館は、本の閲覧の為の机と椅子がとても少ないのです。貸出しと返却がメインの図書館の様に思いました。机に座ることもできなくて、ただ書棚を眺めるだけで終わりました。

演劇は、「風を打つ」。音無美紀子さんや太川陽介さん出演。1993年の水俣の物語です。一番初めに水俣病が出た家族。ひどい差別と偏見の嵐ににさらされた一家の、立ち上がって生き抜く実話に基づくお話です。この日本で、今ほど、差別が蔓延し、それがこの選挙を通して当たり前のように受け入れられている時はないように思います。マイノリティーや外国人に向けられたひどい偏見を私は苦々しく思っています。そんな時の、感動的なお芝居でした。

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音無美紀子さんは、すごい俳優さんです。最後は涙があふれて困りました。

そんな一日でした。明日からは、次の講演の準備です。


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膝のリハビリでびっくり。

 膝の話です。1月に新しく整形外科に行って、膝の水を抜いてもらい、装具を作ってもらう所までお話したと思います。装具ができて、それを靴の中に入れて。足底が外が浮いて、内側に傾くように。下腿が外に開いて行っているので。そして、本格的にリハビリの先生に診て頂きました。

 そしたら、びっくりです。私の膝の痛み、変形性膝関節症は、足底から来ていると。足底の筋肉がカチカチで、全く機能していないと。この筋肉を柔らかくしないとだめだと。で、足の裏の筋肉をマッサージ。それが痛いのなんの。台湾の足つぼで痛かったのを思い出しました。

 そして、いくつか宿題を出されました。足の裏のマッサージをするのに加えて、椅子に座って、かかとをつけて、足の裏で床を打ちます。これが、なかなかうまく音が出ないのですが、先生がすると、パン!
パン!とすごい音がします。私の足首は全くダメです。でも、面白いことに、左は右よりももっと弱いのです。痛いのは右なのですが。きっと、車の運転のせいだと思います。右足でアクセルやブレーキを踏む、それが少しは運動になっているからだと。左が全くダメなのですから。少しでもパンパンと音がするように打っていると、確かに膝の筋肉も動いているのですね。そして、逆に、足先をつけて、かかとで床を打ちます。さらに。足の親指と小指を横に引っ張って、中の三本指を内側に曲げたり、逆に上にあげたり。5本の指全部をそうしたり。

 そして、何よりの方法。ゴルフボールを足のうらで踏んでくださいと。私はゴルフはしないので、スタッフにボールを分けてもらいました。これを薄い板の上に、柔らかいサポーターに入れて貼り付けて、要するにボールが逃げないようにして、床においています。そして、立って足でごろごろと踏みます。これが痛いのです。土ふまずだけでなく、前から後ろまで、内側も外側も。痛い痛いと言いながら。

 そして、それらを家でというより、診療中に患者さんが入れ替わる時などに意識してやってます。

 そしたら、ずいぶん歩くのが楽になってきました。足の裏ばっかり鍛えていて、膝が楽になる、ほんとうに目からうろこでした。まだ階段はちょっとダメですが。何とかなりそうな気がします。一週間してリハに行くと、ずいぶん足底の筋肉がやわらかくなっていると言って頂きました。

 足がO脚になるのを矯正するためのマッサージは、下腿の内側の筋肉が骨についている所を引きはがすように外に引っ張ります。上から下まで。そこが骨にくっついて、外側に引っ張って足がゆがむのだそうです。なんか、外に向けて引っ張っているようで逆効果のような気がするのですが、そうではなく、引きはがすのだそうです。

 膝への注射はこれまで二回うってもらいました。病院にはなかなか行かれませんが、リハビリを頑張ってその内すっかり楽になったというようになると希望を持っています。

青野さんのお花です。夜撮ったのでバックが暗いですが。昨日の、河村譲先生の追悼にふさわしいかと。

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河村譲先生の葬送式

 昨日の朝、友人の馬庭さんからお知らせがありました。2月1日に河村譲先生がお亡くなりになったと。お具合が悪いとは聞いていましたが。昨日の夜7時からお葬式だと。夜のお式はありがたく、仕事を終えて参加しました。南観音のキリスト教教会。不案内な所で、ナビも途中までしか入らず、手間どってしまいました。沢山の方の参列で、お部屋はすでにいっぱいで、後ろの方の通路に座らせていただきました。

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河村病院は私のクリニックのすぐ近くで、いろいろとお世話になっていますし、患者さんや従業員の健康管理だけでなく、個人的にも大変お世話になりました。18年前、私が参議院議員に立候補した時の後援会長を務めて下さいましたし。2023年の兄の遺作展には、お体がしんどい中、ご夫妻で来場して下さいました。まだコロナ禍でしたが、瞬間マスクを外して。この写真の左下のツボを買ってくださいました。

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 という個人的なことより何より、河村先生は、御父様の河村虎太郎先生がはじめられた在韓被爆者の被爆者手帳の交付や来日しての健康管理に大変大きな勤めを果たされました。この事業については、民団の新聞に書かれているのが、簡潔にまとめてありますので、それを転載させて頂きます。

32年の活動に終止符…在韓被爆者渡日治療委員会

 

「一定の役割果たした」民間の寄付で600人招請

 【広島】在韓被爆者渡日治療広島委員会(河村譲会長)が、「在外被爆者の尊厳回復に一つの役割を果たし終えた」として今春、32年間の活動に終止符を打った。

 これまでに韓国から広島に招請し、治療を施した被爆者は約600人におよぶ。公的機関からの支援は皆無。渡航費は全国の会員から寄せられた会費とカンパをあて、検査治療は原爆手帳で行った。民団広島本部も韓国人原爆犠牲者慰霊碑の平和公園内移設が実現した99年、建設募金のうちから委員会に巨額の寄付を行っている。

 同委員会の結成は1984年。医療の機会に十分に恵まれていなかった韓国の被爆者を「民間の力でなんとかできないか」と、広島市内で病院を開業していた河村虎太郎院長が呼びかけたのが始まりだった。

 80年から5年間続いた韓日両政府の合意に基づく渡日治療が両国政府の折半だったのに対し、会が費用を全額負担するという「招請治療」だった。韓国では莫大な費用がかかるとされる人間ドック並の精密検査で、自覚症状のないがんが発見されたことも。

 一方、手帳を持たない被爆者は取り残された。高齢者や重傷患者も、渡日には大きな壁が立ちはだかった。時間的に余裕があって、比較的体力のある者が渡日できた。

 委員会が渡日治療を継続してきたことで、在韓被爆者の存在や実情が日本社会に広く認識されるようになったことも大きい。委員会は在外被爆者の権利闘争を積極的に後押し。健康管理手当問題で郭貴勲さん、特別手当問題で李在錫さんなどが、在外被爆者に対する支給制度の是正を求めて訴えたのも、委員会招請で渡日治療したことが強い動機となった。

 昨秋には在外被爆者も居住国で医療費を全額受給できるという最高裁判決を勝ち取った。委員会では「韓国の医療水準は高いだけに、渡日治療の役割は終了したことを実感している」と語った。

(2016.5.25 民団新聞)

 

葬儀の牧師さんもおっしゃっていましたが、河村先生親子さんは、大変大きな仕事をなし遂げられました。それらも含む一連の活動について、奥様の純子さんが編集をして、昨年4月、この本を自費出版なさいました。

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この本のタイトルは、牧師さんの解説で知りました。私は無知なのですが、これは聖書の一説でした。葬送式に参列した人達に配られプログラムら書かれていました。コリントの信徒への手紙Ⅱ4章16節-18節 「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、くらべものにならないほどの重みがある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるもらは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」

久しぶりにキリスト教のお葬式に参加して、やっぱり意味の分からないお経のお葬式よりも、言葉が分かるキリスト教のお葬式のほうがうんと心が伝わると思いました。河村先生は、生まれと時からの深い信仰に裏打ちされた人生を歩まれたのだと思います。

 それでも、やっぱりお葬式は悲しいです。家に帰ってからも、ずっと悲しいままでいました。河村譲先生、大変ご苦労様でした。どうぞ安らかにお休みくださいませ。ありがとうございました。

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