中学生の妊娠⑳ 手紙(6)

 はじめに彼女からもらった手紙に、私が返事を出し、その後に再び彼女から頂いた手紙です。でも、この中には、あまりにプライベートなことが書かれており、かなりの部分を割愛しなければなりません。本当は、この部分が最も胸を打ち、皆様に読んでいただきたいことなのですが、どうしても本人が特定される恐れがありますので、残念ながら。

『河野美代子先生

 先日は、講師を務めていただきありがとうございました。たくさんの方に聞いていただけたので本当によかったです。次回はもっと参加できる範囲を広げて・・・色々作戦を練ってみます。

 お土産をありがとうございました。さっそく使っています。それと、手紙 ! 本当にありがとうございます。返事がもらえるとは思わず、しかもブログのコメントでも気づかれていたとは。

( ここからがお身内やご自分のことが沢山書かれています。書かれている内容からは、あまりに彼女を巡る状況が厳しく、でもそれに負けないで、強く明るく生き抜いている姿がよく分かりますが、省きます )

 そんな頃に、ふっと河野先生のブログのあのページにたまたま行き着きました。そして、ハワイに養子に行った子どもが自分が養子であると理解している、という内容。

 母が最近になってなにげなく言った「あの時、養子に出さず、わしが育てとったらどうなっとったかの~」って言う言葉を思い出して、もうなんか心の中がパンクしそうなほどいろんな想いがあふれてしまい、泣けて泣けて、コメントせずにいられなくなり、言葉も選ばずに河野先生に思いの丈をぶっつけてしまった次第です。

 先生からの手紙にもあった、子どもが成長して産みの親に会いたいと思っているということ。

 それは、母も私もずっと思ってきたことです。でも、うちらの立場からは会いたいって言ったらいけんよねと何度も話してきました。

 今回手紙をもらって、家族にも相談してみました。みんな口を揃えて、「会いたいって言ってもらえるなら会ってみるといいよ ! 」と。

 ただ、問題はやはり、会いに行く、会いに来てもらう経済力が私にはないことです。問題があるとしたら、ただそれだけです。あと英語ができない。そこが一番大きな問題なのですが・・・。

 この先、もしもそんな機会があったらそのチャンスは逃せないので私の連絡先を書いておきます。

 これから寒い季節です。くれぐれもご自愛ください。
 また、会える日を楽しみにしています。

               ○○○○    

追伸 前回の手紙の中に入れていたMDですが、けっして怪しいものではなく、勝手ながら私の好きな曲をランダムに入れております。これは、( 省きます ) で使用したものでもあります。ドライブ中にでも聴いていただけたらなと思い同封しました。ぜひ聴いてみてください。』

 以上でこの手紙シリーズも終えます。同時に中学生の妊娠シリーズも終えます。ここに書いただけでなく、本当は、まだ沢山のメッセージを中学生には発信しております。話す機会を与えられる限り、話し続けたいと思っています。

 決して面白いことでもなく、重い内容を読んでいただいてありがとうございました。

 まだ現場では、ますます中学生の妊娠と、性感染症が続いています。ある少女は中絶をしました。ある少女は生むことを選択しています。どんな選択をしても、私がかかわることができる範囲で、支え続けたいと思っています。


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中学生の妊娠⑲ 手紙(5)

 昨日のブログへのコメントの続きです。


『お腹は大きくなり、ポコポコ動き始め、心配してくれた養護教員のおかげで先生と出会いました。その頃の私は妊娠してるだろうけど違うかもしれない。でも妊娠していてもその相手も高校生…死ぬしかない。嫌われたくない。でも妊娠しているなら親にも捨てられる、死ぬしかない。そんなことしか毎日考えられませんでした。

 先生と出会い、親も同意して特別養子縁組をすることを前提に子どもを産むことに。

 あの頃はその別れの辛ささえきっとわかってなかったと思います。

 でもあの頃はあの頃の精一杯で、検査で妊娠していることを自覚しました。とにかく無事に出産すること、母子手帳をとりにいったらやたらと根ほり葉ほり聞いてきた窓口の人に河野先生がキレたこと、同じように腹をくくった母が世間から私をかばってくれたこと、栄養のある妊婦食を作ってくれたこと、紹介された病院に入院しても、なにも知らない私の姉妹がいる母に来てもらえず、独りで2日に渡る陣痛に耐え看護師さんに腹を押さえられながら出産したこと、裂けた皮を縫うこと、事情を知る看護師さんに、子どもに情が移るからと赤ちゃんに会わせてもらえなかったこと、同じ理由で同じ病棟のママさんにも会わせてもらえなかったこと(これはすべて私のために皆さんが配慮してくれたこと)、お見舞いにきてくれた河野先生が、中学生の出産に、看護師さんが珍しい者をみるような対応をして腹をたて看護師さんにガーッと怒ったこと、夜中にどうしても赤ちゃんを見たくて、新生児室に行き、宿直の看護師さんに事情を話し、看護師さんが泣きながら内緒で赤ちゃんを抱いてきてくれたこと、子どもを一目見て、自分のしたことの重さに押しつぶされ、抱くことさえできない辛さに襲われ、「いいです、もういいです」と泣くことしかできなかったこと

…私は、産むことが正しいとはいえません。養子に出さないまでも祖父母が世間に知られないよう育てる現状もみてきました。

 それだけ子どもを産む、子どもを宿すことにもっともっと重要視してもらいたい。
その選択は親や彼でもなく自分なんだな…。知識を深めちゃんと自分の体を知ってほしい。


 私はこのブログをみて、今の生活を振り返り、申し訳なかったという謝罪とともに、生きていてくれて本当に本当に本当にありがとうと、今になり、子を宿す、産む、育てるという重大さに心から気づきました。。

 私の母も本当は簡単に答えを出したわけではなく、まだ見ぬ子どもよりも私の将来をすごくすごくすごくすごく考えて出したこと。

 母とは私が産んだ子どもが今年は何才だねって毎年2人で話して来ました。

 河野先生こういう活動してくれていて、私が産むことしかできなかった子どもを大切にしてくれて、本当にありがとうございます。 』

2012_01290083 昨日は、午後、尾道・のぞみの会で講演をしました。いつもの慣れた「性教育」の話ではなく、「更年期障害と婦人科のがん」というタイトルでしたが、前半の更年期障害の方に時間をかけ過ぎて、癌についての話が短くなってしまいました。一応、資料としてスライド原稿を配って頂きましたので、少しはお役に立っていただけるかと思います。のぞみの会は、乳がん患者さんの会です。浜中先生をはじめとして、沢山方たちが、とても明るく、前向きに病気と向き合っていらっしゃいます。のぞみの会に参加するたびに、すごいなあ!!と感嘆しています。その後、尾道の和食屋さんで、とってもおいしい食事をご馳走になりました。おしゃべりも楽しかったです。浜中先生、皆様、ありがとうございました。


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中学生の妊娠⑱ 手紙(4)

 ○○○○さんが、私のブログを読んでコメントをくれた、その時のブログの記事の一部と、彼女からのコメントです。私が参加したシンポジウムのことについて書いています。


『虐待などで失われるかも知れない命を救いたいと設置された「こうのとりのゆりかご」でしたが、設置から三年。57組の大人がここを利用しました。中でも、児童相談所の方の発表が胸に響きます。レジュメから。

「社会調査の結果判明した利用者は私たちが当初考えていた人ではなかった。社会的地位もあり子どもを指導する立場の人、福祉の現場で働く人、祖父母、家族や病院が支えていた人、女性に電車の切符を渡しゆりかごに入れるように指示した男性、子どもの障害を受け入れられない人など、様々だった」
「こうのとりのゆりかご」は、親が名乗らずに子を手放すことを可能にする前提で作られたものである。こどもは親が誰なのか、なぜ自分は遺棄されたのか知ることが出来ず、私たちも答えることができない。そんなこどもたちは成長する過程で様々な壁にあたり悩んでいく」

 シンポジウムでは、匿名性に焦点が当てられて論議しました。ただ、私は自身、養子縁組のお世話をして来たその体験をも話しました。

「ハワイに行ったとき、養子縁組でハワイに行った子とその養親たちがパーティーを開いてくれました。その時、14歳の中学生が生んだ女の子が、私はね、広島で生まれたの。でも、お母さんが若くて、私を育てられなかったから、ハワイに来たの。と、みんな自分がなぜハワイに来たかを聞いて育っていました。」

「もちろん、育てられない出産をしなければならなくなった時、その事実は、誰にも知られないように、それは私の大切な仕事です。そのためには、何でもする、戸籍の移動から、住民票の移動、そしてちゃんと母子手帳も取って出生届も出す。戸籍は、養子縁組がすんだ後で、移動することによって出産の事実を消すことも出来ます。」
等と、話をしました。

 でも、なぜそのような育てられない出産をするところに女性が追い込まれていくのか、そこの所の話がなかなか出来ません。やっと、私は、教育の問題をわずかに話しました。でも避妊の話、すべての若者がちゃんと避妊を学ぶことの大切さを具体的に話すことができませんでした。痛恨の極みです。』

『きっと先生のお話にあった14歳だった者です。
今は30代になりました。
私は自分の経験を通して…

 どんな言葉も浮かびませんが、ただ今唯一言えることはハワイでもどこでもあの子が生きているということがわかって私にとってこれ以上に嬉しいことはありません。

 中絶できる時間を過ぎ…いや、むしろ自分が産むという自覚や育てるという覚悟、それすらもわからないまま行為をし、好きな人に嫌われたくない、まさか自分が妊娠するわけない、それ以前に家に居場所がなかった私はその人とつながることが大切で、避妊してって言って断られたら・冷められたら自分の居場所がなくなることの方が重大で避妊は二も三も次でした。』
 
 コメントはまだまだ続きます。少し長くなりますので、明日に続きを載せます。

2012_01290005 今、合宿中です。これからまた会議です。久々に海を見て、ほっとしています。


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中学生の妊娠⑰ 手紙(3)

○○○○さま

 お手紙有難うございました。ありきたりですが、びっくりして、そしてとってもうれしかったです。
 
 まさか、あのときに私に講演を頼みに来たのがあなただったなんて。どうして気づいてあげられなかったのかと悔やみました。私、お名前、聞いたっけ。聞いたら、必ずわかったはずなのだけれど。お手紙の封筒の名前を見て、本当にびっくりして、何がなにやら分からなかったのですよ。どうしてあなたの名前がここにあるのだろう、って。

 一度、私のブログにコメントを入れてくださいましたね。あのときは本当だろうか、まさか、と半信半疑になりながらも、内容から、そうに違いないと確信しました。

 私は、以前ハワイで彼女に会いました。その彼女だけでなく、彼女の両親も、そしておばあちゃんも、みんながとても彼女を愛して、みんなが幸せになっていました。そのとき、私はあなたが彼女を生んでくれたおかげで、どれだけの人を幸せにしたんだろうと思いました。

 あなたは、それこそ表現しきれないほどつらい思いをしたことと思います。でも、決して悪いことをしたわけではない、あなたが苦しんだおかげで、一人の赤ちゃんが死ななくてすんだのだし、そしてそれは何人もの人を幸せにしたのでした。あなたはみんなにすごーく感謝されているのだと、そう伝えたいと思いました。

 今、今回の講演でも最後に話すと思いますが、養子として幸せに育ててもらった、成長した子どもたちが実の親に会いたがるような年齢になってきました。無理をしないで、生んでくれたお母さんが会いたいといえば会ってもらうし、会いたくないということであれば、それはちゃんとお話しして納得してくれます。
でも、みんな自分を生んでくれた母親にとても感謝しています。そして、自分はこんなに幸せに育っている、生んでくれて有難うと言いたいといいます。

 私が今回とてもうれしかったのは、あなたがとてもしっかりと生きているということが分かったからです。そして、なんと私の講演を企画して下さった!!こんなにうれしいことはありません。近藤紘子さんに話して、二人で泣きましたよ。ほんとうに有難うございました。

 また、いつかゆっくりお話ししたいですね。いろんなことを。

 私のブログを読んで下さっていますでしょうか。韓国が好きで、せっせと行っています。韓国で買ってきたものです。
今回のうれしいお手紙を頂いたこ心からのお礼です。ごちゃごちゃといろいろだけれど。子どもだましみたいで申し訳ありません。どうぞ、笑って使って下さい。

 それでは、この度の私の講演、聴いてみて下さいね。あの頃よりも、今の子どもたちが置かれている状況はもっともっとひどくなっていると思います。心痛むことが多い毎日です。

本当に有難うございました。

2011年○月○日

                            河野美代子


Img263 明日の午後の尾道での講演会のご案内もう一度。講演の準備のスライド作りをしました。乳がんの方でなくとも楽しめるように、いろいろと盛りだくさんの用意をしています。どうぞ、いらっして下さいね。

 私は今日の夜は、今年の8.6.の平和集会のための合宿です。明日の昼前には失礼して、尾道に向かいます。


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中学生の妊娠⑯ 手紙(2)

 子どものことは、きれいごとに聞こえるかましれませんが、本当に考えない日はなかったです。

 いろんな意味でその現実はとても私の心の支えになったし、そして私の誰にも知られたくない大きな秘密でもありました。学生の頃は修学旅行などでみんなとお風呂に入るとき、出産を経験した私の胸やお腹は明らかにほかの人とは違っていて、人に体を見られるのが本当にいやでした。否が応でも自分のしたことに向き合わざるを得ない瞬間でもありました。

 子どもたちに関わってその親に意見させてもらったとき「子どもを産んでない人には分からん!」といわれて「産んだことだけはあります」とも言えず、まぁ育てたことはないですし・・・ね。

 結婚するときの戸籍の移動の時の先生からの手紙で、「ハワイで元気にスクスクと育っているよ。何も心配しなくてもいい。今度はあなたが幸せになる番」という言葉をもらい、それまで私自身が「産まれたときから養子というリスクを負わせてしまった。不幸を背負わせてしまった」という申し訳なさだけしかありませんでしたが、養子縁組は決して悲惨なできごとではなく、そうやって望まれて産まれた子どもなんだ、幸せに大切にされて育っているんだ、産んでよかった。本当に無事に産めてよかった。

 今ならばもっとあの子が産まれた瞬間を心の底から喜んであげられるのに。と思えて、だからこそあの時の自分を改めて後悔し猛省しました。やっとそこに向き合えたのが26歳の時です。

 結婚相手には子どものことは話せませんでした。子どもはできませんでした。不妊治療中の夫の浮気、その後離婚。

 現在34歳独身。という今の状況の中で私は生きています。きっとこの先も私は赤ちゃんと縁が繋がらないかもしれません。

 いろんな偶然の組み合わせの中で、「もしもあの時」「河野先生と出会えなかったら」私の人生はとても大きく最悪なほうに変わっていただろう。どう考えても、そのことだけは明らかです。

 私自身が生き直すために与えてもらった選択肢であったこと、だからこそ望まない妊娠を防ぐこと、知ること、伝えることが大切だと切実に思います。

 14歳の私に関わってくださって本当にありがとうございました。近藤紘子さんにもよろしくお伝えください。

                          ○○○○

  明日は私からの返事を掲載します。


 2012_012600032012_01260002  昨日は、今年度最後の宝塚の中学生への講演でした。今年は四校でお話しさせて頂きました。子どもたちとの出会いに感謝です。

 その後、宝塚の中川市長と友人たちとの食事会にずうずうしく私もついていきました。なんと、ふぐ。宝塚の人たちと、とても楽しく食べ、おしゃべりもしました。ここでも出会いに感謝です。帰りは最終の新幹線。それも雪で遅れて、家に帰ったのは、ほぼ一時でした。楽しい一日でした。


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中学生の妊娠⑮ 手紙(1)

河野美代子先生

 この度は、講演でお世話になります。

 早いもので、私が14歳で出産をしてから今年で20年が経ちます。今でも、毎日のようにあの子のことを考えたりしますが、私なりの人生も一生懸命歩んでいます。

 18歳で市の嘱託職員となり通算16年目を迎える古株になりました。(正規の職員ではないので貧乏のままですが。)

 毎年行っているこの「公開講座」の企画を任され、ずっと河野先生を呼びたいと思っていました。でも、何だか、躊躇する自分もいて、なかなか実現させることが出来ませんでした。

 テレビで先生を拝見したり、挨拶程度ですが会う機会もありました。そのたびに、なんともいえない切なさが湧いていました。きっと今回もそうだと思います。

 でも、○月の隣の市の講演をそっと聞きに行き、生む性と生ませる性の責任について、女性がもっともっと自分の体を大切にできて、コミュニケーションの大切さを理解してもらいたい、これは、やはり先生から習うべきだなと思い、その日のうちに講演をお願いしにいった次第です。受けて下さって本当にありがとうございます。

 今回、この様な手紙を添えたのは、私がスタッフとしていることで、話しにくいと感じてもらいたくなかったから(もっとも、そんなことを気にしていたら各地で講演なんてできてないでしょうが)。

 それと、事務連絡とは別に、先生にお世話になった者として、あのとき先生に会って、誰にも話せず思いつめて(軽々しく言葉にしたくはありませんが)自分が死ぬか生んで殺すしか考えられなかった私に、2人共が生きていくという選択肢を与えていただいたおかげで、今私は生きていて、がんばれていますと伝え心からのお礼を言いたかったからです。「もしもあの時」と考えても前に進むしかないのが人生なのだと、様々な思いを経て35歳を目前に先生と対峙?できるのが今は楽しみで仕方ありません。当日は、ゆっくり話す時間もないと思うので、こうして一方的ですが手紙にしてみました。

 子どものことは、きれい事にきこえるかもしれませんが、本当に考えない日はなかったです。

(この手紙はもっともっと長く続きます。私からの返事も含めて、何日か掲載します。本人には、彼女が特定されないように、特定されそうな部分は割愛してブログに載せたい旨、お話ししました。彼女は、きっと先生が日々書いていることが大げさなと捉えている人もいるでしょう。そうではなく、私がまさにその通りだったのだと言いたいのだけれど、なかなか言える立場にないので。どうぞ、これを載せて下さいと、喜んで提供する旨の返事がありました。私があれこれ言うよりも、この手紙の方がはるかに重みがあると思います。しばらくお付き合いください。)

 今日も私は、日帰りで宝塚の中学生に話しに行きます。

2012_01220020 昨日の同じお店の、やはりお野菜がたっぷり、トマトだらけのパスタです。


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娘と江夏。(昔のカープの思い出)

 中学生の妊娠について、実は、もっとも書きたいことがあります。それについてもう少し時間がかかりますので、その内にまた再開します。

 今日は他の話。先日東京に行ったときにカープのカレンダー持っていきました。いろいろと頂いて沢山になったので、子どもたちにひとつずつ渡そうと。そして食事をしながらカープの話しになりました。

  私は、子どもたちが小さいときに、せっせとカープを見に球場に連れて行きました。子どもが小さいうちは、球場というのはとてもいいところです。声を上げようが、走り回ろうが、大泣きしようが、ぜんぜん平気です。はさみを使う練習は、広告のチラシを切ること。沢山の紙ふぶき作って、袋に入れて持って行きました。まだその頃は、紙ふぶきをまいても大丈夫だったのです。その頃にあった「カープ子ども友の会」にも入れました。そうして、立派なカープファンが出来上がりました。

 そんな話しをしていたとき、娘が「私、江夏にね、話しかけられて号泣したけんね。」と言います。うん?そうだっけ?娘が話すに連れて、そう、すっかり忘れていたのを思い出しました。

 娘の話です。まだ保育園に通っていた小さいとき。江夏が広島にいた時を調べてみると、娘が三歳か四歳のときです。()内は私です。

 ライトに座ってた時ね、一人でブラブラ歩いていてね、内野との境に行ったら、江夏がおったんよ。押さえは江夏というとき。練習してたんよね。(フンフン、ブルペンじゃね。そこで投球練習しよったんじゃ。)「わあ、江夏じゃ。」思うて、金網にへばりついて、顔をくっつけて、江夏が投げるのを見とったんよ。そしたら、江夏がこっちに向かって歩いて来たんよ。それでね、

「お嬢ちゃん、かわいいね。年、いくつ?」言うたんよ。もう、恐ろしくてね、だって、あんな大きな男が近づいてきただけでもこわいのに。話しかけたんじゃもん。「わあー」っ言うておお泣きしてね、ママのところに走って行ったんよ。ママがびっくりしてね、どうしたん、言うけん。

「エナツガ、エナツガ」「お嬢ちゃん、かわいいね、言うた!! わあーん」て大泣きしたん。(そうだった。それで私も思い出しました。)そしたらね、ママが笑ってね、手つないで江夏のところに連れて行ってくれたん。

 そう、私はブルペンの江夏に「すみませんでした。娘がびっくりしたようで」と言いました。「怖かったそうで」とはいえません。そしたら、江夏も近づいてきて、「すみませんでした」と言いました。小さな女の子に大泣きされて、それはびっくりされたことでしょう。申し訳なくって。私、あやまりに行ってよかったと思いました。

 それだけの話しです。でも、「あんたね、もう、江夏いうたら、歴史に残るすごい人なんよね。その人にかわいいね、言われたいうことは、これもすごいことよ。」と言いながら、もう、おかしくって。

 私、そのときから、何回も思い出しては笑っています。子育てを終えるというのは、こんなエピソードを思い出しながら幸せな気分を味わうことなんだと思っています。

2012_01220022 2012_01220023 そんな話しをした汐留のカレッタの中のイタリアンレストラン、「ラ・ベファーナ」。壁に野菜畑があるところのパスタとデザートのエクレアです。沢山食べた中の二つだけアップしますね。野菜がすごいたっぷりで、パスタが見えないくらい。デザートにまで野菜が入っていました。おいしかったし楽しかったです。


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中学生の妊娠⑭

 中学生の来院、実は、毎日あります。同時進行で彼女たちのことを話すことはできませんが、やはりあまりに無防備なところにおかれているといわざるを得ません。

 私が中学生に話すとき、なんといっても相手は中学生です。分かりやすく、抽象論ではなく、具体的に。

 「女性の皆さん、将来皆さんに好きな人が出来たとき、そしてその人と一対一のお付き合いが始まったとする。好きな人とお付き合いが出来るというのは、本当に大きな喜びで、世界が輝きますよ。そして、そのお付き合いが続くと、と言っても、今の若い人は、それがとても短くて、まるで付き合うということはセックスもすること、見たいに捉えられていて、疲れてしまうのだけれど。付き合いが進んでいくと、きっといつか彼に求められるときが来ますよ。君を抱きたいって。

 今、大人たちは若くて性行動を取る人は、一部の家庭的に恵まれない寂しい子、または不特定多数と、薬物を伴ったり、援助交際だったりと、まるで一部のツッパリさんがすることと捕らえています。そういう子もいるけれど、それはそれで私から見たら、かさかさの砂漠の中で一滴の水を求めてさまよっている、つかの間のふれあいを求めて、そして、そのためにさらに傷ついていくような痛々しい子なのだけれど、そんな子は全体の一パーセントにもなりません。

 では、どうして若者が行動を取っているかというと、それはやっぱり恋愛なのですね。私から見たら、甘いなあと思うのだけれど、彼ら、彼女たちなりに恋愛関係の中での性だといえるでしょう。その恋愛関係の中での性、いざ、好きな人と一対一で向き合ったときの性は、これだけ女が積極的になった、強くなったといわれても、やはり彼が求め、彼女が応じていくというパターンをとっています。

 もし、君を抱きたいと迫られたら、女性の皆さん、自分で自分に問いなさい、私は今、ここで妊娠してもいいのか、したら産めるのか、育てられるのか、学校に言っていたら、学校はどうなるのかと。本気で考えなさい、行動取る前に。後で考えたのでは遅いのです、その前に。そして、もしダメだと思ったら、それを口に出しなさい。少なくとも、妊娠は困るくらいは言わなければいけない。

 それが言えないのですって、好きな人には。言えなかった、言えなかったといいますよ。言えなかったのではすまないのです。自分のことなんだから。自分の体のことなんだから。言いたいことも言わないで、黙って彼の言いなりになるのがかわいい女、いい女とおもったら大間違い。これからの女性はね、自分の頭で考え、自分の言葉で語る、自分自身をはっきり主張しなさい、好きな人の前でこそ、自己主張しなさい。そうして、初めて彼と話しあいながらのいい関係が出来るでしょう。

 男性の皆さん、いつか好きな人が出来て、彼女とお付き合いが進んでいくと、彼女を抱きたいと思う時がくるかも知れない。そのときには、男性の皆さんは彼女の体を考えなさい。結果が起こるのは、彼女なんだから。彼女は今、妊娠してもいいのか、したら産めるのか、育てられるのか、もし彼女が学校に通っていたら、学校はどうするのか。それに対して自分はどう関わっていけるのか。

 それを本気で考えなさい。行動取る前に。後で考えたのでは遅いのです。もし、ダメだと思ったら、彼女の体に対して責任が取れる行動を取りなさい。

 要するに、身ごもる性を持っている女は自分の体に責任を持て、身ごもらせる性を持っている男は、女の体、彼女の体に責任を持て、それが性の関係を考える原則なのです。それが言いたくて、私は「さらば悲しみの性」も書いたのです。」

 私は、女の味方をしすぎるという批判があります。でも、この性の関係を考える上での大原則、それは「女のみが身ごもる」という、おそらく未来永劫、変わらないであろう科学的事実から来る原則なのですね。

 そろそろこのシリーズも終わります。いろいろなコメントありがとうございます。今、記事書くのに精一杯で、お返事を書いていません。一息ついたら、必ずお返事書きますので、ごめんなさい。

2012_01220025 先日の東京で、会議の後、息子たち夫婦と娘と食事をしました。会議のあった場所のすぐそば、新橋の汐留のレストランには、野菜畑が作ってありました。そこから野菜を収穫してすぐに調理してくれます。ビルの中の、壁に張り付いた畑です。



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中学生の妊娠⑬

 中絶について述べます。これまでも、中絶についてこのブログに書くと、最も批判が大きく寄せられます。でも、どうしてもこれを避けることは出来ません。

 教育現場では、「中絶は殺人だ」というのはけっこういわれてるのです。赤ちゃんの命を奪うことだって。そうして脅すことによって、若者の性行動を抑えてやろうと思っているのですね。まるで若者は「中絶があるから性行動をしている」と思っていらっしゃるのでしょう。でも、これは効果はありません。脅すことによって若者の性行動は抑えられません。

 中絶で脅すことによって起こるのは、堕ろせなくなる子が出てくるだけです。だって、これまで言いましたように、若者の行動っていうのが、妊娠と結びついていないのです。自分が妊娠するとは思っていないのです。結びついていないのに、中絶だけを禁止してもね。

 これだけ簡単に妊娠はするものなんだという自覚がないままに行動し、そして、いざ妊娠してしまったら「赤ちゃんを殺すのは嫌~!」になってしまうのです。もう、若い子は、みんなみんな「産む産む」って言います。中学生の妊娠なんて100%「産む」って言います。

 産んで育てるだけの力があるか?っていうことを、きっちり私は聞いていきますけれども。

 中絶は殺人だと散々脅しておいて、そしていざ妊娠したとなると、今度は「おろせおろせ」になるわけですね。もう、彼女たちはボロボロに傷ついてしまっています。

 私は中絶っていうのは、産んでも育てられない妊娠をしてしまった女性の唯一最大の救済策としてあるんだということをちゃんと提示してあげたいなと思います。
 
 もちろん、あんなものしないにこしたことはありません。辛いから。でも大事なのは、やはりそこから早く立ち直るということ。もう中絶をしたらそれでその子の人生が全てダメになってしまうわけでは決してないのです。早く立ち直って強く生きていくこと。その為には何が必要なんだろうかっていう後のケアです。

 立ち直りのために大切なのは「2度と繰り返さない」ということだと思います。彼とのこれまでの関係の見直し。彼とは、これからも付き合うのか別れるのか、付き合いを続けるのだったら、セックスは?これからもするのかどうか。もし、これからもするのであれば、では、避妊は?これまでの避妊の何がいけなかったのか、これからはどうするのか。それを丁寧に。

 私たちだって、中絶は、好きでも何でもないです。しなければそれに越したことはないのです。でも、私たちが「これで中絶お終いです。もう私たち2度と中絶はしません」って道具を捨てることが出来るときが来たとしたら、そのときは、望まない妊娠をする女がいなくなったとき、望まない妊娠をさせる男がいなくなったとき、そのときこそ私たちは本当に心からの笑顔で、人工中絶終了宣言をすることができるであろう。そう考えています。

 ついでながら。全国の人工妊娠中絶率。人工1000対です。10代7.6。20~24歳16.3。25~29歳13.8。30~34歳11.2。35~39歳9.1。40~44歳4.1。45~49歳0.4(2008年厚生労働省統計)。35歳から39歳までの方が10代の中絶よりも多いのですね。多いのは、大人であるということがお分かりいただけるでしょうか。


2012_01130004先日姉と甥と一緒に行った廿日市の「地御前」。予約なしでいきなり行ったのですが、少し待つだけで入れて頂きました。海を見ながらの食事、とてもおいしくて、お値段もリーズナブルで、素敵でした。海、いいですね。お料理もそのうち、アップします。



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中学生の妊娠⑫

 そもそも、よく知らない人と、密室で二人っきりになるというのは、命を危機にさらすことでもあります。声を上げたって聞こえやしない、逃げようと思ったって逃げられはしません。やさしそうな人だと思ってついていったら、相手がガラリと変わって、いきなり殴られたとか、講演では話せても、ここに公にすることをはばかられるようなひどいことをされてしまったという人もいます。

 そんな相手に「避妊をして」とか、「コンドームをちゃんと使って」なんて言える状況ではないでしょうね。だから、妊娠してしまっても、知らん振りというのは、当然かも知れません。

 妊娠だけでなく、今、私のところで治療をしている15歳の高校生の少女は、サイトで知り合った人とのセックスで、ひどいヘルペスにかかってしまいました。それからしばらくして今度は異なる人からクラミジアをうつされました。その後、今度はトリコモナスです。

 この時点で彼女ははっきり目が覚めたといいます。もうこりごりと。

 あまりに無防備であると言わざるを得ません。こんなことを彼女は誰にも教えられていません。こんなことをする子は特別な子であろうとか、家庭的に問題のある一部のツッパリさんだろうとか言われるかも知れません。そうではなく、誰でもがこんな行動を取る可能性があるということです。彼女だって、両親そろったサラリーマンの家庭の子で、県立の高校にちゃんと通っているのですね。

 きっと親が知ったら、ひっくり返るほどびっくりされるし、嘆かれることでしょう。親子さんに伝えたいと思うこともあります。もし、保護者の方が聞きに来られると、私は正直にお伝えするでしょう。でも、こちらから積極的にそうすることはできません。

 さらに。今、風俗の世界にあっという間に入り込んでしまう子を沢山見て、私は胸がふさがりそうです。それも、ちゃんとお店があるわけでなく、出張ヘルス、デリヘルですね。これは、本当にいろいろな若い人が入っています。大学生、専門学校生、それに上場企業に勤める女性でも。

 それも密室に二人っきりになるというとても危険なところに身を置いているということです。私、ある事件で、警察の方に協力したことがあります。被害にあった女性の写真を沢山見て、アドバイスをしました。そのときの若い女性の無残な姿を見て、彼女はこんなことを少しでも予想しただろうか、と思いました。そんな危険なことをしているのだということを自覚しただろうかと。彼女の姿が哀れで、かわいそうで。

 それに、たとえ危ない目にあわなかったとしても、気がついたら、暴力団の手の中にがんじがらめになってしまったという女性にも出会っています。

 こんな風俗のことも含めて、本当は若い人に話しをしたいのですが。これらは、高校生や大学生には話しています。でも、中学生には無理ですね。

 やはり、相手に対してすべての警戒心も解き放って、こころから望んで、裸の心と心で向き合える性でこそ、と思うのです。

 私は今、東京です。昨夜、ゆれる飛行機で、いやになりながら来ました。夜遅く、娘たちと赤坂のおすし屋さんで食事をしました。素晴らしくおいしいお店でした。これは、またアップしますね。これから会議です。

Img261

性教協広島サークルの冬季セミナーのご案内です。久々に村瀬先生とご一緒できるのがとてもうれしいです。多くの皆様とお会いできるとうれしいです。ブログでは伝えられないことをお話しできると思います。


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