「8.6ヒロシマ-平和の夕べ-」のご案内⑤

 今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のトークは広島の被爆者近藤紘子さんにお願いしました。

 近藤紘子さんは、広島市の流川教会の谷本清牧師の長女です。彼女は生後8か月の時、爆心地から1.1キロの教会で被爆。建物の下敷きになりながら、お母さんの必死の行動でかろうじて焼死を逃れます。しかし、その後下痢と高熱でこん睡状態となりながらも、懸命の家族の看護で奇蹟的に命を取り留めます。教会があった幟町の町内で生きることができた赤ちゃんは、紘子さんたった一人でした。

 谷本清牧師は、戦後広島・ピースセンターの設立、被爆女性のケロイドの治療、原爆孤児の養子縁組、精神養子縁組などに奔走します。その活動は、広島の地において時には売名行為などと中傷されることもありました。谷本牧師亡き後今は被爆者のさまざまな貢献をした人・団体に毎年贈られる「谷本清賞」にその名をとどめています。

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近藤紘子さんも戦後、さまざまな波乱に満ちた人生を歩みます。その半生は、この「ヒロシマ、60年の記憶」に詳細に述べられています。

 中でも、ABCCでの屈辱に満ちた体験は、彼女を広島から逃れたいという思いにさせます。その思いは、高校は東京に、そして大学はアメリカへと旅立たせます。そのアメリカでのさまざまな体験、とくにパール・バックさんとの交流は、彼女のその後の人生に大きな影響を与えます。

 私は、先日来、少しだけですが、養子縁組の話をこのブログてしています。今、私のところで育てられない出産をする女性たちと生まれてくる赤ちゃんのために、やむを得ずではありますが、養子縁組のお世話をしています。その子たちの養子縁組先の半分は国内で、そして半分は海外の主に日系の方たちです。その国際間養子縁組の手続きは近藤紘子さんにして戴いています。

 私たちは、NPOでもありませんし、養子縁組をする組織として機能しているわけではありません。ひっそりと、まったく個人的にお世話をしているだけです。しかし、彼女の広い人脈で、彼女を頼って養子を迎えたいという方たちはあとを絶ちません。

 私は、高校時代、近藤紘子さんの弟、谷本清牧師の長男と同じクラスでした。そして、彼に誘われて、養護施設に行き、子どもたちと遊んだり、お手伝いをしたりしていました。そのつながりで、紘子さんともそしてお母様ともご縁ができました。国内での養子縁組の場合は、生まれるとすぐに養親になる方に引き取って戴いていますが、海外への養子縁組をするときには、手続きにとても時間がかかります。その間、赤ちゃんを谷本のお母様と紘子さんの妹さん一家や長男の一家にあずかって育てていただいたりしています。

 紘子さんは今、兵庫県の教会の牧師さんの妻として忙しくしていますが、みずからも二人の養子を育てていらっしゃいます。原爆孤児の養子縁組に奔走したお父様や、たくさんのベトナム戦争の孤児を引き取って育てていたパールバックさんの教えが彼女の中にしっかりと生き続けています。

 以前から親しくしている紘子さんですが、この本を読んで改めて彼女の人生のスケールの大きさに感銘を受けています。驚くこともたくさんありました。パール・バックさんのことは聞いていましたが、あのドイツの緑の党を作り、暗殺されたぺトラ・ケリーと同じ大学の仲良しとして、卒業後も暗殺されるまで、ずっと交流していたことには、本当にびっくりしました。

 今、彼女は世界の子どもたちと共に平和を訴える「チルドレン・アズ・ザ・ピースメーカーズ」の国際関係相談役として活躍しています。毎年8.6前後には多くの若者たちがヒロシマ・ナガサキを訪れます、その案内役で大忙しです。その合間を縫ってお話しいただきます。

 これまでの被爆者の証言とはまた違った視点でのお話しが伺えることと思います。ご期待下さいね。


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「8.6平和の夕べの」お知らせはお休み。いろいろと。

 まだ今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のお知らせは続きます。ただ、そればかりを書いていると、日々のお知らせしたいことが話せなくって。今日一回お休みをして、また明日から書きます。今日はいろいろと。

 午前中は「和みカフェはせがわ5周年イベント」に行きます。途中、往診に寄って行く予定です。素敵な人々と手作りの小物たちに会えるのがわくわくします。もう改めて私が言わなくってもでしょうが。こちらをご覧下さいね。万難を排して行かなくっちゃ!!

 夜はここに書いています。「はだしのゲンが見たヒロシマ」の上映会です。

 はだしのゲンの作者中沢啓二さんがヒロシマの思い出の地で、また漫画を織り交ぜながら自分が必死で生きて来た思い、今の思いなどを語るドキュメンタリー映画です。中沢さんは、何度もの入退院を繰り返してこられました。今はご自宅で療養中です。退院後もしばらく酸素吸入が離せませんでしたが、今は酸素も取れて、今日の会に参加なさるそうです。ただ、歩くのはしんどいので、車いすでトークをなさるとのこと。お話しを聞きに行かなくては。

 そして、いよいよ「ヒロシマ・アキバ塾」の第一回目の開催が迫ってきました。秋葉前広島市長、現広島大学教授の市民への公開講義です。第一回は今週の木曜31日午後7時から広島YMCAにて。こちらのブログをご覧下さい。私のブログでご案内したら、とてもたくさんの方から電話がかかってきました。待ってました!!というものです。どなたでもお出下さいね。受講料は会場費としてワンコイン、500円です。

 昨日は、診療後一組のご夫婦をお迎えしました。広島出身の日本人のご夫婦ですが、今アメリカで暮らしています。ご夫婦にはお子様がなく、養子を広島から迎えたいとの希望で訪ねてこられました。お話しをして素晴らしい方たちだとわかりました。こんなご夫婦に育ててもらったら、子供は幸せだろうと思いました。

 今、一人の高校生が出産を控えています。自分で育てることはできません。この生まれてくるであろう子どもを育てて下さる予定の人は、涙ぐみながら、用意万端整えて待っていて下さっています。みなさん、本当に待ち望んで下さっています。ありがたいことです。アメリカから来たご夫婦にも、いつのことになるかわからないけれど待って下さいね、とお話ししました。お話しした後、さわやかな思いに満たされました。


 
 Dscn1366_1280x960 この頃の食べたもののアップもできないままでしたが。これがあんまりおいしかったので。クリニックのすぐそばの讃岐屋。私はこれまでここではうどんはだしの味が合わなくって、食べるのはいつもにゅう麺かそうめんばかりでした。

 でも、新メニュー登場。タンタン麺です。注文すると小さなすり鉢にゴマがたっぷり出されて、「擦って待ってて下さい」と。コリコリと混ぜながら待っていると、タンタン麺に小さなご飯とラー油が運ばれてきました。ラー油を少しとゴマを入れて半熟卵を崩して混ぜて食べるとおいしい!!麺はふつうの中華めんと違って、韓国で食べた冷麺のような食感です。それはそれは美味でした。残ったお汁にごはんを入れて食べるとまたおいしい!全部食べてしまいました。ごはんはお替わり自由と言われましたが、さすがにそれはなしです。うどんやさんのタンタン麺。今度はタンタンうどんを食べてみようと思います。



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「8.6ヒロシマ-平和の夕べ-」のご案内④

 私の4月25日のブログ、ここにあるのですが、三代目春駒さんの「横を向いて歩こう」について書きました。その歌の優しさに思わず涙ぐんだのですが。その彼が今年の「8.6平和の夕べ」でトップを切って歌って下さいます。「横を向いて歩こう」も素晴らしい。そして、何と言っても彼の代表作「その男ヨシオ」もぜひ聞いてほしい曲です。

 私たちのプリントに書いた彼のプロフィールです。

『芸者として博多で活躍していた祖母「春駒」の芸号を継ぎ、ミュージシャン、フリーライター、アートディレクター、ナレーター、武術師範などボーダレスに活動。祖父ヨシオのヒロシマでの被爆体験をもとに2001年に発表した反骨ソング「その男ヨシオ」は、2011年の福島第一原発事故以来、「サイコーに勇気が出る歌」と再び話題を呼んでいる。』

 ぜひそのライブをYou Tubeでお聞き下さい。



『   「その男ヨシオ」  詞・曲/三代目春駒

1945 「8月6日」 イン・ヒロシマ
ガイガーカウンター 振り切るほどの放射能
まだ黒焦げの 焼死体くすぶる 瓦礫の街
見ろよ一人の男が 汗にまみれもう家を 作りはじめてる

そーだ!
その男ヨシオ
この俺のジイチャン
その男ヨシオ
くじけない男
オリャ、オリャ、オリャ!生きたるんじゃ!

ツライ時こそ 笑ろうてみせや 男なら
絶望の朝に 希望のメロディ 口ずさめ
まだ幼い カズオの命が 腕の中
なすすべなく 儚く 終わったとしても

そーだ!
その男ヨシオ
涙に沈んでも
その男ヨシオ
何度でも立ち上がる
オリャ、オリャ、オリャ!生きたるんじゃ!

あなたが逝ってしまうまえに
もっと話したいこといっぱいあった
あたたかな眼差しのその奥の
覗いちゃいけない 哀しい記憶を 

今もずっと
溢れる勇気で
その男ヨシオ
俺を照らし続けてる

その男ヨシオ
この俺のジイチャン
その男ヨシオ
くじけない男
オリャ、オリャ、オリャ!生きたるんじゃ! Don't give up!

Get up,Stand up、、、、足に力込め
Get up,Stand up、、、、大地を踏みしめて』


『あなたが逝ってしまうまえに
もっと話したいこといっぱいあった
あたたかな眼差しのその奥の
覗いちゃいけない 哀しい記憶を』
このフレーズがたまりません。私が父に言いたかったこと、そのものなのですもの。私だけでなく、親を亡くしたすべての人が持つ感情ではないかと思います。


 広島の被爆者としてお話しいただく近藤紘子さんや講談師神田香織さんや、被爆電車の体験を話していただく米沢鐵志さんのことなど、まだまだ「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のご案内は続きます。どうぞ飽きないで読んで下さいませ。よろしくお願いします。



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「8.6ヒロシマ-平和の夕べ-」のご案内③

 今年の平和の夕べのメインの平和講演には、「小出裕章先生」が来て下さいます。小出先生は、もう改めて言うまでもないでしょう。京都大学原子炉実験所の助教でいらっしゃいます。助教とは、昔の言い方の「助教授」と思われがちですが、昔の「助手」。その職を助教と言います。

 福島原発の事故で分かったように、多くの研究者が電力会社から多額の研究費などをもらい、原発推進の役を担い、「原発ムラ」が形成されていると言われています。その研究者たちが福島の事故で行ったことの醜さ。「ただちに健康被害はない」だの、「笑っていれば健康被害は少ない」なんてとんとでもないことを言った人もいます。沢山のウソがふりまかれて来たことは、もう、多くの国民の前に暴露されました。

 小出先生たち、京都大学の「熊取六人衆」と言われる研究者たちは、一貫して原発の危険性を訴え続けてこられました。しかし、これまでの政治の中で、ここの研究者たちは、研究費も少なく昇進など全く無関係な立場に置かれてきました。

 私たちは、これまでずっとその六人の先生たちのお仲間、今中先生、小林先生などに来て戴いて、毎年平和の夕べの中で語って戴いてきました。

 今年こそ、メインに小出先生にお話しいただきたいと強く思いましたが、福島の事故以来、先生は超多忙でいらっしゃいます。早くからその計画は立てられないと断られる中で、じっと待ちました。そして、なんとかスケジュールの予定を立てられるという時期が来て、渾身の思いを込めてお手紙を書きました。こことこの次の日にお手紙を載せています。そして、先生からうれしいお返事を戴くことができました。本当にうれしく思います。

小出先生の著書です。「隠される原子力・核の真実-原子力の専門家が原発に反対するわけ」(創史社)、
「放射能汚染の現実を超えて」(河出書房新社)、「原発のウソ」(扶桑社)、「原発はいらない」 (幻冬舎ルネッサンス新書)、「知りたくないけれど、知っておかねばならない 原発の真実」 (幻冬舎)、「子どもたちに伝えたい―― 原発が許されない理由」 (東邦出版)、「小出裕章 原発と憲法9条」(遊絲社)、

Photo そしてドキッとするタイトルの最新刊です。

 私たち実行委員は、これから8.6に向けてより意志を固めるため、瀬戸内海に面した伊方原発のフィールドワークと、隣の県の島根原発の見学に行く予定でいます。

 全国の皆様、8月6日にはぜひ広島においで下さい。そして、一緒にヒロシマの地で小出先生のお話しを聞きましょう!! 広島の皆様、また暑い長い一日となるでしょう。遅い午後からは、ぜひYMCAにお越しくださいませ。

このシリーズ、まだ続きます。もう少しお付き合い下さいませ。


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「8.6ヒロシマ-平和の夕べ-」のご案内②

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 昨日のプリントの裏面です。画像をクリックすると大きくなります。そこに出ている峠三吉の詩「呼びかけ」。

峠三吉は、「ちちをかえせ 母をかえせ・・・」であまりにも有名ですが、1953年、被爆から8年後に亡くなるまでに沢山の詩を残しています。これまで私たちのプリントには峠三吉の詩を引用して使わせていただいています。

 2010年の平和の夕べには峠三吉の原爆詩集の中の「墓標」から

『「仆れた母親の乳房にしゃぶりついて
生き残ったあの日の子供も
もう六つ
どろぼうをして
こじきをして
雨の道路をうろついた
君たちの友達も
もうくろぐろと陽に焼けて
おとなに負けぬ腕っぷしをもった

負けるものか
まけるものかと
朝鮮のお友だちは
炎天の広島駅で
戦争にさせないための署名をあつめ
負けるものか
まけるものかと
日本の子供たちは
靴磨きの道具をすて
ほんとうのことを書いた新聞を売る』

 2009年のプリントには同じ「墓標」から次の部分引用させていただきました。


『君たちよ
もういい だまっているのはいい
戦争をおこそうとするおとなたちと
世界中でたたかうために
そのつぶらな瞳を輝かせ
その澄みとおる声で
ワッ! と叫んでとび出してこい
そして その
誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ
たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ
ぼくたちはひろしまの
ひろしまの子だ と
みんなのからだへ
とびついて来い!』

 そして、今年は「呼びかけ」です。

『    呼びかけ

いまでもおそくはない
あなたのほんとうの力をふるい起すのはおそくはない
あの日、網膜を灼く閃光につらぬかれた心の傷手から
したたりやまぬ涙をあなたがもつなら
いまもその裂目から どくどくと戦争を呪う血膿
をしたたらせる
ひろしまの体臭をあなたがもつなら

焔の迫ったおも屋の下から
両手を出してもがく妹を捨て
焦げた衣服のきれはしで恥部をおおうこともなく
赤むけの両腕をむねにたらし
火をふくんだ裸足でよろよろと
照り返す瓦礫の沙漠を
なぐさめられることのない旅にさまよい出た
ほんとうのあなたが

その異形の腕をたかくさしのべ
おなじ多くの腕とともに
また墜ちかかろうとする
呪いの太陽を支えるのは
いまからでもおそくはない

戦争を厭いながらたたずむ
すべての優しい人々の涙腺を
死の烙印をせおうあなたの背中で塞ぎ
おずおずとたれたその手を
あなたの赤むけの両掌で
しっかりと握りあわせるのは
さあ
いまでもおそくはない』

 私は今もはだしのゲンを英語で読む講座に通っています。そして、あの原爆で多くの子ども、市民が焼き殺され、その後かろうじて生き残った多くの子どもたちが、食べるものもなく、住むところもなく、生きるために必死であったことを実感させてもらっています。

 その廃墟の中で、峠三吉が8年のうちに残した詩は、福島で原発の事故が起こり、世界を見れば地球が何千回も廃墟となるほどの核兵器が配備されている今も、そのまま通用する詩なのですね。

「今でもおそくはない」今回の平和の夕べは、その思いで取り組みたいと思います。(チラシの中の写真は河野が取りました。平和公園の片隅にひっそりと佇む峠三吉の碑は、ウーロン茶がぽっんと置かれているだけ。折り鶴の一つもなく、さびしいものでした。)


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「8.6ヒロシマー平和の夕べー」のご案内①

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 今年の「8.6 ヒロシマー平和の夕べー」のパンフができました。ヒロシマ・ナガサキの被爆者、被爆二世が中心となって8月6日に行なって来たこの平和の夕べは、今年で5回目を迎えます。毎年、年を経るにつれ、多くの皆様が参加してくださるようになりました。

 昨年は被爆の原点を見直そうとの思いで、「はだしのげん」の漫画家中沢啓二さんにお話し戴きました。肺がんを患いながらも、その悲壮な体験と平和を望む中沢さんの心からの訴えに、心打たれました。

 今年の平和講演には、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生にお出いただきます。一貫して「原発の危険性」を研究し、警告して来た小出先生が、8月6日の広島で講演して下さることに、大きな期待と喜びを抱いています。

 会のはじめにはミュージシャン三代目春駒さんに「その男ヨシオ」を歌って戴きます。そして、小出先生の講演。そのあとはヒロシマの被爆者近藤紘子さんのトーク。そして、講談師の神田香織さんに「はだしのゲン」の講談をしていただきます。

 今年も昨年に引き続いて豊富なメニューを用意することができました。ぜひ多くの皆様のご参加を呼びかけます。今日からしばらく、発言して戴く方のご紹介など、会のご案内をしますね。お付き合いくださいませ。


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日食、見ましたよ。

 昨日のこと。朝6時。前日下見をしていた場所へ自転車で行きました。原爆ドームの向いの橋の上です。そしたら、そこは某テレビ局がいて中継のリハーサルをしていて、がっかり。すぐそばに行く訳にも行かず・・・。

Dscn1320_1280x960 場所を変えて・・・。この川沿いは、三脚を立てた豪華なカメラの人たちがずらり。広島ではこのアングル、と、多くの方が考えることは同じなのね。でも、私は粗末にデジカメの、それも三脚なしで。この後ろの方でひっそりと待ちましたが、厚い雲。とても太陽は出そうもなく、しばらく待って、結局家に帰りました。

 私の家からは回りがビルだらけで朝の太陽は見えません。しばらくテレビで観測していて、それでも雲が切れないかと、また自転車で今度はここへ。


Dscn1324_1280x960 ここにもたくさんのひとがベンチに座ったり回りに三脚を構えていたり・・・。私はどうせ私のカメラでは風景と共に太陽を撮るのは無理なので、ただ回りにビルがなくって見える場所を探したらここだったということなのですが。そして、見えた見えた!! 


Rscn1350_1024x768_1024x768Rscn1349_640x480_640x480 前日に緩和ケア医さんに頂いた日食メガネをくっつけてフラッシュ禁止にして撮ったら・・・。


Rscn1352Rscn1351_1024x768 あらま、どうしてこんな光が出るの??手振れかしら。

 前日、日食メガネが手に入らないと泣きそうに電話をかけて来た娘。東京の自分の部屋からは朝日がばっちり見えるのに、と。結局、サングラスにサランラップを張り付けて、クロマジックを塗ったら、すごーくよく見えたと、感動して電話をしてきました。良かった良かった。

 珍しいことには何でも興味いっぱいのよく似た者親子です。

 私が小学生の時にはきれいな金環日食を見ました。その時は下敷きで見たのですが。周りが薄暗くなって、風が吹いて、回り中の小鳥が一斉にうるさいくらいに鳴いたのを強烈に覚えています。今回は朝、夜明けすぐ、それも曇りだったので、そんな変化はなにもなかったような・・・。

 朝早く自転車で行ったり来たり。そして仕事へ。ちょっと疲れました。


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ひまちゃんを囲む会・続き

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 ひまちゃんのとなりにどさっと分け入った⑦パパが促して、ひまちゃんが泣きながらみなさんにお礼を言うのを、⑦パパが通訳をしてくださいました。このあたりが、⑦パパの本当に優しいところです。

 とら吉さんが何度も入退院を繰り返して、最後の入院の時、私と音♪さんが病院に行くと、とら吉さんが「ひまちゃん、よかったねえ。お友達が来てくれてよかったねえ」と言って泣きました。それまで何度会っても決して泣かなかったとら吉さんが、初めて泣き顔を見せたのです。もう黄疸で全身真黄色でした。浮腫もひどくて、足はぱんぱんでした。そんな状態でも、自分が亡くなった後のひまちゃんを心から心配するとら吉さんでした。

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 とら吉さんに代わって、私たち友人が、これからの一人暮らしを少しでも支えることができれば、と思います。もちろん、日々の生活はご両親やヘルパーさんたちの力が大きいでしょう。その生活にメリハリや楽しさや力を得ていただくために何ができるのか。少しの時間でも、ひまちゃんに声をかけ、訪問して会話をし、一緒に何かを食べ、なんてことができればなあと思います。 とりあえず、これから私は六月に二回、三次で講演があります。その途中に寄ろうと思います。(写真は、韓国のホテルでスワロフスキーのトラを探したけれど、やはりトラはなくって(あたりまえかしら)猫にしました。写真が下手だけど、小さな猫が頼もしい彼を見上げています。)

 会の最後にshiozyさんからのご報告とお願いがあったのですが、酔っぱらったshiozyさんがちゃんと言いませんでした。酔ったせいでなく、シャイなのかしらね。市民運動や草の根をしているときに私たちはなれているから、ボランティア活動のために募金を呼びかけるのはしょっちゅうなのですが。

 ボランティアとして何かをするときに、たとえば車いすを押していて、ひっくり返ってしまって、けがをさせたというようなとき。または、当日に車で安芸高田から広島にひまちゃんを乗っけて来た、でも交通事故に会ってしまったとか。そんなときのためです。その時の保険に入りました。保険金は取りあえずshiozyさんが立て替えて下さっていたのですが、それをみなさんでシェアしていただけないかというもの。結局「ひまゆい」でまた呼びかけようと思います。

 ボランティアと責任。以前から難しいことではあります。エイズダイアルの日曜検査で針刺し事故をやったというようなとき。そのための保険も論議し、対策を取ってきました。友人だからということでも、何かあったら、その時の安心があった方がいいというのは当然ですのでね。

Dscn1303_1024x768Dscn1308_1024x768お料理の一部、イカの活け作り、刺身の後は天ぷらになりました。それから、一人ずつのチーズの入ったトマト鍋。他いろいろ。飲み放題でも食べるものも充実していたと思います。難を言えば、狭くて騒がしくってごめんなさい。もう少し静かなところで、ゆったり動けるスペースでできればよかったのですが。ただ、そういうところは高いのですよねえ・・・。

 参加したみなさんのひとことずつも暖かい、ほっこりと優しさに包まれた会だったと思います。改めて皆様ありがとうございました。


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「ひまちゃんを囲む会」

 昨日のひまちゃんを囲む会無事終了、計25名の皆様ありがとうございました。とっても楽しかった!!ですね。県北からひまちゃんを送り迎えして下さった皆様、ありがとうございます。

 それに、テンペさんと音♪さんがひまちゃんの両側に座り、食べることや飲むことをしっかりサポートしてくださって。おかげでひまちゃんも食欲いっぱい。泣いたり笑ったりしながらもりもり食べる姿に、何度笑ったことか。だって巻きずしを一口で、それも四切れも食べたのですもの。

Dscn1310_1024x768 志音さまは本当に素敵なオカリナの演奏をして下さいました。コンサートには似つかわしくないお店での演奏、さぞやりにくかったことと思いますが、でもお店のほかのお客さんたちも耳を澄ませていましたよ。ありがとうございました。本当は、もっと何曲か演奏していただきたかったのですか、環境があまりによくないのがお気の毒で、アンコールを言えませんでした。

 遊布戀さまは、一人ひとりにシジミの手作りのストラップを下さいました。縮みの布に鈴がついて、それに紐も手作りなのですって。とても手が込んでいます。ありがとうございました。

 緩和ケア薬剤師様は、緩和ケア医の高橋先生からのプレゼントを持ってきて下さいました。なんと、日食メガネ。その日、そごうにもデオデオにもどこにも日食メガネがないと、妹ががっかりしてクリニックに来た所でした。これにはみなさん、歓声を挙げて喜びましたよ。もちろん私も。高橋先生、ほんとうにありがとうございました。


Dscn1312_1024x768 くりき妻様は急な用で参加できなくなって、代わりに大工くりき様が参加して下さました。そして、くりき妻様から手作りのバッグがひまちゃんにプレゼントされました。くりき妻様は、さまざまなリフォームを手掛けています。中でも、帯を使ったバッグは大好評で、このプレゼントも帯の柄が素敵な模様となって、かつひまちゃんの体でも持てるように斜め掛けできるようになっていて、心遣いを感じました。

 それになによりひまちゃんがパソコンを使って作ったという参加のみなさんへのプレゼント。ああ、何ということか。みなさんへのお手紙と絵。ひまちゃんが渾身込めて作ったそれを私は紛失してしまったのです。会場を出る前に何か忘れ物がないかと見たときに、封筒が忘れてありました。それをshiozyさんが預かって下さったのですが。それは私のだった!!のですね。今皆様にお見せすることができないけれど、どうぞどなたかアップして下さいね。shiozyさんいつかお会いするときに私に渡してくださいませ。よろしくお願いします。


Dscn1316_1024x768 高橋先生の日食メガネとパンフレット。真ん中のが遊布戀さんの手作りのシジミのスプラット。それにひまちゃんからのハンカチとC.D.。私はたくさんのひまちゃん作詞の歌の中でこの「つめきりラブソング」が一番好きです。


皆様には、これでどうぞ。ひまちゃんはこの歌をとら吉さんが病気になった後に作ったのですが。ひまちゃんの思いが切々と伝わってきます。

 もう少し、明日もこのひまちゃんを囲む会について書きますね。


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キャンセルされた学校から講演依頼が来ました!!

 今、今年度の講演の依頼がまだ来続けています。実は、昨年度になぜか急にキャンセルになった学校があります。私には時々あることで、ああ、またかと思うのだけなのですが、でも、そこの講演が入っていてスケジュールが埋まっているときに、他からの依頼を断らざるを得ないこともあります。その日が近づいてから急のキャンセルだと、どうせキャンセルするなら、もっと早くしてよ、という気にもなります。そしたら、ほかの学校の依頼を入れることができたのにと。

 なぜなのか、だれがどう動いてキャンセルになったのか、それは全く説明されませんし、私もあえて聞こうとは思いません。友人の北村邦夫など、キャンセルされたなら、キャンセル料、損害賠償を請求しろなどといいますが、まさかね。

 でも、そのキャンセルされた学校から、また今年度の講演の依頼が来ました。誰がどう動いて講演が年度を変えて復活したのか、それもわかりませんし、あえて聞こうとは思いません。ただ、ありがたいことです。喜んで行かせていただきますとお答えしました。いろいろあるものです・・・。

 また、先日、六月に講演に行く予定の主催者の方から「先生、いいものばかり食べてらっしゃる」と言われました。ブログを読んでいらっしゃるのですね。私、毎日いいものばかり食べているわけではありませんが。日頃のランチ、ほとんどは「ちからそごう店の」中華そばミニか、讃岐のにゅうめんか、時間がないときにはついそばの100円パンのパン二個かで済ませています。たまに、豪華なランチを食べたときに、ブログに出す訳で・・・。

 講演に行ったときにも、ほとんどは講演だけで飛んで帰ります。たまに駅弁を買って帰って夫と二人で家に帰って食べるくらいのものなのですが。食事をごちそうになるというのもめったにないことなのですが。気を遣わせてしまって申し訳ないことでした。ちょっと反省です。

 さて、韓国ソウルで食べたもののアップがまだまだたくさん残っています。

Dscn1223_1024x768 昨年私が一人でソウルに行ったとき、どこかでランチをとさまよって、わからないままに入ったお店。そこが明洞の「火」という店だったと言うことだけ覚えていて、そして今回探しました。窓からキンパの店が見えていたことなどを頼りにやっと見つけたお店。野菜とイカやタコなどの炒めもののお店です。お店のお兄さんが炒めてくださると、真っ赤になります。辛いけど、おいしい。それにおかずがそこらのお店と違って。卵のふわふわやピーナッツの煮たのとか、楽しくおいしいのがいろいろです。もう一回行けて満足。でも、夫は「あさりのスープ」なんて韓国料理らしくないのを頼むから、日本のあさりと全然違うくさいおいしくない貝の吸い物で、うんざりしていました。

 今日はいよいよ「ひまちゃんを囲む会」です。参加表明した方、必ず出席してね。人数分きっちりお料理を頼んでいますので。今回は3500円で飲み放題付き、でも500円出すと、イカの生け作り付きといわれたので、そうしました。ひまちゃんと県北から来られる方たちに食べてもらいたいと。だって、ここにはプールみたいな水槽でイカがが沢山泳いでいて、甘くてとてもおいしいのです。お楽しみに!!私はぎりぎりまで仕事があるので、音♪さんに受付をお願いしました。もし早く来られた方があれば手伝ってあげて下さいませ。ひまちゃん、ひまちゃんと同行される方、どうぞお気を付けていらっしてくださいね。


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«喫茶「青山」の閉店にびっくり。